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二人は出店が並ぶ大通りを北に進む。
すれ違う男が、時には女もティアの顔を見ながら振り返っていく。マルクも自分の斜め後ろを歩くティアの顔をチラチラと横目で見る。ティアは賑わう町の様子が珍しいのか、大きな目を動かしながら興味深そうに周囲を見回している。その顔を見る度、マルクはみぞおちの上がぎゅっと締まってせりあがる感覚を得ていた。
一目ぼれだった。
ティアの顔を見た瞬間、雑踏の音が聞こえなくなった。目が離せなくなった。まるで―まるで女神のような美人だ、と思った。ティア自身は自覚していなさそうだが、他の通行人を見てみろ、みんなティアを見てびっくりしてるじゃないか! こんなに心臓が不安定になったら寿命が縮まるんじゃないだろうか。だが落ち着け、俺。ティアは見知らぬ町に来て不安なんだ、案内に失敗した上に挙動不審になったらますます不安になるだろ。平常心、平常心―。
などと考えながら、マルクは慣れた道を半ば無意識で進んでいく。大通りを曲がって裏通りに入り、少し進んだところにある食堂の前で立ち止まった。看板には「ラ・カンテ」と書かれている。
「ここだ。あ、そうだ、ティア、メシは食ったか?」
「いいえ、食べていないわ。」
「じゃあちょうど良いな。ついでに食っていこう。昼休憩の時間もそろそろだし。」
そう言いながらマルクがドアを開けると、カランカラン、とベルが鳴った。
「いらっしゃ―あ、マルク! いらっしゃい。一人……じゃないのね、そちらの方は?」
食堂で給仕をしている若い女は、マルクの顔を見ると輝くような笑顔になったが、一転、後ろに続いたティアを認めると、途端に笑顔を曇らせた。マルクよりも少し若いくらいだろうか。二人は顔見知りのようだ。
「こっちはティア。移民だ。悪いが俺じゃうまくできなかったんで、代わりに町を案内してくれないか?」
「ああ、移民の方なのね。でも、なんで私?」
「だってメニューの説明とか慣れてるだろ? だから町のこともうまく説明できると思ってさ。」
「なに、それ。ふふふ、もう、しょうがないな。でもちょっと待ってね、今お昼時で忙しいから、落ち着いてからでも良い?」
「お、助かるぜ! ちょうど昼メシも食うつもりだったんだ。食いながら待ってるから。」
「じゃあ、あちらの空いてる席をどうぞ! こんにちは、ティアさん。私はアニス。うちは美味しいから、お客さんが落ち着くまで食事を楽しんでね。」
「忙しいところありがとう。案内、よろしくお願いするわ。」
しょうがない、と言いつつも、アニスはマルクに頼られたのが嬉しいようだ。上機嫌でティアに挨拶すると、にこ、と笑って仕事に戻っていった。
ティアのアニスに対する印象は、一言で言うと“好ましい”だった。長い直毛の金髪は上半分を後ろに束ねており、切れ長の青い目と薄く小さな唇の上品な顔立ちをしている。薄い緑に茶色の装飾が入ったワンピースの上からエプロン替わりの布を腰に巻いており、これも不思議と気品がある。外見だけで言えばともすれば近寄りがたい雰囲気が出そうなものだが、混み合う店内をくるくるとよく動き周り、客のちょっとした雑談にも愛想よく対応してコロコロと笑うものだから、全体としては親しみのある印象が勝っていた。時代が時代なら、神殿に仕える巫女に推されていたかもしれない。
席についてメニューを見てみるが、料理名からどんな味がするのか全く分からない。当然と言えば当然だが、人間はいつの間にやら新たな料理を生み出していたようだ。
「ねえ、マルク、私の来たところとは料理が全然違うみたい。どの料理も知らないものばかりだわ。」
「お? まあ、そういうこともあるか。えーっと、これはガッツリしてうまい。これはボリュームがあって肉と野菜がうまい。これはささっと食えるんで、急いでいるときは良いぞ。」
「……どうして私のところに来たのか分かった気がする…。これは豚肉をソテーしたものに玉ねぎのソースを絡めたものよ。少しスパイスが効いていてピリっとするから、そういった味が好きならオススメかな。こっちは羊肉と根菜をクリームで煮たもの。こってりしたものが食べたいならコレが良いと思う。こっちは鶏肉をグリルしたものに、野菜を刻んだソースをかけたもの。ボリュームは結構あるけど、割とさっぱりしていて癖もないから、バステクトの味に慣れていなくても食べやすいと思うわ。」
マルクの説明下手に呆れつつ、水を持ってきたアニスが説明してくれた。なるほど、確かに説明が分かりやすい。
「ありがとう、じゃあ、最後にオススメしてくれたものにするわ。」
「マルクは? ご注文は決まった?」
「じゃあ、おれも同じので。」
「はい、では少々お待ちください。」
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