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「……どういうこと……?」
鏡には項垂れるマルクと、炎に包まれゆっくりと崩れていくソールが映しだされていた。ティアは異様な映像に思考が停止し、全く理解も及ばず、怒りも瞬間的に忘れてしまっていた。
「さきほど、限られた魔力をどう使うべきか、と申しましたでしょう? 我らにとって魔力は貴重で大切な資源です。ですから、神の血を持つ者の遺体に含まれる魔力も大切に活かしているのですよ。ああして取り出された魔力は列車や工場を動かしたり、水道を流したりと生活に使われています。」
「……マルクを哀れな人間と言ったわね。マルクは何を?」
「完全に自動で遺体の魔力を取り出せれば良かったのですが、我らではそこまでの魔法は編み出せなかった。魔力を取り出すための魔法を動かすための魔力を流し続ける必要があるのです。マルクと言いましたか? あの男にはその役割を担ってもらっています。この街の生活には必要な仕事とは言え、辛い仕事です。この仕事をしたものはみな発狂して自ら果てていきます。」
「……。」
ティアは生まれて初めて震えるほどの怒りを感じていた。
戦争を煽って非魔法の文明を破壊したのはまだ理解できた。神としては虚しくなるが、人間の歴史にはよくあることだから。
箱の女神の顛末には同情はしても労しいという気持ちが勝った。箱の女神の守りたいものを、彼女のやり方で守っただけだから。
他の神々を巻き込んだことには怒りを覚える。生きるために仕方なかった? そんなはずはない。非魔法の文明が発展したのが何よりの証拠ではないか。時代遅れの魔法を捨てられない自分たちの愚かなプライドを守るためだけに他者の尊厳や命を使い捨てにしたことが許し難かった。
自分たちの街の住民を踏みにじったことがなにより許せなかった。魔法を持つ者と持たぬ者が共に暮らす良い文化だと思ったのに。他者を踏み付け傷付ける以外の魔法の使い方があったのだと感動すらしたのに。
その生活は同じ街の人間を犠牲にして成り立っていたのだ。いや、自分たちと同じ人間とは思っていなかったのだろう。彼らの根拠のない優越感にどうしようもなく嫌悪感が湧いた。
「この男が貴女と恋仲になればもっと効果的だったのでしょうがね。ですがそれなりに仲は良かったのでしょう? 助けたいとは思いませんか?」
相変わらず老職員は飄々としている。ティアは怒りに震える口を、右手に魔力を込めることでようやく抑え、なんとか言葉を絞りだした。
「ええ、そうね。でも、お前たちの提案を飲むつもりなんてないわ……!」
これまでは人間には人間の秩序があるのだと、嫌悪はしても崩壊させようとは思わなかった。
だが、これには我慢がならない。
ティアは右手を思い切り振りかざした。こんな仕組みは崩壊させる―!
右手に込めた魔力は、何も起こさなかった。
「……!?」
ティアの様子を見、老職員はふっ、と笑ってまた飄々と語りだした。
「貴方の左手首につけさせていただいた入館証ですがね、これは鍬や水瓶と並んで役立つものでした。元は侵食の神だったものです。魔力や神としての権能を侵食する……魔法を使うことができないでしょう? これがなければ神々の多くを捕えることはできなかったでしょうな。我らも今ここにいることもなかったでしょう。」
「侵食の……!この…………!」
魔法を封じられ、ティアは生まれて初めて人間相手に焦りを感じていた。
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