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「250年前の戦争によって、非魔法文明は壊滅しました。魔力を持たない人間を根絶やしにできなかったのは残念ですが……それでも、我らが世界を征する下地は十分に整った、はずでした。」
「……。」
ティアは老職員の話を黙って聞いていた。老職員は片眉を上げてティアの様子を伺うと、続きを話しはじめた。
「子供がほとんど生まれなくなったのです。我らは長い間『箱』の中でだけ生きておりましたからな。血が濃くなりすぎたのです。神の血を途切れさせてしまっては、魔力を持たない人間を駆逐したとしても我らが地上を制するどころではありません。我らは「我ら」という存在を理解する、我ら以外の血を求めました。それがここ、バステクトの地で我らが『箱』を出て暮らすようになった理由です。神の血が薄まってしまったのは心底不本意でしたが……ですが、この時代において貴女という神がバステクトに現れたのであれば救いがあるというものです。我らは再び神の血を持つ者だけで作る世界を目指すことができる。」
怒りを顔に出せなくなるほど、ティアの胸は怒りに満ちていた。
『箱の民』に脅され囚われ、神々の領域から一柱また一柱と減っていった神々。
『箱の民』に戦火を煽られそれまでの暮らしを焼かれながら、それでも懸命に生き、人間性を失わなかったあの親子。
言いたいことは山ほどあったが、憤りに頭が上手く働かなくて言葉がうまく出てこず、目についたものを何とか口に出すことができた。
「……この部屋に入ったとき、随分とたくさんのオブジェがあると思ったけれど、これらはお前たちの犠牲になった神々が果てたものなのね。」
「ええ、そうですとも。」
怒りで声が震えているティアに対し、それに応える老職員の口調はひょうひょうとしたものだ。
「何を食べる必要もない貴女方神々と違い、我ら人間は他のなにかを犠牲にしなければ生きていくことはできない。
この町で暮らして不思議に思いませんでしたか? 他の町と交易を行っている訳でもないのに、この規模の町としては食物が異常に豊富であったことを。豊穣の神の鍬があればこそです。水も工業も医療も似たようなものです。
我ら人間は牛を飼いその肉を食べ、その革を使う。そうしなければ生きていけないからです。敵から身を守るために神の血を求め、生活のために神が果てたものを使う。両者になんの違いがありましょう?
貴女は牛を飼うことを咎めはしなかった。牛は良くて、自分たち神々は良くないと、そう仰るのですか?」
いけしゃあしゃあと宣う老職員の言葉に奥歯をぎりりと噛み締める。老職員の問いに答えたくはなく、それを無視してティアは問いを重ねた。
「神の血を持つ人間だけの世界とやらにこだわる割に、この町はそうではない人間も含めて運営しているのね。」
老職員は思い切り苦笑して大きなため息をついた。
「あぁ、それはもう、本当に情けないことです。正直に言いますと、楽しかったのです。魔法を利用した町をイチから作ることが。どうしたら効率良く多くの住民を生かすことができるのか。限られた魔力をどう使うべきか。誰に迫害されるでもなく、自由に魔法を利用するためにあれこれと考えるのは、この私ですら年甲斐もなくワクワクしたものです。神の血を持たぬ者たちと混じるという妥協の結果ではありますが、この町は我らの作品として悪くないものだと自負しておりますよ。
―ですが、片時も悲願を忘れたことはありません。貴女がいるのであれば、この街は不要です。」
「これまでのお前の話を聞いて協力する気が起こると思っているの?」
「そうですな、貴女がそれなりに仲良くしていた男のような哀れな人間を、これ以上出さずに済む、と言ったら多少心を動かすこともできるやもしれませんな。」
そう言いながら老職員は立ち上がり、つかつかと歩くと鏡の前で立ち止まった。す、と手をかざすと、膝をつき地面に手を当てて項垂れている人の姿がぼんやりと映し出された。
(やはり、あれは鏡の神の……。)
かつて自分もウルヴァルドに人間の世界を見せるために協力してもらった神だ。世話になった神の果てを見せられ、ティアの胸は痛んだ。
朧げだった鏡の中の映像は徐々に鮮明になっていった。何か丸太のようなものが横たわり、ゆらゆらとした炎に焼かれている。
それらに囲まれた、鏡の中心に映る男をティアは知っている。
「マルク……!?」
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