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その日のティアの取り調べには、いつもとは違う人物がやってきた。
いつもの取り調べ官にくらべ明らかに上等なローブや装飾品からして、神殿の中でも位の高い人物が来たらしい。いつもの人物も付き添いで来ているが、緊張の面持ちで半歩後ろに立っているところからもそれが伺われた。
白い長く豊かな口髭をたたえ、多くの皺には年齢分の経験が刻み込まれたその人物は、ティアと向かい合わせにテーブルにつき顔の前で手を組んで、にこやかな笑顔で告げた。
「これからは神殿でお話を伺いたいのですよ。あちらには様々な道具がありまして、話を聞きながら魔法を使った実験ができますから。」
「……神殿に一度入れば二度と出ることは出来ないと聞いたけれど、私もそういう扱いになるのかしら。」
「おや、どこかで聞かれましたかな? 保安調査隊にいたのでしたら不思議ではありませんな。確かに、機密事項を扱う以上そういう部門もあります。我々も好んで外には出ることはありません。ですが何事にも例外はあるというものです。私も今日は神殿から来ましたのでな。」
この街の魔法を研究・開発している神殿は魔法の中心地だ。これまで調べようにもその糸口すら見つけられなかったティアにとって、この機会を見逃す訳にはいかなかった。
ティアは老人の提案を承諾した。
これからのティアは神殿に属する研究補佐員という身分になるらしい。それに伴い保安調査隊は除隊となり、したがって寮は引き払うこととなる。
「別の部屋を探さなくてはいけないのね。」
「心配せずとも良いですよ。こちらで用意します。」
「そう、助かるわ。」
ティアの寮の部屋の物は極端に少なかった。アニスと一緒に買った服と、片手で足りる程度の食器や日用品、それからお気に入りの入浴剤と、花祭りの花を飾っていた花瓶くらい。花はとうに枯れてしまって泣く泣く処分したが、用途が無くなってしまったあとも花瓶は手元に残して置きたかった。
それらの荷物を適当に買ってきた鞄一つにまとめると、あっという間に部屋は空っぽになったのだった。
荷物をまとめ終えると、世話になった人に挨拶に行くことにした。
まずは所属していた部隊。全員に挨拶できないのは残念だったが、詰所にいた元副隊長 ―現隊長や数人の隊員には会うことができた。
「短い間だったけれど、お世話になったわ。」
「せっかく仕事にも慣れてきたころだったのになぁ。ティアは即戦力だったから俺等としちゃ残念だけど、中枢区でも頑張れよ! 便利な魔法作ってくれよな。」
「あ、僕、部屋が勝手にきれいになる魔法欲しいんだよね!」
「それは自分で掃除しろ。」
最後まで明るく、新参者の自分にも良くしてくれて、良い居場所だったな、と、ティアは少し未練を感じながら詰所を後にした。
その足でラ・カンテへ向かったが、店は暗く鍵がかかっており、裏の住居部分にも人の気配はない。
(リズもアニスもいないのかしら。顔を見られなかったのは残念だけれど……そのうち暇を見て会いにきましょう。)
マルクの顔もチラ、と浮かびはしたが、なんとなく会いに行くのは躊躇われた。そのうちラ・カンテに来た時にでも顔を合わせることはあるだろう、と気楽に考え、ティアは取り調べにやってきた老職員に伴われて神殿へと向かったのだった。
ようやく入ることのできた神殿は、やはり以前、500年前の時代に訪れた建物そのものだった。しかしその様相は時を経、そして場所を移して変わっていた。
かつてはホールがありその両翼に通路と部屋が並ぶ大きな建物だったが、現在は小ぢんまりとしたものに変わっており、かつての壮麗さはなく実用性が重視されたものになっていた。しかし入り口から真っ直ぐ進んだ奥にある階段はかつてと同じで、当時の面影を現在にも伝えていた。神殿を包む雰囲気はかつてよりも重く、そして静かで、生の活力に欠けていた。
「では、こちらを手首につけていただけますかな?」
そういって老職員は小さな板の両脇に細い鎖のついたものを差し出してきた。
「これは?」
「入館証のようなものです。機密事項を扱う分、防犯には気を付けていましてな。これを着けずに入ると警報が鳴るのですよ。」
手渡された入館証を左手首に着け、案内されるままに、かつては下っただけだった階段を上り、ティアたちは神殿の最上階の部屋へと入った。
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