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牛たちが過ごす放牧地を囲っている柵に挟まれた、草が綺麗に刈り取られ土が露出している道を連れ立って進んでいく。
良く晴れているものの日差しは穏やかで、道になっているところ以外は青々と牧草が茂り、時折山の斜面を登っていく風が草を揺らすカサカサという音が、心を落ち着けていくようだ。アニスやマルクもそう感じているのだろうか、だんだんと口数は減っていき、この穏やかな空気を楽しんでいるようだ。
緩やかな斜面と言えどある程度登れば視界は開け、全景とまでは行かないもののバステクトの街が見下ろせた。その辺りは陽当たりが良いのか風通しが良いのか、とにかく牛たちのお気に入りの場所のようで、数頭の牛の集団が点在している。近くで牛を見るのが初めてだったティアとマルクは興味を引かれ、道を外れてサクサク草を踏みながら近づき、柵にもたれて牛の観察を始めた。一歩遅れてアニスも二人に倣い、三人横並びになる。
改めて牛を見てみると、体の大きさや毛色が異なる牛が混在していることに気が付いた。
「色んな牛がいるのね。あれは、品種が違うのかしら?」
何の気無しに口にしたティアの疑問を耳にするや、マルクが急に我が意を得たりという顔をする。
「あれは多分、目的によって色んな品種を飼っているんじゃないか。あっちの真っ黒なやつは肉牛だと思うし、あそこの白黒模様のデカいのは乳牛、向こうの茶色っぽいのも乳牛だと思う。」
「……マルク? そんなに牛に詳しかったの?」
今まで散々説明下手を披露してきたマルクが急に牛の解説を始めたため、ティアとアニスは目を丸くしてマルクを見上げた。マルクは得意満面だ。
「ほら、俺、今まで説明とか案内とか上手くできなかっただろ? ちょっと悔しくてさ。ティアも牧場は初めてだって言うし、勉強してきたんだ。」
予習をしてきたとは、そこまで牧場に乗り気だったとは驚きである。
「そうだったのね。白黒の牛と茶色の牛はどちらも乳牛用って言っていたけれど、どう違うの?」
「えーっと、白黒のはたくさん牛乳が取れるんだ。あと肉にもなる。茶色のは乳量はそこまでだけど、乳脂肪分が高くて、バターとか乳製品を作るのに向いてるらしい。」
「じゃあ、茶色の牛の牛乳の方が濃い味がするのかしら。」
「えっ、味!? 味は……アニス、飲み比べたことあるか?」
「わ、私!? 私は比べたことなんてないから、味の違いは分からないけど……クレマーさんに頼めば飲ませてもらえるんじゃないかな。」
「おーい!」
モダモダした空気になりかけたちょうどその時に、ティアたちが上がってきた道の下から、ソールが大きな声で呼びかけてくれた。ソールの脇にはリズやクレマー夫妻がいる。
下りていけば、生まれたての子牛への乳遣りや、チーズ工場見学に行くというので呼びにきてくれたのだった。
初めての乳遣りは思った以上に子牛の力が強くて驚いたし、チーズ作りでは熟練職人の手際の良さに驚いた。なぜ計りもしないのにあんなに均等にチーズを成形できるのだろう。
そこで作った出来立てのチーズも使って、クレマーさんは昼食を振舞ってくれた。
クレマーさんが敷地内の自宅裏にバーベキュー場を設えてくれており、肉や野菜に溶けたチーズをかけて食べる。肉は牧場で生産されているもので、野菜も堆肥を卸している農家さんから譲ってもらっているものだという。
材料そのものの美味しさはもちろん、青空の下で開放的な空気とジュウジュウという焼ける音を聞きながら食べるのは格別で、ティアは焼いただけなのにこんなに美味しいのは何故なんだろう、と頬張りながら幸せな疑問を抱いたのだった。
リズとソールはお土産に少し良いお酒を持ってきていて、ソールはリズの手前、残念そうな顔をしながら固辞していたものの、旦那さんは喉を鳴らして飲んではプハー、と感嘆の息を吐いていた。リズはこのお酒が旦那さんの好物であることを知っていたらしい。ティアとアニス、マルクも一杯だけいただいた。なるほど、肉やチーズのガッツリとした味や油分がさっぱりと洗い流され、食事とお酒の繰り返しを永遠に続けられそうな相性の良さだ。
お酒を飲まない奥さんやリズとソールは、やはりお土産に持ってきていた果物の香り豊かな飲み物を飲む。ティアの歓迎会でも買ってきてくれたものだ。奥さんがラベルを見て喜んでいたので、バステクト内では有名なものなのかもしれない。
ティアたちがお土産に選んだのは果物やお菓子だ。奥さんが甘いものが好きだと知っているアニスの推薦だ。やはり中身を知った奥さんは嬉しそうにしていたので、良いものが買えたとほっとする。奥さんはさっそくお土産の中のリンゴと、牧場で作られたバターを使って焼きリンゴを作ってくれた。口に入れた瞬間、ジュワっとリンゴの温かい果汁とバターのコクが広がる。リンゴは生で齧るもの、とばかり思っていたティアだけでなく、アニスも大層気に入ったようで、カフェのメニューに入れようかしら、と半ば真剣に呟いていた。
バーベキューと一緒に、クレマーさんはマルクの話を聞いて2種類の牛乳も用意してくれた。旦那さんはニヤニヤしながら「どっちがどっちか分かるかい?」と酒の入った赤ら顔でマルクに飲み比べを持ちかける。そしてマルクの感想は、というと―。
「うん、どっちも旨い!」
「勉強してきたって言って結局ソレかい。」
呆れかえったリズの一言でどっと笑いが起こる。その笑い声に含まれるアニスの声が、ことさらに小さいことにティアは気が付かなかった。
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