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ダイスロール

「はあっ! はあっ!」


 森の中を駆け抜ける。

 他の勇者たちからお下がりで与えられた服が、飛び出した枝葉で切れていく。

 頭上を“公爵”が飛んでいるのを確認して、盛大に顔を顰めた。


 どうやら、公爵は本気で未知のスキルを持つ勇者を食らいたいらしい。

 東堂やその他を放り出して、こっちを追跡しているのがその証拠だ。

 攻撃してこないのは、未知のスキルを警戒してるのだろう。それと、バラバラに散っては探して食べる手間が生まれるから。

 だから、今もこうして逃走が許されている。


「悪趣味……ッ!」


 魔物や魔族は人を食らう。

 その過程で、『遊び』を楽しむ。

 それは捕虜を痛ぶる拷問であったり、残酷な儀式であったり。


 この世界は、そうやって三度も滅びかけた。

 一度目は神話の時代に、二度目は興隆の最盛期を迎えた文明時代に、そして今この時も。


 西住に指示された遺跡まで、およそ10キロメートル。

 何の算段もなしに、北の古代遺跡を指示するとは思えない。何か考えがあると思うが。


 問題なのは、西住の考えがさっぱり分からないという点にある。

 これは恥ずべきところであるが、私は将棋やチェスや頭脳を使う競技がまるで下手なのだ。練習はしたが、余計に下手になったので辞めたほど。


「んぐ、んぐっ!」


 緊急用に待たされていた加速のポーションを飲み干す。水分補給も兼ねたバフ────パワーアップの付与だ。といっても、さすがに数分で効果は切れてしまうが。


 馬鹿な私なりに考えるが。

 恐らく、西住は私に遺跡で立てこもって公爵を撒けと言っているのではないだろうか。多分。

 いかに魔族といえども、建物の下敷きになる事は嫌がるだろうし、そうなれば高火力の魔法は使えない。

 その間に東堂たちが体勢を立て直し、公爵を討つ。


 問題は、私がその遺跡に辿り着けるかという所にある。


 空を飛行していた公爵が、急に角度を変えた。

 急降下による突撃。

 恐らく、遺跡に気がついたのだろう。


 そして、捕まれば……


 死ぬ。

 殺される。

 食われる。


 こんな時、優れたスキルがあれば、と思う。

 そして、それはないもの強請りだ。


「捕まえたァッ!」


 背中にぶつかる衝撃。

 足が宙に浮き、視界で天地が逆転する。


 その時だった。







 ────『スキルを、使って』────







 聞こえた声は、どこか懐かしいもので。

 それが誰の声だったか思い出すよりも先に、声の指示に従う。



「ダイスロール!」


 スキルの名を叫べば、掌の中に現れたダイスが転がる。ダイスが止まり、示した目は。


 ガスッ


 耳の端を、公爵の手刀が貫いた。

 じわじわと広がる血が、髪を汚す。


「む」


 公爵が首を傾げた。

 地面を手で貫いた姿勢のまま、問いを口にした。


「“仕留めたと思ったのだが、どうやって回避したのだ?”」


 殺されたと私も思った。

 私の身体能力では、公爵の攻撃は避けられない。

 奇跡でも起きない限りは。





 ────『さあ、唱えて』────




 声が、聞こえる。

 それが、私に命じてくる。




 ────『ルスヴァ・ジェザルカ』────



 賭けるしかなかった。

 命令に従って、謎の呪文を唱える。



「なっ!」


 公爵は私を放り投げて距離を取った。

 呪文の効果は知らないが、声は更に命じる。





 ────『走って』『あの遺跡へ』────





 声の正体は不明だ。

 ただ、少なくとも、公爵の味方ではないらしい。


 背後から轟く公爵の怒号から少しでも距離を稼ぐ為、痛む脇腹を無視して走り出した。







 西住の指示した遺跡にようやく辿り着いた。

 宵闇に包まれ、半分近く崩れた遺跡は何か得体の知れない不気味さを感じる。

 公爵が奇襲を仕掛けてきたのが夕暮れだったから、かなりの時間が経過しているのは間違いない。


「ここが、北の遺跡……」


 竦む足を無理やり動かす。

 謎の声のおかげで公爵に捕まらずに済んだが、まだ安心はできない。


 西住の言葉を思い出す。


『この辺りには古代文明の遺跡が眠っているんですって。浅い層は既に探索されているかもしれないけど、深い層はまだ掘り出し物が眠っているかもしれない。余裕ができたら探索してみたいものね』


 古の時代では、聖連合軍が魔族から魔物に至るまで地下に潜伏させるほどに殲滅させたという。その遺跡には、侵入者を拒む装置が張り巡らされているかもという話だったが。


 通路の真ん中にある装置は、何者かが破壊したらしく無惨にも破片が飛び立っていた。

 その装置に挟まれるようにして落とし穴が顔を覗かせている。


「うわ」


 遺跡を漁ろうとした魔物の成れの果てが、落とし穴の底に設置された剣山に貫かれて骨になっていた。

 そこを避け、複雑な迷路となっている地下階段を降りていく。


 危険な罠があるとしても、魔物や人が遺跡に惹かれる理由。それは、失われた古代技術や素材が眠っているからとされている。

 現代では再現不可能な超技術を解明できれば、魔王軍を撃退できるかもしれないと聖連合も勇者たちも考えているのだ。


 曲がり角のところで、足を止める。

 そこに見覚えのあるマークを見つけた。


「冒険者の印……」


 恐らく、古代文明時代の冒険者が刻んだもの。

 三角にばつ印を重ねたマークは、『この先に宝なし。行き止まり』の意味だ。






 ────『その道を進んで』────




「っ……また、この声」


 遺跡の中を歩く間、何度かコンタクトを取ろうと呼びかけたが無駄だった。

 どうやら声の持ち主は、こちらの事を一方的に見ているようだ。


 行き止まりと分かっている道を進ませる目的。

 正体が分からないだけに、不気味だ。


「でも、他に選択肢はないよね」


 己を奮い立たせ、暗闇に閉ざされた通路を進んだ。







「西住」


 東堂の声に、西住は切れ長の目を伏せた。


「ごめん、リキ。全員を生かすには、これしか思い浮かばなかった」


 怪我を負った勇者たちは駐屯地で手当を受けている。最も、公爵が吹き飛ばしたので夜空の下で野宿することになるだろう。


「俺がなんであの役立たずを手元に置いていたか、ちゃんと説明したよなあ?」

「そ、それは……分かってるよ、リキ」


 西住の脳裏に過ぎるのは、東堂とのやり取り。

 この世界に勇者として召喚されて、五日目の事。


『リキ、話があるって?』

『俺の幼馴染のテメェなら、もう分かるだろ。アイツ────湯浅奏について知ってることは全部吐け』

『そんなことを言われても……うーん……基本的には一人でいるって感じかな。別に人が嫌いというわけではないけど、長続きしないタイプ。遠いところから通ってるって話だったかな』

『違ぇよ。そんな話がしてえわけじゃねえ』

『……幽霊の話でしょ』


 度々、噂になっていた。

 湯浅がいる場所に、幽霊が現れるという与太話。

 目撃者も時間も揃わないが、唯一揃うのは内容。


『聖女服を着た女が、湯浅をずっと見つめてンだと』

『本人に探りを入れたけど、心当たりがないみたいだった。聖女の知り合いはいないって』


 その時、東堂は確かに西住に告げた。


『アイツ、どうもキナ臭ぇ。スキルといい、幽霊といい、気味が悪ィ。目を離すんじゃねえぞ』


 西住は東堂に問いを投げかける。


「“公爵”が求めているのは、湯浅だと言いたいの?」


 ギリ、と歯を食いしばる音が響く。

 獣にも劣らない形相で、東堂は歯を剥き出しにした。


「アイツが魔王を倒す存在ならそれで構わねぇが、どうにも腑に落ちねぇ。俺はよお、西住、アイツが気持ち悪くてたまんねえんだ」


 逡巡。

 東堂の幼馴染である西住にとって、今の彼の振る舞いは実に不可解だった。

 西住の記憶する限り、東堂という男は目的の為にいかなる努力も惜しまない存在であり、他人に乱されるような性格ではなかった。


「最近のリキはすごく変だ。たしかに湯浅は不思議なところもあるけど、そこまで警戒する必要はないと思う。それに、危険なら……」


 私たちで排除できる。

 その一言を、辛うじて西住は飲み込んだ。


「アイツのスキル、ダイスロールだったか。サイコロを転がすだけなのか?」

「それは何度も実験した。強化系でも、弱体化系でもなかった。なんの使い道もないとみなで確認した」

「魔物を倒す為の攻撃でも、仲間を癒やす為でもない。分かるか? 俺たちはあのスキルの前後に起こった変化しか確認してねぇんだよ」

「……どういう、意味? 何が言いたいのか私には」


 東堂が空を見上げる。

 西住も追いかけたが、満点の星空しか見当たらなかった。


「俺が思うにアイツのスキルは『物事を現している』」

「物事?」

「これからやろうとしている行為が成功するか、失敗するか、それが分かる」

「未来予知?」

「進化すれば、因果の逆転も可能かもしれねえ」


 西住は首を振った。


「リキ、それはありえない。人間の魔力では、未来予知も因果も不可能だ」

「だからこその幽霊だよ」

「……は?」

「なあ、アイツに付きまとってんのは本当に幽霊か? この世界の連中も知らねえようなやつじゃねえのか」


 西住は考えを巡らせる。


「つまり、……つまりリキはこう言いたいの?」




 ────湯浅奏は味方とは限らない────




「だから、手元に置いて監視してたんだがなあ」


 東堂は項垂れる。


「ま、しゃーねえか。敵なら倒すしかねえし、味方ならこれまでの行いを詫びるしかねえな。そろそろ北の遺跡に向かうぞ」


 立ち上がる東堂の背を、西住は眺める。

 それから、ゆっくりと首を振った。


「全部、『かもしれない』って話じゃないの、結局」






 壁に手を当てながら、一本道をどれほど歩いたか。

 もはや地上の光などとうに消えて、暗闇しか見えない状態だ。


「行き止まり、のはずだけど……」


 今、自分がどこにいるのか、それすら分からない。

 明かりを灯すアイテムは駐屯地に置いてきてしまった。飲み物も、食料も。


「さ、さすがに疲れた……」


 この世界に召喚されて、体力は少し増えた。

 補正値とやらのおかげでもある。

 それでも、休みなしで三十キロメートルの走破は体に堪える。


 少し休むか?


 首を降って否定する。


 魔族は、人間よりも夜目が効く。

 こんな光源ひとつもない暗闇でも、魔法や種族的な特質で相手の居場所が分かる。

 ほんの僅かでも、距離を稼がないと。

 逸る気持ちに急かされて、重たい足を引き摺る。


 ひたすら歩いていると、考え事ばかりしてしまう。

 公爵について気になるのはもちろんだが。

 公爵に捕まった時に使った『ダイスロール』。

 その時に出た目は……


 六、六。


 何か意味があるのか?

 どうしてあの時、公爵の攻撃を避けられた?

 攻撃された事に気がついたのは、避けた後だったのに?


 試しにもう一度、スキルを使ってみる。

 暗闇の中でも、スキルのダイスだけはしっかりと目で見える……認識が正しいのか?


 出た目は。


 六、六。


 耳鳴りがするほどの静寂。

 やはり何もないかと脱力感を覚えたその時。


 遠くに光が、見えた。


 心臓が跳ねる。

 公爵か? 西住や東堂たちか?


 その光は、こちらに向かっている。

 目が慣れるにつれて、相手の姿が少しずつ視認できる。


 まず視界に飛び込んだのは、息を呑むほどの黄金。

 それが髪である事に気がつくのに、少し時間がかかった。

 次に気がついたのは、背の高さ。

 軽く二メートル半は超えている。

 服装は黒のローブ。魔術師、だろうか。

 それにしては魔道具や杖が見当たらない。


 男が、私に気がついた。

 そして、微笑んだ。


「あ、あわ……」


 驚くあまり、尻から落ちる。

 強かに打ちつけた尾骶骨の痛みですら、気にならないほどに。


 顔が、整っていた。


 均整が取れているなんてものじゃない。

 もはや魔性としか思えない、傾国の美。

 異世界にはこんな諺がある。

 『美しすぎるものは、魔物が化けてる』


「ひ、ひぃ、食べないで殺さないで美味しくないよお!」


 頭を抱えて蹲った。






 がくぶる震えながら蹲っていた私だったが、ようやく『何も起こらない』事に気がついて顔を上げる。

 金髪の男は、変わらず私を見て微笑んでいる。


 どうやら魔物ではないらしい。


 恥ずかしさに熱くなる顔を背けながら、静かに立ち上がった。


「さ、騒いでごめんなさい……」


 男は微動だにしない。

 凄まじく気まずい。気まずくて窒息しそうだ。

 何か、何か話題を……!


「あ、あの……実は魔族に追われている身でして。このままここにいては危ないかもしれなくて……!」


 その時、男がようやく反応した。

 長く尖った耳がぴこんと揺れる。


「魔族に追われている、ですか。見たところ、君の背後は壁のようですが……?」


 慌てて振り返る。

 そこにあったのは、暗闇に包まれた一本道ではなく、崩れかけた遺跡には不釣り合いな絵画を飾った壁。

 周りを見渡せば、逃げ込んだ遺跡と比べて、白亜の大理石を使った荘厳な建物に変わっている。

 彼の背にはいくつもの通路と、青空。

 行き止まりのはずなのに。


「え? なんで?」


 男は、私に手を差し伸べる。


「ひとまず、自己紹介をしましょう」

「え? 今?」

「俺の名前はエルドラ。エルドラ・バウミシュラン」

「湯浅奏です」


 手を差し出すと握り返された。

 大柄な体格に釣り合うだけの、巨大な掌と長い指。


「落ち着いて座れるところにまずは案内しましょう」

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