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返済が後ろ倒しになったおかげでできたお金で、ティアは専らバステクトの様々な食べ物を楽しんでいた。
まずは焼き方を覚えたパンを楽しんだ。バステクトには多くのベーカリーがあり、当然すべてを網羅したわけではないが、やはりラ・カンテでも出しているだけあってグレートブレットのパンは小麦の香り高く美味しい。グレートブレッド以外では二本離れた通りのベーカリーの焼き菓子が好みで、ティアはこの2軒を良く訪れていた。
次に覚えたのは大通り沿いに並ぶ出店の軽食だった。初めてバステクトを訪れた時に目に入っていただけあって、散策を始めたころはティアは若干の緊張を伴いながら張り切って回っていた。が、かつてアニスが言っていた通り流行り廃りが激しいようで、気に入った店があってもすぐに閉店してしまうし、一時的に儲かれば良いのか、見た目は良いものの実際食べてみると味は微妙、というものを出す店も多く、当たり外れが大きいので徐々に足は向かわなくなっていった。
代わりに訪れるようになったのが、今歩いているジャンクフードを食べた界隈である。ここも店が開店したり閉店したりといったサイクルは激しいものの、ある程度人気がある店であればそれなりに長く続いているところも多く、やはりそうした店で食べるものは満足できる味のものが多い。
よってティアは真新しい店よりも、何年か続いていそうな外観の店を探して入るようにしていた。とはいえ、流行りに釣られて新しい店で食べることもあり、微妙だったな、と感じた場合は次の機会で安心感のある店に行って安心感のあるものを食べる、といった具合にバランスを取って楽しんでいた。
今日は先日見つけたものの混みすぎていて諦めた、こじんまりとして落ち着いた雰囲気のあるカフェに行こうと決めていた。先日店を見つけたよりも少し早い時間に到着し、注文したのはふわふわのパンケーキにたっぷりのチーズクリームソースとナッツがかかったものだ。こってりとして甘く、なかなかにどっしりした食べ応えがある。ティアはそれをペロリと食べきって満足しながら会計へと向かう。
「ありがとうございました。こちら、花まつりの魔石片です。」
おつりと一緒に2つの魔石の欠片を手渡される。よく分かっていないティアは、ええ、と気の抜けた返事をして、それを釣銭と一緒に財布へとしまったのだった。
「ああ、もうすぐ花まつりだもんね。」
仕事の休憩時間、客足の落ち着いたラ・カンテに行き、リズやアニスと一緒に昼食を食べている時に手渡された魔石片について聞いてみたところ、そういえば、といった気軽な雰囲気で二人が答えてくれた。
「その、花まつり、というのは何なのかしら?」
「年に一度開催される、バステクトあげてのお花のお祭りなの。その魔石片を交換所に持っていくと、魔石片5個につき1枚の引換券をもらえるの。そうやって街中から集まってくる魔石片とお花の種を、街の広場にある噴水に入れていくんだけど、魔石片にはほんのちょっとだけある魔力でお花がすごく綺麗に咲くの。で、お祭り当日にその引換券を使うと、そのお花と交換できて、それを友達や家族と贈りあう、って感じのお祭りよ。」
「なんだか変わったお祭りね。」
「昔、割れちまった魔石や加工の時に出る破片なんかをその辺に放ってたら随分と花が咲いたらしくてね。どうせもう使わない魔石片と無駄に咲いてる花があるんなら上手く使ってやろう、ってのが始まりだって話だよ。」
「お花が主役のお祭りだけど、商業区も盛り上がるのよ。お祭り前にはお花モチーフのお菓子とか、お花と一緒に贈るためのちょっとした雑貨とかも発売されるし、期間限定のメニューを作るレストランも多いよ。もちろん、お祭り当日もたくさん出店が出るし、パレードや魔法で打ち上げる花火も綺麗だよ。」
「それは楽しみだわ。二人は何か予定しているの?」
「毎年お祭り当日にアニスと出かけてたんだけどね、今年はアタシがこんな腹だろ? だからアタシは今年は店で留守番さ。」
「代わりに私が屋台で色々買ってきてここでのんびり楽しむ予定なの。ティアも当日は警備の仕事があるでしょ? 良かったら仕事の合間にここに来て食べない? 当日は人混みが凄いから、ゆっくり食べる場所なんてそうそう無いから。」
「仕事についてはまだ聞いていなかったわ。それは後で確認するとして、ありがとう、ご一緒させて貰えれば嬉しいわ。」
食後は散歩がてら、引換券をもらいに交換所に行くことになった。
言われてみれば見逃していたものの、街中や店の飾り付けやポスターに花モチーフのものも多い。先程まで事情を知らず何も感じなかったティアではあるが、一度気がついてしまえばすっかり祭りの準備期間の熱を持った浮かれた雰囲気に組み込まれ、目的地に着くまでにあれこれと目移りしてしまう。
交換所があるのは小さな噴水のあるちょっとした広場で、噴水の前には可愛らしい緑テントが置かれ、中に立つ数人のスタッフが、訪れる住人に対応していた。住人が手渡した魔石片の数を確認しては、それに応じた枚数の引換券を返す。住人が持ってきた魔石片は一度バケツへと集められ、ある程度貯まると後ろの噴水の中に撒かれ入れられているようだった。
噴水の中を覗き込んでみると、キラキラと光を反射している魔石片の他に、砂粒のようにも見える花の種が水底に沈んでいた。
「花まつりはいつなの?」
「今日から10日後さね。」
「あとたった10日で種から満開になるの、改めて考えると魔法って凄いよね。」
「ええ……。そう、ね。」
「……ティア? どうしたの?」
思案に沈むように水中をじっと眺めているティアに、アニスが不思議そうに声をかける。
「ああ、ごめんなさい。魔法ってこんなふうにも使うんだって、感心していたの。」
「こんなふうにって、お祭りに、ってこと?」
「ええ、魔法は戦ったり生活を便利にしたりするものに使うものだとばかり思っていたから。こんなふうに、生活を豊かにする形で使うなんて考えもしなかったわ。」
長い年月眺めてきた人間の歴史において、ティアは魔法が争いや生活のための「必要」なことに使われるところばかりを見てきた。そしてその多くの場合、魔力を持つ者や更にその上の特権を持つ者が利益を得、そうでない者は魔法の恩恵の外側にいた。
しかしここでは、お祭りという「不必要」なことのために魔法が使われ、そして魔力を持たない人間もそれを一緒に楽しむことができている、ということが、ティアにとっては新鮮で嬉しかったのだ。
魔石片を集めていないというリズに少し待ってもらい、ティアとアニスは引換券を貰うことにした。受け取った引換券を見ると「赤・黃・青・白 いずれか1本と交換」と記載されている。
「贈る花の色によって意味が変わるの。赤は恋愛、黄色は金運…商売繁盛とか、青は学業成就や出世祈願、白は健康とかその他諸々って意味よ。」
不思議そうに記載文を読み上げたティアに、アニスが説明してくれた。
「花にメッセージを込めるのね。面白いわ。」
「なかなか言葉で言うのは難しいこともあるもんね。それで、ティアはその、誰かに何色の花を贈りたいとかって、決めてる?」
アニスの問いかけで、ティアの脳裏に浮かぶのはウルヴァルドしかいない。彼が今も創り続けているこの世界そのものを含めて彼が健やかであって欲しい。彼が抱く負の感情を共有し、願わくばそれを取り除きたい。そして彼がほんの少しでも自分に慕情を抱いてくれるのならば……。
「……元居た場所に残してきた人に、全ての色の花をとどけられたら、と思うわ。」
「……! そっか、ティアは故郷に好きな人がいるのね。」
僅かに喜色を浮かべたアニスには気が付かず、ティアはウルヴァルドのことを考え続けていた。
花を持って彼の下に行くことはできないけれど、自己満足でも何かしたい。……せめて、花を自室に飾るくらいは。数輪の花を生けておけるものが何かあっただろうか、無ければ祭りまでに花瓶を買っても良いかもしれない。
アニスの小さな変化に気付いたリズは、人知れず「仕方ないね」と呆れたように笑うのだった。
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