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朝食やオーブンの手入れの仕方などを教わったあとは必要な日用品を買いに行った。
いくつかのものを買ったあとでも時間に余裕があったので、途中でお茶をして休憩をしてから、アニス一押しの雑貨屋に行くこととなった。お茶をするお店はどんな店が良いか聞かれたが、ティアはどの店も物珍しく、目移りして決められない。そこでアニスが時々食べたくなるという、ラ・カンテではあまり出さないような、体に良くなさそうなもの―ジャンクフードと言うのだと教えてもらった―を出す店に行くことになった。
店は大通り沿いから一本横道に逸れた通りにあった。店の前には同店が出している、片手で食べられる食べ歩き向きのものを提供するカウンターがある。その周辺には主に10~20代の若者が大勢立って談笑しながらそれらを楽しんでいて、ひときわ賑わいを見せていた。
アニスは若者の中を突っ切って、ティアはやや戸惑いながらアニスの後について店の中に入っていく。店員に人数を伝えると、ちょうど空いてきた席にすぐに案内してもらえた。せっかくならメニューもアニスの勧めるものを、ということで、アニスは揚げたてのドーナツにアイスクリームを添え上から苺ソースをかけたものを、ティアはその味違いと、二人で炭酸のジュースを注文した。
ほどなくしてサーブされたものは強烈に甘く、熱くて冷たいという不思議な感覚ではあったが、一口、また一口と夢中になって食べてしまう。気が付くとティアはすっかり中毒患者のようになってしまっていた。
「こんなに甘いものがあるのね。油っぽいのがアイスクリームで中和されているみたいでいくらでも食べられそうだわ。」
「ふふ、美味しいよね。実際はアイスクリームで中和どころか足してるくらいなんだけど。でも、たまにどーーしても食べたくなるの! 久々だったからティアと来られて良かったわ。」
「こういったものはラ・カンテや、リズがお休みの間のカフェでは出さないの? 人気になりそうだわ。」
「ラ・カンテって結構しっかりした食事を提供してるから、お客さんには男性や年配の方も多いの。あんまりこういうメニューってそういうお客さんには好まれないみたいなんだよね。元々着いてくれてるお客さんのことを考えると、カフェでは出しづらいかも。」
ティアが回りを見回すと、確かに若い女性が多いように見える。男性は女性と連れ立っているか、または3人以上のグループで来ているような人が多く、ラ・カンテで見られるような男性の一人客というのは見られなかった。
「そうね、確かにラ・カンテとは雰囲気が違うわ。……もし、ラ・カンテで出しているなら私も気軽に食べられると思ったのだけれど……。」
「ふふふ、気に入ってくれたみたいで良かった! こういった食べ物が好きなら、きっと食べ歩きも好きだと思うわ。雑貨屋さんの近くにそういうのが盛んなエリアがあるから、ついでに通ってみましょうか。」
「それは……とても楽しみだわ。」
すっかり平らげた二人は、店がある通り沿いに進み、たくさんの若者で賑わい、様々な匂いが漂うエリアに向かう。あれもこれも気になってしまっているティアを、アニスが「今日はこれから試食会もあるから」と制しながら進んでいく。
そのエリアを抜けたところに目当ての雑貨屋があった。小さくこじんまりとしていながら、品の良さがある店構えはアニスがお気に入りと言うのも納得であった。店の一角にある入浴剤が売っている箇所に向かい、一つ一つ手に取って匂いや成分を確かめていく。ティアはどことなく原初の海を思い出させる色のものが気に入り、それを購入することにした。
「そういえば、ティアは服はどうしてるの?」
雑貨屋には様々な服飾小物があったからだろうか。店から出たところでふいに聞かれた。
「これしか持っていないわ。とは言っても、普段は隊の制服だし、魔法で清潔にはしているわよ。」
持っていないというか、バステクトに来た時に「これが無難だ」と判断し構成した服の形を変えていないだけである。バステクトに馴染む服装をきちんと理解していない、というのもあるが、一番は服の種類を増やすのが面倒だったのである。
ティアの回答を聞き、アニスはまるで信じられない、という顔をして固まってしまった。切れ長の目が真ん丸に見開かれている。
「バステクトに来たばかりだし仕方ないのかもしれないけど……ティア、さすがにそれじゃ……!」
「え、ええと。」
「よし、まだ時間はあるし、服屋さんに行きましょう!」
そういってティアの手を掴むと、ぐいぐいと引っ張っていってあっという間に服屋に連れ込んで行ってしまった。
大きな店構えの服屋には、多種多様な服が取り揃えられていた。アニス曰く、バステクトで指折りの大きなお店であり、休日には多くの女性でごった返すらしい。ティアの目には今日も混雑しているように見えるが、アニスに言わせればこんなのは全然、とのことである。
いつの時代も、気候や風習などによるものであったり、あるいは身分や教養やセンスを誇示するためであったり、理由は様々ではあるがファッションというものは人間社会で大きな部分を占めるものであった。生まれたときから絶対的な存在であり、またその姿そのものが「そうあれかし」と望まれてきた神々にとって、ファッションは己から最も遠い存在であったかもしれない。
バステクトへの潜入や夜に紛れるといった何か目的があって姿を変えることはあれど、特に理由なく身を包むものを変えるなんて考えたこともなかった。
それが今、「服は良く分からない」という自身の言葉によって、アニスに着せ替え人形にさせられ、次々と服を着替えさせられている。ティアはなんとも面映ゆい思いを嚙み殺して人形に徹したのだった。
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