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失恋でふさぎ込んでいたマルクだが、ソールやアニスのことがあり、自分のことで落ち込んでいる場合ではなくなった。心配なのは、大事な時期にいきなり夫や親友を失ったリズのことだった。アニスの靴が発見されたと聞いた翌朝、なんとリズに声をかけたらいいのかも分からなかったが、とりあえず様子を見に仕事の前に差し入れをもってリズのもとを訪れた。
リズはダイニングテーブルの席に、ただただぼんやりと座っていた。すでに十分日は高くなっているのに家の中は薄暗く、リズの目に光はない。
―どうして、こんなことになったんだろう。
吐き気がするが、きっとソールとアニスは関係を持ったんだろう。そしてそれに罪悪感を感じ、ソールは思い詰めて命を落とすことになって、アニスは自ら命を絶った。
理解したくはないし憤りしかないが、原因と結果は分かる。
でも、「どうして」。
それが分からない。
アニスは何年間も、鬱陶しいくらいにマルクに想いを寄せていたはずだ。あんなにあからさまで、マルクが気が付かないのが不思議なくらいだった。なのにどうして、ソールと関係を持つようなことになったんだろう。
「リズ、大丈夫……じゃないよな。」
控えめなノックをして、マルクは店に入ってきた。リズはそちらを向くこともなく、目に光を宿さぬままだ。
―自分が至らなかったのだろうか。それともアニスは実はマルクではなくてソールに想いを寄せていたのだろうか。ソールは本当は自分ではなくアニスと結ばれたかったのだろうか。アニスと親友を超えて家族のようなものだと思っていたのは自分だけだったのだろうか。子ができて喜んでいたのは自分だけだったのだろうか。
ぐるぐるぐるぐる。答えのない思考は続く。
どこにも向けることができないリズの感情は、出口をなくして蓄積していく。
「食欲はないだろうけど、差し入れ持ってきたから、ちょっとでも食べてくれ。」
マルクが買ってきた食べ物をテーブルの上に置いていく。果物やサラダやジュースといった、食べやすく栄養もあるものが中心で、マルクが選ぶのに心を砕いたのが分かる。
だからこそ、それがリズの視界に入ったとき。
行き場をなくした感情が吹き出した。
「なんで……なんでそんなに気を遣えるのに、アニスの片思いに気が付かないんだよ……!」
「リズ……?」
「そうだよ、アニスはずっとアンタが好きだったんだ!!アンタがそれに気付いてさっさと振ってりゃこんなことにはならなかったんだ!アニスにゃ別の恋人が早々にできたろうよ、そしたらうちの人とこんなことにはならなかったかもしれないのに!!」
リズは大粒の涙を流しながらマルクを罵った。
ソールが死んでから、リズは初めて泣いた。
「は? いやちょっと待て、アニスが俺を? ソールとアニスが…ええ?」
「本当に気が付いてなかったのかい、呆れるね。アニスがアンタに片思いしてたのなんてあからさまだったろうが。気づいてないのはアンタくらいなもんだったってのに。」
「そんな……」
マルクは身に覚えのないことでいきなり当事者扱いされたことに狼狽した。リズは肩で息をしながら、ボロボロと涙を流してマルクを睨みつけていた。部屋にはリズの荒い呼吸音だけが響いていた。
「……八つ当たりだってことはアタシだって分かってんだ。けど悪いね、帰っておくれ。今はアンタの顔を見たくないんだ。」
「リズ……。」
「帰っとくれよ!!」
リズに扉の外に押し出された直後、鍵がガチャリとかけられる。
マルクが呆然と扉の前に立ち尽くしていると、リズの慟哭が聞こえてきた。
……これは、どうしてやることもできない。
マルクは遣る瀬なさを感じながらその場をあとにした。
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