45
その夜もいつも通り街をひっそりと抜け出し、森の中で待つ神獣へ魔力を分け与えに向かった。いつも通り他愛もない話をし、いつも通り神獣に触れた―その時だった。
「何をしている!」
夜な夜な森へ出かけるティアを不審に思った者がいたのだろう。保安調査隊に尾行されていたようだ。
バステクトの住人にとってティアはこの街に来て間もない移民であり、神獣は何人もの保安調査隊員を喰らった「害獣」である。その害獣に親しげに話しかけ、触れることすらできるティアの姿は、ティアをよく知らぬ者からすれば脅威としてしか映らないだろう。
(誰にも見つかっていないと思っていたけれど、抜かったわ。)
ティアは暫くの間寮の部屋に謹慎となり、詳細な取り調べを受けることになった。
「ええっ!? それで、ティアは大丈夫なの!?」
夕日が差し込む閉店後のラ・カンテに、アニスの声が響く。所属している部隊長としてティアの取り調べに関わったソールが、アニス達に状況を説明したのだ。
アニスの隣に座るマルクは握りこぶしをテーブルの上に置いたまま動かなくなっていて、反対隣りにいるリズは事前に聞いていたのか落ち着いてはいるが、険しい顔をして口を噤んでいた。
「どうやらティアはあれが魔力を喰らうことを知っていたらしい。それで被害がこれ以上広がる前にこっそり魔力を与えていたんだと。実際、ティアが魔力を与え始めたという時期と、害獣被害が無くなった時期は一致しているから、ティアの言い分は通りそうだ。間もなく謹慎も解けるんじゃないかと思う。」
「そう……。良かった。」
アニスとマルクはホッとした様子で肩を下ろす。一方リズはまだ険しい顔をしたままだ。
「ただなぁ……。」
ソールも難しい顔をして頭を掻く。
「隊員の中でもティアを怪しむ声が無くはない。それに、中枢区の連中がティアに興味を持っている。」
「中枢区? なんでまた?」
「ひとつは中枢区の連中も知らない知識だな。アレが魔力を食うなんてバステクトじゃ知られてない知識だった。他にも何か新知識があるんじゃないかと連中は睨んでいる。もう一つは魔力の高さだ。」
「魔力? ティアの魔力は俺たちが一緒になって測定したろ!? ソールと同じくらいしかなかったじゃないか!」
マルクは椅子から立ち上がってソールに詰め寄る。その様子をアニスは少し怯えたように見上げていた。
「おれに食ってかかるなよ……。ティアはあのデカい図体の獣を満足させるくらいの魔力があるってことだ。正直おれにはどのくらい魔力が必要か想像もつかんが、少なくともランプを一日中点けとくよりは魔力が必要だろうよ。間違いなくおれよりも遥かに高い魔力をティアは持っている。てことはティアが何かの方法で魔力を少なく見せかけたか、あるいはあの水晶が反応しないなにかがあるか、だ。どっちにしろ、中枢区の連中にとっちゃ興味深いらしい。今度それらの聞き取り調査に来ることになった。で、聞き取りの結果によっちゃ監視と観察を兼ねて中枢区に住んでもらうことになるかもしれん。」
「中枢区に……。」
同じ街でも中枢区は遠い。何かの手続きや仕事のために電車に乗って行くことはできるが、それでも中枢区と商業区には目に見えない隔たりがあるのだ。中枢区と商業区の住民同士は互いに互いを区別して生きている。
まるで、誰かが "お前たちとは違うのだ” と、線を引いたかのように。
ティアを案内したのがたまたまマルクだったから、マルクがアニス達を紹介したから、ティアが保安調査隊の仕事にたまたま興味を持ったから。
ティアが今商業区にいる理由は、そうした “たまたま” でしかない。
もしもティアが中枢区に住むようになれば自分たちとの交流は少なくなり、やがて縁も切れてしまうだろう。
ティアを商業区に引き留めるにはどうしたらいいのか。仮にティアが中枢区に移っても交流が続くようにするにはどうしたらいいのか。なにか、“たまたま”でない理由があれば―。
マルクの横顔は、夕日に赤く染められていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になるなど思っていただけましたら
ブックマークや下の☆☆☆☆☆で評価してくださると嬉しいです。
励みになります。




