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「ね、二人とも、今度牧場にいかない?」
そうアニスに提案されたのは、いつものようにアニスの料理の試食会をしている最中だった。最近では随分と感想を言うのにも慣れてきた。いつものようにマルクも一緒だが、マルクは相変わらず「旨い」が感想の9割を占めている。が、それが一番アニスのモチベーションに繋がっているので、これはこれで良いのかもしれない。
「牧場?」
「そう、クレマーさんっていうご夫婦が経営してる牧場でね、うちのお店に乳製品やお肉を卸してくれてるところなの。元々はリズのご両親のお知り合いで、リズは小さいころから可愛がられていたみたい。それで、リズが出産前にみんなで一度遊びにおいでって言ってくれてて。ちょうど子牛も生まれた頃だし、二人も一緒にどうかなって。」
そう言われてみれば、バステクトの周辺は神獣がいるせいで動物が怯えて出てこないし、バステクトの中ではあまり動物を飼うという習慣がないのか、犬や猫なども見かけることはほとんどなかった。数百年程度で姿形が大きく変わるとも思えないが、一度くらいはこの時代の動物を見ておくのも良いだろう、と思い、ティアはアニスの提案に乗ることにした。
数日後、ソールとリズ、アニス、マルク、そしてティアの5人は休日を合わせてクレマー・オルエスト・ファームを訪れたのだった。
街の南東に位置する牧場は、平地からなだらかな山の斜面にかけての土地を利用した広大な牧場だ。斜面に広がる牧草地では放牧された牛たちが気持ちよさそうに草を食んでいる。街に近い麓の平地部分には畜舎やサイロなどのほか、クレマーさんたちの住居といった多くの建物が並んでおり、いずれかの畜舎からは時折 “メェ~” という声が聞こえるため、牧草地にいる牛たち以外の動物種もいることがすぐに分かった。
リズは慣れた様子で牧場入口から最も近い建物の扉に手をかけ、中に「ごめんください」と声をかけた。建物の中から「は~い」と応答があり、続いて「あら、リズちゃん!」という声や、パタパタという足音が賑やかに聞こえてきた。すぐに建物から出てきたのは、いかにも人の良さそうな、髪が半分ほど白髪になっている初老の夫妻だった。良く見ると顔形は似ていないのに二人の雰囲気はそっくりで、つやつやとした張りのある頬は良く日に焼け、体は年齢の割にガッシリとしていて、二人ともに働き者であることが伝わってくる。夫婦はリズと、その大きくなってきたお腹、そして隣にいるソールを見ると溶けそうなほどに目尻を下げている。
「リズちゃん、よく来たねぇ。お腹もまぁ~大きくなって! ソールくんもお久しぶりね。」
「はは、ご無沙汰してます。」
「アニスちゃんもよく来てくれたね。そっちの二人はお友達かい?」
「お久しぶりです。はい、こっちの二人は友人のマルクとティアです。二人とも保安調査隊なんですよ。マルクは昔、あの事件の時に牧場に着いてきてくれたんですけど、覚えておられます?」
「事件……あぁ~、あの時の! あの時はビックリしたっけなぁ。マルクくん、ティアさん、今日は楽しんでいってね。」
「はい、ありがとうございます!」
ティアたちと旦那さんが話している間に、奥さんとリズはすっかり話し込んでいた。旦那さんもティアたちとの会話が一段落するとそちらの会話に入っていく。まるで親戚の子どもに久しぶりに会ったような雰囲気で、少し緊張気味で硬い表情のソールも含めて積もる話があるようだ。
アニスはクレマー夫妻に牧場を見学させてもらう許可を取ると、夫妻と話し込んでいるリズとソールを置いて、マルクとティアを放牧地へ誘った。
気持ちの良い放牧地を、三人でそぞろに歩く。
放牧地に来たのは、クレマー夫妻とリズ・ソール夫妻が自分たちに気兼ねなく話せるようにその場を離れるのが目的だった。だから向かうところはない。歩調はのんびり、ぷらぷらとして、時間の流れすらもゆっくりになっているような、ただ歩いているだけの穏やかな散歩だ。
「クレマーさんたち、嬉しそうだったわ。本当にリズのことを自分の子どもみたいに思っているのね。」
「リズのご両親とは家族ぐるみの付き合いだったのよ。私も小さいころから面識はあるけど、昔からあんなふうだったわ。」
「ま、しばらくは水入らずってやつだな。しかしのんびりしてるなー。初めて来たけど、こういう雰囲気も良いな。」
「初めて来たの? 子どものころ、遠足とかで来なかった?」
「魔法学校にはそういうのは無かったなぁ。そっちの学校には遠足があったのか、羨ましいな。」
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