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「うん! これが一番ね!」
やがて満足したのか、アニスは大層達成感のある顔をしてそう宣言した。ティアが新調すべき服が一揃い決まったようである。
アニスが決めた服は、ボディラインをある程度拾う細身のワンピースだ。鎖骨がしっかり見えるV字の襟元と緩いマーメイドラインのスカート部分が女性らしさを引き立ててはいるが、臙脂色の上質な生地が全体を上品な印象にしていた。
「ティアったらズルいくらいなんでも似合うんだもの、すごく悩んじゃった。でも、これが一番似合うと思うわ。」
「こういった服を着るのは初めてだけど……。ありがとう、結構面白いものね。」
「喜んでもらえたなら良かった。さて、ちょっと早いけどそろそろラ・カンテに向かいましょうか。」
このまま着て帰れるように会計をしてもらい、少しだけ日が傾いた中を歩いて向かう。自分が魔法で構成したものでなく、目的も理由もなく選んで身につけている衣服が風を切る感覚がくすぐったい。歩調が知らず、ほんの少し弾んでしまう。
ラ・カンテに着くと、ティアの姿を見たリズも喜色を浮かべ、アニスと二人ではしゃいでティアの適当に括っただけの髪を整えるのに身を任せる事態になることを、ご機嫌で歩くティアは全く予期していないのであった。
空は段々と赤く染まりつつある夕方。
アニスは一人厨房で試食会の準備をし、リズとティアはテーブルで他愛もないおしゃべりをしている。手伝いを申し出たが、これはカフェ開店の練習も兼ねているから、とアニスからお断りされた次第である。とはいえ、アニスの料理の師匠であるリズはどうしても様子が気になってしまうようで、口には出さないものの横目でチラチラと様子を窺っていた。
小一時間ほど経つと、休憩時間になって戻ってきたソールとマルクが入ってきた。それに気づいたアニスが小走りに厨房から出てきて二人を出迎える。
「二人とも、お疲れ様! もうちょっとでできるよ。」
「お、旨そうな匂いだな! メニューはなんだ?」
「ふふ、楽しみにしておいて。」
「ほら、二人とも手を洗っといで。」
と、ここでマルクと目が合った。マルクはティアの姿がいつもと違うことを認識すると、元々丸い目をますます丸くして息を飲んだ。
「ティア、その恰好……。」
「ええ、アニスに選んでもらったの。」
「似合うでしょ? 髪の毛も私とリズの二人でアレンジしたの!」
「ああ……似合う。すごく、綺麗だ。」
言葉ではアニスとも会話しているが、マルクの目線はティアから全く逸れることはない。心から思わず漏れ出てしまったような感想を呟いたあとは、ただただ黙ってティアを見つめてくる。
マルクは快活な人物だ。だから例えば「おっ、その恰好も似合うな!」とか「綺麗だなー、そういう服も似合うんだな」といった言い方であれば違和感はなかった。だが、今回の言い方は「綺麗」という言葉以外を忘れてしまったような言い方だった。いつもと違うマルクの様子に、ティア以外の3人は呆然としてしまったし、言われた本人であるティアはただただ戸惑ってしまい、その場の空気はシン……として時が止まったようになってしまった。
ジュ――……
フライパンの蓋から落ちた水滴が蒸発する音が聞こえた。その音でようやくアニスがハッとして意識を取り戻し、それを皮切りに皆動きはじめる。
「あっ、もうすぐ料理ができそうね。リズ、テーブルのセッティングだけお願いしてもいい?」
「あいよ。ティアも手伝ってくれるかい? 男どもはさっさと手を洗ってきな。」
まもなく運ばれてきた料理は美味しく、アニスに感想を求められながらもいつも通り喋りながら皆で楽しく食事をしたのであった。
その夜、ティアはアニスの指令通りにバスタブに湯を張った。今日買ってきた入浴剤は花から抽出したもので作られているようで、ほのかに花の香りがする。足先からそっと湯に体を沈めると、思わず口からほう、と息が出た。
体を清めるのであれば魔法の方が簡単だし、わざわざ湯船に浸かるなんてなんの意味があるんだろう、と思っていたが、なるほど、と納得した。体の芯が緩み、心まで柔らかくなっていくような気がする。バステクトに来てからは初めて体験することも多く、緊張する機会も多かった。そうしたものも解れて湯に流れていくようで、心身ともに深くリラックスできる。
(気持ちがいいわ……。癖になってしまいそうね。)
それにしても、とティアは今日一日を振り返る。オーブンで焼いたパン、ジャンクフード、服、そしてお風呂。どれも魔法とは無縁だけれど、魔法で済ませてしまうよりも心が充実する。
「神の力よりも、人間の力の方が優れていることがあるなんてね―。」
そう呟いたあともゆっくりと長い時間お風呂を楽しんだティアは、いつもよりも深い眠りについたのであった。
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