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いつもの通り、ティアは神獣に魔力を分け与えながら素性を隠さぬ話をしていた。
「それで、もともとあった集落に『箱の民』という集団が合流して、魔法を使った街を作ったのがバステクトの原点だったの。」
『そうか、あの街はそのようにしてできたか。』
「『箱の民』には何か秘密があったようなのだけれど……それを探ることはできなかったわ。」
『そうか。』
今日はうまく調査ができずに500年前から帰る破目になったため、ひどく愚痴っぽくなってしまっている。その相手となっている神獣は愚痴には付き合わず、聞いていても聞いていなくてもどちらでも良い曖昧な返事をしてそれを受け流した。ティアの方もそれを承知で話しているため、一柱と一頭の間の空気はスカスカしていて重みなどない。それもまた気楽なものではあるのだが、かつてウルヴァルドに愚痴をこぼした時には、彼はずいぶんと親身になって聞いてくれたものだったな、と不意に思い出し、ティアは胸の奥がツキンとするのを感じるのだった。
「これくらいで良いかしら。」
『問題ない。体に魔力が満ちているのを感じる。』
今日も十分な量の魔力を神獣に渡し終えると、いつもの通りティアはバステクトの街へ戻り、神獣は森の中へと消えていった。
保安調査隊の業務の傍ら、ティアは中枢区を中心として、『箱の民』の痕跡を探すべくバステクトの街を注意深く見回るようになった。中枢区を中心としたのは、ハリスが『箱の民』の目的が神の血の維持だと語ったことによる。神の血の維持が目的なのであれば、より魔力の多い人間が集まっている中枢区に多くの痕跡が残っているのではないかと考えたからだ。
探している痕跡は、具体的には『箱の民』が住んでいたあの建物、またはその一部だ。
というのも、500年前からこの時代に戻ってきた後、かつてあの建物があった座標を見に行ったところ、建物が残っていなかったからだ。
自らを『箱の民』と呼び、建物から一歩も出ることなく一生を過ごすような集団がそう易々と神の体を放棄するとは思えない。『箱の民』が今の場所に移住する際にどうにかして運び込んだのではないかと考えたのだ。
結果として、ティアが見て回れるような範囲には『箱の民』の痕跡は見つけられなかった。ティアが未だ見ていないところは工場や“神殿”と呼ばれる研究所といった、出入りに制限がかかっているところだ。
そのうち“神殿”は怪しさが際立っている。まず呼び名が如何にもだし、ハリスの目に狂気を呼び起こすほどの秘奥を隠すのであれば、研究結果の秘匿を盾にした「一度入ったら二度と出られない」というルールは都合が良すぎる。
一方で、そのルールにより内部を知る人間の話を聞くことができず、また“神殿”の入口は固く閉ざされていて、中を伺い知ることができそうな窓や隙間も無かったため、ティアは調査を進められずにいた。
(どうにかして中に入る方法はないかしら。一度入ったら出られない、というのも、ただのルールなのか、なにか仕組みがあるのか、分からない以上迂闊に手出しはできないし……。)
ティアの脳裏には、中枢区を案内してもらった時にソールが語った、魔法研究の補佐員として一生を神殿で過ごす制度を利用して内部に入る、という手段が過っていた。この制度の〈一生を神殿で過ごす〉が単なる人間が作った規則であるのならば、気は進まないものの神であるティアならばなんとかする方法があるかもしれない。
が、ティアと同じ神である箱の神が関与している可能性があるのであれば話は変わってくる。箱の神が神としてなんらかの仕組みや制約を敷いていた場合、あの“神殿”の内部でどこまで箱の神の力が及び、どこまでティアが神としての力を振るえるのかは判断材料がない。
箱の神が<建物から出られない>という制約を敷いていた場合、それに抗って外に出る手段があるかどうかは未知数なのだ。
塔の崩壊を防いだ上でウルヴァルドのもとに戻るという最終目標が達成できないのでは意味がない。
(なにか方法はないのかしら……。)
考えても調べても答えを得ることができず、ティアは街を歩きながら大きなため息を吐いた。
ティアが歩いているのは、先日アニスとともにジャンクフードを食べた界隈だ。
保安調査隊の仕事を始めてしばらくして、ティアは給料というものを手にした。バステクトでの生活を立ち上げるのに、ティアは手間暇のみならず金銭面でもアニスの世話になっていた。給料を得たティアは真っ先にアニスにそのお金を返そうとした。おおよそ得た給料の半分ほどである。が、アニスは返そうとした金額を聞き、ティアに対して珍しく真剣に怒った。
「早く返そうとするのは良いけど、これだけ返したら残りのお給料で一月生活できないでしょ! こんなに受け取れないよ!」
交渉の結果、元々返そうと思っていた額の半分を返すこととなり、残りの半分は来月へ持ち越しとなった。この金額でもアニスは多すぎると渋ったのだが、保安調査隊では寮は無料であることや、制服があることで被服費が大してかからないことを説明したためになんとか落ち着いたのであった。
そもそも神であるティアにとって、人間の生活で必ず発生する食事や風呂などは必須のものではないし、服だって魔力で構成したものを着れば洗濯も必要ない。つまり、アニスが必要性を説く生活費というものは、ティアにとっては無ければ無いでなんとでもなるものなのである。唯一どうにもならない家賃だって寮に住まう限りは無料のため、ティアとしては元々返そうしていた金額だって十分余裕があった。
が、早く返済しようと我を通したところで、それを受け取るアニスが心苦しくなるのであれば、それはティアの自己満足にしかならない。そういうわけで、ティアはなんだか不思議な返済額の減額交渉に応じたのであった。
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