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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
30/63

29

子どもたちの寝息に混ざり、静かな母親の寝息が聞こえてくる。イシュヴァは寝付くことができず、幾度となく寝返りを繰り返していた。


この親子は否応なく戦争に巻き込まれ、自分の意思ではこの状況を抜け出すこともできない。けれど戦争の単純な被害者だと言い切ることもできず、ただただ息苦しい世界を生きていて、明日への希望を抱くこともできずにいる。それでも、イシュヴァの身を案じ、自分の持ち分を貸し与える優しさを捨て去ったりはしていない。

それは、母親に聞いた戦争の経緯とは相反するものだ。そんな性質を持ち合わせていては、戦いはより一層苦しくなるだけなのに。生きるための戦いをしていてなお、その戦いの足枷となる感情を持ち続ける人間は、なんて愛おしくも哀れな生き物なのだろう―。


情が移ったのだと思う。

イシュヴァは太陽が昇りきる前にこっそりと布団を抜け出し、再度森へと入っていった。早朝の森は昨日の昼に来たときよりも清らかな雰囲気に包まれ、動物たちの気配に満ちていた。手早く数匹を狩ると、適当な長さの枝を拾い集め、それらをまとめると小脇に抱えて親子の家へと戻っていった。


親子の住む町の朝は早いようで、イシュヴァが家を出た時にはまだひっそりと静かであったが、戻ってきた時には昇ったばかりの朝日を背にして動いている人がいる。昨日、母親が言っていた通り無気力さは隠しきれていないが、やはり生きるためには働かなくてはならないらしい。彼らの表情に目をつぶれば、朝日の中で働く人間の姿はイシュヴァをして神秘的にすら見える。


イシュヴァは足早に親子の家に向かい、親子はまだ起きていないかもしれない、と、そっと玄関のドアを開けた……ところで、物凄く驚いた顔をしている母親と目があった。


「ああ! 朝起きたら家のどこにもいなかったので心配していたんですよ!? 一体どうされたんですか!?」


さほど大きな声ではないのに大声で叱られているような気分になる。イシュヴァは母親が招くままに家の中に入りながら、悪いことをしたな、と眉を下げて決まりの悪い笑顔を作って母親の叱責に答えた。


「ごめんなさい、ちょっと狩りに行っていたの。ついでに良さそうな枝を拾ってきたのだけど、これ、使えるかしら。」


そう言って抱えていた包みを玄関近くの床の上に広げて見せた。それを見ると母親は驚いたものの、イシュヴァに詰め寄ろうと怒らせていた肩はストン、と落ちた。


「まあ、狩りに……。枝も十分使えるものですけど、これは……。」

「一宿一飯の礼、というやつかしら。本当は木の実も採って来られたら良かったのだけど、ちょっと分からなかったから。これで今日一日程度の食事になればいいけれど。」

「で、でも、昨日の食事だってあなたが獲ってきてくださったものなのに」

「いいのよ、昨日のは話を聞かせてくれた対価でしょう?」

「本当に、いいんですか? こんなにいただいてしまって……。」

「ええ、私は必要になればまた獲ればいいから。」


恐縮しつつも母親は獲物と枝を受け取ってくれた。うち一匹を昨日同様に家の裏で捌いて室内に戻ると、先ほどまで寝ていた子どもたちが起きだしていた。イシュヴァにすっかり懐いたようで軽快におはよー! と挨拶すると、母親に促されて顔を洗いにいく。それを微笑ましく見送ると、母親はイシュヴァから受け取った肉塊を料理していく。今日はスープにするようだ。

他の獲物はどうするか尋ねると、何匹かは市場に持って行って他の食べ物と交換したい、というので、見目の良い獲物は食べる分から選り分けておいた。洗顔から戻ってきた子どもたちに協力してもらって手を洗い、4人で食卓を囲む。昨日は久々の食事で会話を忘れていた子どもたちも今日は気持ちの余裕があるようで、イシュヴァを質問責めにして母親に窘められていた。が、母親も楽しそうだ。


食事が終わると日はすっかり昇りきっていた。どことなく名残惜しい気もしたが、イシュヴァは辞することにした。母親は何度も深く下げ、子どもたちは手を大きく降って見送ってくれる。

彼らが見えなくなったところで訳もなく走り出したくなったが、不審に思われたくなかったので大きく息を吐いてなんとか気分を落ち着かせ、早歩きで町を出た。町から少し離れた木立に入ると勢いよく空へと飛び出し、振り返ることなく世界の境界から塔の内側へ入り、すぐにバステクトのある時代の扉へと入っていった。


扉の中はまだ空が白み始めたころだった。バステクトの自室に戻らねばならない時までまだ時間はある。イシュヴァはあの親子が住む町の座標へ向かってみた。そこには建物の跡といった人間の痕跡はなにもなく、一面森が広がるばかりであった。

読んでいただきありがとうございます。

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