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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
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花まつり当日。


毎年大混雑するというこの祭りでは、保安調査隊は警備およびトラブル対応で多くの人員を配置している。新人であるティアもやはり仕事を割り当てられており、街を巡回してなにかあったら対応する、という任務を行うことになっていた。とはいえ、保安調査隊員もこの祭りを楽しめるよう休憩時間は多めに設定されていて、隊員同士交代しながら思い思いに祭りに繰り出していた。


ティアは任務中、言い争いや落とし物などの小さなトラブルに対応しながら祭りの様子を観察した。

アニスの説明通り祭りには多くの屋台が出店している。言ってしまえばさして珍しいものでも美味しいものでもないはずなのだが、祭りの屋台というものはどうしてこうも心惹かれるのだろう、と、任務に勤しみながらティアは初めての祭りの雰囲気に自ら進んで飲まれることを決意した。


そして交代の時間。

交代する隊員はすでに祭りを満喫した様子で、やけに晴れ晴れした顔をして詰所へ現れた。聞いてもいないのに彼が語ったことによれば、どうやら意中の女性に赤の花を渡し、そして彼女の方も彼へと赤い花を用意していたらしい。「祭りが記念日なんて忘れなくていいだろ?」とは、巡回任務にあたる際に身に着ける腕章をティアから受け取った時の彼の談である。記念日というものにはピンと来なかったが、とりあえずおめでとう、と言って、ティアは祭りに浮かれる街へと繰り出したのだった。


先ほどの隊員の様子に接したからだろうか。街にははにかみながらお互いの顔を見て笑いあう初々しいカップルが目につく。交代の隊員同様、今日想いが通じ合ったばかりの二人も多いのだろう。

一方、落ち込んでいる仲間を励ますように酒盛りしている集団が酒場にいたり、萎れた一輪の花を力なく持ちながら項垂れている者が街のベンチに座り込んでいたりと、どうもこの浮かれた祭りの影には悲喜こもごもの人間模様があるようである。

この祭りは想いを届ける背中を押してくれるものではあるようだけれど、勢いが付きすぎてしまうのも困りものね、と他人事ながら同情心を抱きつつ、ティアは雑踏を歩いていった。


いくつかの出店に立ち寄りながら、ティアはラ・カンテへと向かった。道中でカフェやレストランの横を通ったが、どの店も満員の上に待っている客が外にあふれ出ている始末で、アニスが誘ってくれなければ歩きながらか、あるいは寮の部屋に一時的に戻って一人で食べることになるところだった。祭りの日にそれはさすがのティアとて味気ない。心の中でアニスに感謝しながら人混みを泳ぐように進んでいった。


いつもよりも時間をかけてようやく辿り着いたティアを迎えてくれたアニスとリズの二人は、店のテーブルに買ってきた食べ物を広げてつまみながらおしゃべりに興じていた。こんな人手なら店を開ければ良い稼ぎになるのでは、と聞いたところ、客が多くなりすぎてリズとアニスだけでは捌き切れないらしい。日頃はつい仕事の話になってしまいがちなこともあり、仕事を忘れてゆっくり話す良い機会としているとのことだった。来年にはゆっくり話すことなんてできないだろうけどね、と、リズは大きくなってきたお腹を幸せそうにさするのだった。


「お仕事お疲れ様。 仕事はもう終わり?」

「この休憩が終わって、もう一度仕事をしたらそれでおしまいよ。夕方には終わるわ。そうしたらお花を交換しに行くつもりよ。」

「それなら夕方にアニスと交換に行ってきな。アニスがちゃんと赤い花と交換できるか見届けておくれよ。」

「リ、リズ! 私は赤いお花に交換するなんて言ってないよ!?」

「 こんな機会でもなきゃ告白なんかできないタチだろ? 仕事の合間にマルクを連れてくるようにソールに言ってるからさ、そろそろ腹を括りなよ。」

「え……!? ど、どうしよう、そんなこと急に言われても……!」


そんなやり取りがあったからだろうか。リズの提案通りティアの仕事が終わった後で一緒に花を貰いに行ったアニスは、ずっと落ち着かない様子だった。



やがて祭りも終盤に差し掛かり、空がほの暗くなり始めた一方で、地上では最後の一華とばかりに一層のにぎやかさを増してくる。往来のそこかしこで花の贈り合いがなされ、女子学生の一団が互いに青い花を渡しあってきゃあきゃあと歓声をあげていたり、取引先から贈られた黄色の花束を店先に飾っている商店があったりと、街には花が溢れていた。これから打ち上げられるという花火には火薬の中に燃えないように魔法で加工された花びらが込められており、まるで夜空を彩った花火がひらひらと舞い落ちてくるようでとても幻想的な光景なのだそうだ。それを見ようと多くの人が場所取りをしており、混雑度合はますます高まっていった。


ラ・カンテはそんな喧騒からは一歩離れてはいるものの、それでも店の前にはそれなりの人がたむろしていた。その中に店から出てきたリズ、花の交換から戻ってきたアニスとティア、そして仕事の合間に顔を見せに来たソールとマルクの5人もいて、なんということもない世間話に興じていた。


「ティアは祭り楽しんでるか?」

「ええ。こんなに盛り上がるものとは思っていなかったから、少し驚いているけれど。でも楽しいものね。」

「バステクトで一番の祭りだからな! みんな気合入れて盛り上がるんだ。」

「私はもう終わりなのに、二人はこのあとも仕事なのね。なんだか申し訳ないわ。」

「ああ、帰りの混雑が一番酷いし酔っ払いもいて面倒が多いから、新人は終わり際の時間は免除されるのが通例だ。その分来年からは働いてもらうからな、今のうちに楽しんでおけ。」


「ま、まだ仕事に行くまでには時間があるの?」


いつもなら会話を回す役割を担うことも多いアニスだが、この時は口数も少なく、後ろ手に花を持ってモジモジと緊張している様子だ。マルクがここにいる残り時間、つまり花を手渡す決心をつけるまでの残り時間が気になるのだろう、やっと口を開いたと思ったら、出てきたのはこんな質問である。ソールとマルクが合流してからリズはアニスに ”早く渡せ” とばかりにチラチラと目くばせをしているし、そんなリズを見てソールはやれやれといった表情を隠せずにいる。


「もう少しくらいなら時間はあるな。ピークまでに配置に着ければ問題は―。」


「あっ、いたいた、隊長~~~!」

制服を着た保安調査隊員が、ソールに向かって手をふりながら人混みの中を器用に進んで近づいてきた。束の間の休憩中に部下に呼ばれてソールは苦い顔だ。


「はあ……なんだ、なんか問題があったのか。怪我か? 喧嘩か?」

「違います違います、仕事絡みじゃないッス。―あ、奥さんもいたんですね、ちょうど良かった。はい、これ花ッス。」


部下から差し出されたのは一輪の白い花だった。仕事の呼び出しかとばかり思っていたソールは、思ってもいなかったものに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして言葉を失った。


「―は? いやいや、なんだお前、いきなり気味が悪いな。」

「あっ、違いますよ! 隊長にっていうか奥さんにっていうか、お腹の赤ちゃんにっていうか!」

「アタシに?」


顔を知っている程度の関係の隊員から突然水を向けられたリズもきょとんとしている。


「はい、隊長からお子さんがもうすぐ生まれるって聞いてます。なんでこれはお祝いと安産祈願ッス!」


ようやく意図を理解したリズは破顔し、ソールは口元を緩ませた。


「おお、そういうことか、ありがとうな。」

「ウチの人がいつもお世話になってる上に気遣って貰って悪いねぇ。有難くいただくよ。」

「はい、元気な赤ちゃん産んでくださいね! それじゃ自分は持ち場に戻るッス!」


目的を達成した隊員は元気よく小走りに去っていった。渡された白い花を見ながら、リズとソールは幸せそうに微笑む。

「いやぁ、ありがたいねぇ。」

「アイツがこんなことするなんてなぁ、意外だった―」

「あ、隊長いたいた! ご歓談中失礼します!」

「おぉっ!? なんだお前らもか!?」


駆け寄ってきた別の隊員の手には、またも白い花が握られている。

「奥さんに」

「安産祈願です」

「お店に戻ってきたらまた美味しいご飯食べさせてくださいね」


多くの隊員がそう言って白い花を渡していき、あっという間にリズの手には大きな花束ができていた。

「はは、こりゃもうスルッと安産で生むしかないねぇ。」

大事そうに花束を抱えるリズと、それを見るソールはまるで絵画のように幸せそうに微笑み、周囲まで温かくなるような空気を醸し出していた。

読んでいただきありがとうございます。

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