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円形のその部屋に入ってまず目に入るのは、大きな艶のある黒檀色の立派な執務机だ。大きな窓を背に、入口に向かい合うように置いてある。窓の外にはバルコニーも見える。
「このバルコニーはこの建物を一周するように作られておりましてな。北を見れば森が、南を見ればバステクトの街が一望できるのですよ。これがなかなかの眺望でして、見ているだけで優越感があります。」
ティアに伴っていた老職員は、そう説明しながら、執務机の、やはり立派な革張りの椅子に座った。この部屋が最上階にあること、そしてその執務机に躊躇いなく座るところをみると、老職員はこの組織のトップなのであろうことが推測できる。ティアは突然示されたこの事実に、執務机に悠然と座る老人に対する警戒心を露わにした。
部屋を取り囲むように置いてあるのは大小さまざまなオブジェだ。農業用の鋤、装飾の施された美しい剣、僅かな装飾のついた丸い鏡、糸車など、統一性は見られない。ティアが不思議に思って眺めていると、ティアの後から部屋に入ってきた職員たちが重厚な扉を閉め、ティアの背後に立った。
この部屋唯一の扉の前には職員たち。その向かいにあるバルコニーに通じる大きな窓の前には執務机に座る老職員。何があった訳ではないのに、間に立たされたティアは嫌な配置だ、と僅かに眉をひそめた。
「さて……。」
おもむろに老職員が口火を切る。
「わざわざこのようなところまで来ていただきましてすみませぬな。何しろ場所を選ぶ話でして。」
ティアは老職員の話を聞き漏らすまいとしっかと見据えた。
「我々には悲願があるのですよ。そのためにあなたに協力していただきたい。具体的には子を産み続けて欲しいのです。」
「…………は……?」
あまりのことにティアの口からは声になりかけの状態で音が漏れ出でた。老職員はにこやかな顔を崩さず、さも天気の話でもしているかのように穏やかだ。
「悲願って……。」
「おや、そこが気にかかりましたか。ええ、我々には悲願がある。我ら『箱の民』がその名を自称したその始めから―もう千年単位の昔から、ずっと抱いてきた悲願です。我々は、我らの中に流れる神の血を絶やさぬこと、そして神の血を持つものだけの世界を築くことを悲願としてまいりました。あなたが現れたことでその悲願にようやく手をかけることができる。協力していただけますかな。―久方ぶりに我らの前に姿を現した神よ。」
「――!」
自分の正体が見抜かれていたことにティアは瞠目した。部屋の空気が一瞬にして極限まで張り詰める。
「……まさか私の正体を見抜く人間がこの時代にいるとは思わなかったわ。それで、どうして私とあなた方の悲願とやらが関係するのかしら。私には全く覚えがないのだけれど。」
「それを説明するにはいささか長い話となるのですが……まさか神に相まみえる日が来ようとは夢にも思ってはおりませんで、 どうやら年甲斐もなく気分が高まっているようです。しばし年寄りの昔話に付き合っていただけますかな。」
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