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マルクは自分の体を炎が滑るのを不思議に眺めていた。かけられた魔法によって自分が燃えることはないし、そもそもこれは通常の炎ではないから熱くもない。
代わりに、目の前で人間だったものが端からボロボロと黒く崩れていくのを見て、やはりこれは炎なのだと、回らない頭でぼんやりと考えていた。
◇
神殿に入るのを志願しても、周囲の反応は薄く冷たいものだった。
生まれてから20年以上を過ごしたこの場所がこんなにも薄情だったのかとも思ったが、神殿に入る前に挨拶に行きたい人の顔も思い浮かばず、薄情なのは自分の方だったのかもしれないと思い直した。いずれにせよ、なんの未練もなく神殿に行けるのだと、虚しくも割り切った気持ちに切り替えた。
神殿の職員たちはマルクを温かく迎え入れた。温かいお茶やお菓子でもてなし、笑顔でマルクの話を聞いてくれた。仕事は明日から、今日だけはゆっくりと過ごすと良い、と言ってくれ、神殿に入った日の晩餐は豪華なものを用意してくれた。良く見ると昼間の会話で尋ねられたマルクの好物が献立に取り入れられていて感動した。大きな風呂に入り、あてがわれたシンプルながらも品の良い個室のベッドにどっかりと横たわる。ベッドはふかふかで清潔だ。久々に他人から向けられる好意に自然と涙が溢れてきた。
久々に気分良くぐっすりと寝た翌朝、早速神殿での仕事の説明があった。
マルクの仕事は、とある場所にある魔石に魔力を流し続けることだった。ある魔法を動かし続けるのに、ほんの少しでも魔力を絶え間なく注ぎ込まなければならないらしい。神殿の仕事は研究の手伝いだという噂があったため、頭脳労働だとばかり思っており不安を抱えていたマルクは安心した。それなら自分でもできそうだ。
報酬を誰に送るか聞かれたときには言葉に詰まった。居心地の悪い場所から離れることばかり頭にあり、全くそんなことを考えていなかったのだ。少し悩んだあと、ソールがいなくなったあとの子育てで少しでも余裕があった方が良いだろうと、リズに送ることにした。
説明の後、連れて行かれたのは神殿の地下だった。
薄暗く物音のしない階段と廊下を通り過ぎ辿りついたのは、分厚い石でできた大きな観音扉の前だった。
扉を開けるときの轟音と地響きで身が竦む。ここまで厳重に守られた先に何があるのだろうか―。と、現れたのは歩いてきた廊下よりもさらに暗く、天井の低い部屋だった。部屋の中には扉から差し込む光が道のように伸びていた。
「この部屋の地面に、魔石が埋め込まれているのが分かりますでしょうか?」
案内してくれた職員が手で方向を指し示す。マルクがその方向を見ると、光の道の先にきらりと光るものが見える。
「ああ、あれだな。あれに手を当てて、魔力を流し込み続ければいいんだな。」
「ええ。ちなみにマルクさんが部屋に入った後、この扉は閉めてしまいますので、驚かれませんよう。」
「分かった。……けど、真っ暗なのはちょっと嫌だな。明かりはないのか?」
「魔石に魔力を流しますと、使用する魔法の反応により明るくなりますのでご心配なく。」
「そうか? なら良かった。」
中枢区の難しい魔法は理解できる気が全くしなかったので、マルクは明るくなるという結論だけを受け取って納得した。職員に促されて部屋の中に入り、かがみこんで魔石に手を当てる。
「これでいいか?」
「ええ。それではよろしくお願いしますね。」
そうして扉は轟音とともに閉められた。よし、と口の中で呟き、魔力を流し込み始めた。
地面からゆらゆらと光りが立ちのぼり始める。職員が言っていた反応とはこれか、と、炎を眺めながら、手からは魔力を流し込み続けた。
事前に軽い説明と共に、マルクには体を守るための魔法がかけられていた。
そうは言っても見た目が炎そのもののものに囲まれれば、怖がるなという方が無理だった。少しずつ自分に近づいてくる炎にヒヤヒヤとし、無意識に体を強張らせたが、もう間近というところまで近づいても全く熱くないことに気がついた。
恐る恐る、魔石に当てていない方の手を伸ばして指先を一瞬炎の先に触れさせてみれば、なんともない。
一瞬よりも長い時間、さらにそれよりも長い時間と触れる時間を長くしていき、最終的に手を当て続けても全く平気だったことで、やっとかけられた魔法を信用することができた。
多少安心できたことで、ようやく周囲を見回す余裕もできてきた。部屋が暗かった時には気が付かなかったが、何か丸太のようなものが自分を取り囲むように置かれていた。徐々に炎が強くなって光も強くなってくると、その丸太のようなものの輪郭が明らかになってくる。
ようやくソレが何なのかが見えた時、マルクの脳はそれを理解するのを拒んだ。背中がゾクゾクと粟立つ。呼吸も忘れ、一体なんの感情からなのか、奥歯からはガタガタと歯の根が合わぬ音がする。
俺はアレを良く知っている。
あの髪の毛の色、鼻の形、自分よりも鍛えられた胸板の厚さ。事故により失われた片腕。
ほんの少し前に自分たちの前から突然いなくなったはずだった。
なのになぜ今、ソールが自分の目の前に横たわっているのか。
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