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「おっと、そろそろ花火が始まるかな。始まったら俺たちは戻らないとだ。」
時間を確認したマルクがソールと目を合わせてこの場を辞そうと切り出した。それを受けてリズがアニスを小突く。アニスはぎょっとして縋るようにリズを見るが、それでも目をつぶって息を静かに大きく吐くと、目に闘志を宿らせてマルクと向き合った。
「ま……マルク! あの、これ……!」
「え? 俺に?」
マルクが贈り先を確認したのも無理はない。アニスが差し出したのは恋を告げる赤ではなく、リズがたくさん贈られた健康などを願う白の花だったからだ。
「ほ、ほら、保安調査隊の仕事って危ない目に遭うこともあるでしょ? だから怪我とかしないように、って!」
「ああ、そういうことか、ありがとな。」
「それから、はい、こっちはリズとソールと赤ちゃんに。赤ちゃん産まれたら、抱っこさせてね。」
そういってリズ達に向き合うと、やはり白い花を差し出した。
「はああ~~~……本っっ当にチキンだねぇ……。ま、花はありがとね。たくさん抱っこしとくれよ。」
「きゅ、急には決心がつかなかったっていうか……! でも、そのうち、そのうちには、ね……!」
リズは弱気なアニスにほとほと呆れ顔ではあったが、花自体は嬉しかったようで、アニスからの花も花束へと加えていた。
アニスがリズとソールと会話をしているのを眺めながら、マルクは3人の様子を一歩離れたところで眺めていたティアにおずおずと話しかけた。
「リズ、花もらって嬉しそうだったな。」
「ええ、そうね。」
「なあ、ティアはその、誰かに花を贈ったりするのか?」
マルクの視線はティアが持つ花に注がれていた。ティアが持つ花は9輪だった。アニス達に祭りについて教えてもらって以降、祭りにあやかって売り出されていた様々な期間限定の食べ物をつい買ってしまい、いつの間にか引換券の数が増えていたのだ。
マルクの視線に従い、ティアも自分の手元に目を落とす。ティアはすべての花を自分の部屋に飾るつもりでいた。だが、街の中で見た花のやり取りと、それに伴う人々の笑顔。彼らのにじみ出るような幸せの表情は、妙にティアの記憶に残っていた。
ティアは手の中の花のうち、一本の白い花を取り出し、マルクへと差し出した。
「えっ、ティア、いいのか!?」
マルクの驚きと歓喜の交じった声で、リズやソールやアニスがこちらを見、そしてその光景に気付き目を丸くする。特にアニスは理解が追いついていないのか、目がこぼれそうなほど大きく見開き、微動だにもできないでいた。
「……なあ、これ、どういう意味か聞いていいか?」
マルクの質問には間違いなく期待が宿っている。が、ティアはそれに気が付く程には人間との対話には慣れていなかった。
「保安調査隊の任務には危険なこともあるでしょう? だから、そうね、安全祈願、といったところかしら。」
「安全祈願か……。あ、ありがとうな。」
ややぽかんとしたマルクに花を手渡すと、くるりとアニスの方へと向きを変え、つかつかと近づいていった。先ほどの衝撃から完全には帰ってきていないアニスは、予想していなかったティアの行動にえ、と声を漏らして戸惑っている。
そしてアニスの目前に到達したティアは、持っている花から黄色の花を一輪取り出すと、ずい、とアニスの顔の前へと差し出した。
「アニスはまもなくカフェをやるでしょう? だから、商売繁盛を祈って。」
黄色の花とティアの顔に何度か視線を往復させたアニスは、
「あ、ありがとう。」
と声を出すのに精一杯だった。
そしてまた向きを変えてリズとソールに向かうと、白い花を取り出して差し出した。
「私からも、二人に安産祈願を。」
マルクやアニスに花を渡すのを見ていたためか二人はさほど驚いた様子もなく、落ちついて礼を言い、リズの持つ花束へと加えていた。
「ティアは前に言っていた通り、残った花は自宅に飾るのかい?」
「ええ、そうするわ。花瓶も買ったの。」
手元に残った花はすべてウルヴァルドのために飾るのだ。そう思うとこの6本の花は特別愛おしく感じる。花を持つ手に自然と力が入る。
本当は9本全ての花を自宅に飾るつもりだった。誰にも花を渡すつもりなんかなかった。けれど、自分もほんの少しその輪に加わって、人間の営みに触れたから。
ウルヴァルド一人を想っているよりもずっと温かな気持ちでいることに、ティアは多層的な幸福感を覚えていた。
祭り後、予定よりも少なくなった花は机の真ん中に置かれ、殺風景だったティアの部屋にしばらくの間彩と明るさをもたらしたのだった。
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