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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
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ティアもといイシュヴァは、毎晩ひっそりと森に来ては、神獣に魔力を与えている。そして今夜も人目をはばかり森の中にやってきた。


「バステクト、あの街が生まれる前に行ってきたわ。貴方は結界を張るのに漏れ出た魔力で生まれたのね。」

『ああ、そのようなこともあったか。』

「今はバステクトから魔力は漏れていないわよね? 街がある程度形になってからずっと魔力を持つ人間を食らってきたの?」

『然り。街が出来上がるにつれ魔力が漏れなくなっていった。門や柵といった防衛体制が整うにつれ、結界も必要なくなったのだろう。』

「……もしかして、貴方に怯えて動物が近付かなくなったのも結界が必要なくなった要因だったりしないかしら。」

『……ふん。』


いつの間にか魔力を与えながらこうして神獣と話すのがすっかり習慣付いていた。普段神であることを隠して生活しているイシュヴァにとって、自分の素性を知っている相手と話すのは気楽なものであった。

一方神獣の方も、魔力を持つ人間を食う必要もなくなったため時間を持て余しているらしく、イシュヴァと話すのは満更でもないようであった。


「今日の魔力はこれで良いかしら?」

『問題ない。体に魔力が満ちているのを感じる。』

「そう、ではまた明日。」


神獣はグル、と短く喉を鳴らしたあと、踵を返して森の中へと消えていった。イシュヴァはそれを見届けると、今夜も高く空へ舞い上がり、ある時代の扉へと向かっていった。



世界的な戦争により多くの人間が死に絶えそれまでの文明が維持できなくなったのが250年前、その50年後、つまり今から200年前に<バステクト>という場所が誕生する。

バステクトは、元々は世界的な戦争を生き残った数少ない人間たちが集まってできた小さな集落だった。そしてその集落は長の一族が細々と伝えてきた結界の魔法により、獣や病から身を守って生活してきた。

だが、血を撒き散らして魔力を上乗せしないと結界を張れないほどに神の血が薄くなり、このままでは集落を守ることができなくなった。そこで長はあの3人組が属するなにがしかの集団に保護を求めた。集団内では賛否あったようだが、最終的には長たちの集落と共に魔法を使った新たな街を作ることになる。それが今日のバステクトの礎となった、というのが、これまでに判明したことである。


“神の血を保ってきた”という発言や、街づくりに魔法を使えるほどの神の血の濃さを考えると、あの集団はかなり古い時代から魔法が使える人間が集まってできた共同体のようなものであることは推察できる。が、一体どういった集団なのだろうかという疑問は残っていた。


あの3人組は「300年前を()()に外の血を交えずにここまで来た」、と言っていた。

200年前の時点では彼らの拠点らしき建物の入り口は固く閉ざされていた。そこから300年前、つまり今からは500年前の時代では、門扉は開かれていたのかもしれない。そう考えたイシュヴァは、あの集団を探るためにその時代の扉の中へ入っていった。



500年前であればイシュヴァも何度か来たことがある時代だ。まだ多くの民衆は魔法に依存して生活していたし、もはや魔法とは関係ない怪しげな呪いまでも深く信じられていた時代である。そのコミュニティでなにか困ったこと、例えば病気や他のコミュニティとの争いなどがあればまず魔法を使える人間を頼る、といった具合だ。

一方で魔法を悪用するものへの恐れも同時に存在し、魔法に対する敬意と畏怖と羨望が混在していた時代とも言えるだろう。

そしてその一方で徐々に科学技術が発達し、魔法に頼らずとも良い場面が増えてきたために魔法に対する敬意のみが抜け落ちていき、やがて迫害の対象となることも増えていったような時代でもある。そう考えると、神の血を保ってきたことを誇っていたような彼らが警戒から門扉を閉ざすこともやむを得ない、とも思える。



そんなことを考えているうちに、イシュヴァは彼らの拠点らしき建物の座標に到着していた。あの3人組を尾行したときはこの時点から300年後になるわけだが、300年後の建物は今目の前にあるものとほとんど変わらず全く古びていなかった。そしてその入口もまた、300年後と同じように虫の一匹も入り込めそうにないほどにピッタリと閉じられている。

その代わり、入口のすぐ近くには腰くらいの高さで、上面が斜めになっている石の台が設置されている。何か文字が上面に書かれているようだが、少し離れて身を隠しているイシュヴァの位置からは見えなかった。


イシュヴァは近くに誰もいないのを確認し、台に近づいていった。近づいてみると台は結構な太さがあり、大神殿の柱が斜めに切断されたもの、と言われても信じてしまいそうだ。イシュヴァはほぼ無意識に台に手をつきながら、その文字を読む。


「ええと、『我は鍵。鍵は資格を示すもの。神の血保つものは触れて読め。それをもって箱は開かれる』……っ!?」


刻まれた文字を読み終えた瞬間、台に触れていた手からぐん、と魔力が引っ張られた。神であるイシュヴァからすればさほどの量ではないが、多少程度の魔力しか持たないものであれば昏倒しそうな勢いだ。驚きに台に触れていた手を胸に抱いて唖然としていると、目の前からゴ……という重厚な音が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると、先ほどまで閉じられていた入口の扉が開いていた。


(あの台に触れた者の魔力を使って扉が開く仕掛けなのね。随分と重い扉なのは相応の魔力を持たないと開かないようにするためかしら。)


いきなりのことに動揺した気持ちを落ち着かせるため、あえて「悪趣味ね」と小さく声に出したイシュヴァは、開いた扉の中へ足を踏み入れた。

読んでいただきありがとうございます。

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