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「リズ、鶏セット2つ、お願い」
「りょうかーい、これ出来たから持って行って。」
「はーい」
厨房担当のリズと声を掛け合い、アニスは注文を伝えるのと引き換えに完成した食事をテーブルに持っていく。テーブルまでの短い道中、マルクとティアの様子を横目で見る。
ティアはメニューが珍しいみたい。ほかのお客さんが注文したものがどれなのか、メニュー表を指さしながらマルクに尋ねている。
ーおまたせしました
お会計のカウンターに行くまでに、ちらり。
外に何か見えたのかな、ティアは窓を指さし、マルクはその方向に振り返って何事かを話している。
ー270ガルでございます。ありがとうございました
再び料理の受け渡し場所に向かうまでに、ちらり。
まだ外を指さして話してる。ティアはケープをつまみながら話しているから、バステクトの服について聞いているのかも。
「アニス、気になるのは分かるけど、あんまりマルクを見過ぎてヘマするんじゃないよ?」
料理を受け渡しながら、リズが呆れ顔で話しかけてきた。
「えっ、わ、私、そんなに見てた?」
「見てた見てた。……ま、ありゃ気になるさね。忙しい時間だけ辛抱しな、落ち着いたらアタシがやるから、とっととお客さん裁いて二人のとこに行きな。」
「恥ずかしいわ……リズ、ごめんね、ありがとう。」
アニスは思わず赤面しながら料理を受け取った。
仕事中にこんなことを注意されるなんて、恥ずかしくてたまらない。ちゃんとしなくっちゃ。
でも……マルクがあんな、物語から出てきたような美人を連れてきたのを見たときは本当にびっくりした。移民って言っていたから仕事の一環として案内しようとしているのかもしれないけど、それにしても、仕事以外にもなにか別の気持ちがあるんじゃないかって、考えてしまう。
ああ、だめだめ、仕事に集中しないと! お客さんが落ち着いたら、二人と話せるんだから。
なんて、考え事をしていたからだろうか。空いた食器を片付けようと、トレイで運んでいる最中、バランスを崩して―
ガシャン!!
周囲の話声が俄かに止み、視線が集中しているのが分かる。
「も、申し訳ございません! すぐに片づけますので……」
やってしまった。リズに注意されたのに、と自己嫌悪になるけど、落ち込むより先に割れた食器を片付けなくちゃ、とため息を飲み込む。しかし、まずは手近な破片を、と集め始めたとたん、リーン、と会計カウンターの呼び鈴が鳴らされた。
「しょ、少々お待ちください。」
言いながら会計カウンターの方を振り向くと、カウンターの奥にある入り口から、新しいお客さんが入ってきたのが見えた。
「こんちわー、あれ、店員さん、いない?」
「しょ…少々お待ちください…!」
内心はパニック状態だ。給仕は私しかいないのに―!
食器が割れる音が聞こえ、マルクとティアは音の方に顔を向けた。
「ありゃ、アニスがやらかすなんて珍しいな。」
そう言いながら、マルクは背もたれに肘を乗せ、体をひねってしばしアニスの様子を見守っていた。
「うーん、大変そうだな。ティア、悪い、ちょっと行ってくる。」
マルクは席を立ち進むと、破片を挟んでアニスの目の前にしゃがみこんだ。
「アニス、俺がこっちやっとくから、カウンターの方に行ってこいよ。掃除道具はいつものとこにあるんだろ?」
「えっ……でも、お客さんのマルクにそんなことさせられないよ。」
「なんでだよ、俺たちはアニスに頼み事があって来てるんだから、完全な客ってわけじゃないだろ。いいからほら、お客さん待ってるぜ。」
「じゃあ……ここは頼んじゃってもいいかな。ありがとう、マルク、正直すっごく助かる!」
アニスは安堵の表情を浮かべつつ、頬をほのかに赤く染めた笑顔で礼を言うと、足早にカウンターの方に向かっていった。マルクは店の奥から箒とちりとりを持ってくると、手際よく破片を片付け、古紙に包んでまとめた。周囲の客に「もう終わりましたんで」、と声をかけると、掃除用具と破片をまとめたものとを店の奥に置きにいった。ティアはなんとはなしに一連の様子を見守っていた。やはり、マルクは悪い人間ではないのは確かなようだ。
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