54
今、リズを動かしているのは義務感だった。
お腹の子の検診に行かなければ。
荷物の準備。
駅に行く。
電車に乗って中枢区に行く。
病院で受付をする。
呼ばれるまで待つ。
聞かれたことに答える。
憔悴から先々のことを考える余裕などなく、目の前の行動を行うので精一杯だった。そんなリズの表情が正常であるはずもなく、医師からなにかあったのか、と問われた。
「亭主と親友が死んでしまいましてね、どうも二人は関係があったみたいなんですけど。はは、困ったもんですねぇ。」
リズは “聞かれたことに答える” のに精一杯だった。こんなことを聞かされた他人がどう思うか、なんてことには気が回らない。だから普段やっているように “普通に見えるように” 明るくその受け答えをした。
そのリズの様子は異常という他なく、同居家族もいないことから入院が必要との判断が下された。
入院から間もなく、リズは出産した。幸いにも母子ともに健康で、小さな小さな我が子を胸に抱いた瞬間、やっと、という気持ちと、愛おしさとが交じりあった感情が涙となって溢れた。
食事をしようとした瞬間に泣き出したり、おむつを変え母乳を飲ませ寝かしつけたらすぐ次の授乳だったりと、痛む体を庇いながらの初めての赤ちゃんの世話は大変の一言だった。しかし大変さよりも可愛さが勝り、また余計なことを考える余裕も無くなったことで、義務感以外の感情が動くことも多くなっていった。
だからこそだろうか、毎日夫がやってきては抱っこをし、それを妻が見守る、という隣ベッドの幸せそうな姿を見かけると、胸が引き絞られるような感覚に襲われた。
夫はいない。
家族のような存在だった親友もいない。
仕事や自身の性格から友達も多い方ではなく、夫の友人は八つ当たりをして自ら遠ざけた。
―自分もあんな幸せな風景を作るのだと、疑うことすらなかったのに。
たった一人で赤子を抱きしめ、リズは静かに涙を流した。
読んでいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になるなど思っていただけましたら
ブックマークや下の☆☆☆☆☆で評価してくださると嬉しいです。
励みになります。




