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母親は説明を続けた。
◆◆◆
私たちの生活はかなりの部分、電気によって支えられていました。
先ほど言った電化製品が無ければ生活は成り立たないような状態でしたし、もちろん、仕事でもそうでした。交通手段も多くは電気で動いていました。そしてそうした電気を使って動くものは、たいていネットワークによって効率的に運営されていました。
ネットワーク、ですか? また説明が難しいですね……。
そうですね、例えば紙の本だと、書いてある情報を一方的に読むだけですよね。
ネットワークと言うのは、作者と読者の両方がお互いに情報を発信・受信できるようなものです。お互いに繋がりあっていて、それを世界中で行っていると思ってください。
話を戻しますね。私たちの生活はネットワークによって、中央集権的に効率的に制御されていたんです。いえ、自由がないという訳ではなかったので、制御、というと語弊があるかもしれませんが……。とにかく、便利に効率的になっていたんです。一番わかりやすいのは交通だと思います。車でどこかに行こうと思えば、乗車して目的地を入力してしまえば後は自動運転で運んでくれます。他の車も同じように自動運転ですから事故なんて起こりません。物も人も流通は全部こんな感じで、家の中もそうでした。平時は便利で快適で、なんの問題もなく過ごせていたんです。
でも、ある時に戦争が起こりました。
戦争が起こったきっかけ、ですか? そうですね……明らかな一つの原因、というのは無かった、と思います。確かに少し不況の国があったりとか、天候不順で作物の収量が落ちていたりとか、そういう不穏な要素はありました。でも、ここまで全世界的な戦争に結びつくほど大規模なものだったかというと、そうではなかった、と素人目には思えたのですが……。私からすると、ちょっとずつ、小規模な対立が起こっていって、それがだんだん広がっていっていつの間にか、という印象でした。でも、もしかしたら偉い人たちの中では違ったのかもしれませんね。戦争なんてそんなものなのかもしれません。
戦争で最初に攻撃されたのは、各国のネットワークの中枢でした。当然ですよね。私たちの生活はそれに依存していたんですから。ネットワークが働かなくなって、農業も漁業も工場も生産が止まりました。そういったものもネットワークでうまく管理されてましたから。そのうえ流通が麻痺し、海外からはおろか、国内からもあらゆるものが入ってこなくなりました。電気を作るのにもエネルギーは必要ですから、そのエネルギー源が入ってこなくなって電気はあっという間に作られなくなりました。尤も、エネルギー源があったとしても、電気の生産もネットワークでコントロールされていたので、もうどうにもならなかったかもしれません。
私たち個人の生活も立ち行かなくなりました。ネットワークが無ければ仕事もなにもできないし、ほんの些細な買い物ですら支払いができないんです。お金ではどうにもならないので、みんな物々交換をするようになりました。電化製品は場所を取るだけの無用の長物と化したので捨てていっています。コンロ……ええと、一瞬で火をつけたり強さを調整できたりする、便利な料理用の加熱機械も使えなくなったので、それも取り外して竈を新たに作って、それで料理をしています。燃料は剥がした床材や近くの森で切ってきた木を使っています。
こんな状態になっても戦争は終わらないどころか、かえって拡大していきました。だって、食べ物も木も、全然足りないんです。そういったものが足りない地域から比較的豊かな地域に人が殺到し、小競り合いがそこかしこで起こりました。いつしか集団同士での争いになって、だんだん大規模な争いに発展していきました。住民同士のヘイト感情は高まっていって、そうやって戦争はだんだん広がっていきました。
当たり前ですけど、元々足りない状態で戦争なんてしていたら、ますます物資は減っていくんです。でも、私たちはとにかく不安でした。自分たち以外の集団がいたら、今ある少ない物でも奪われてしまうんじゃないかって。それに、もしも彼らがいなくなったら、彼らの持っている物が手に入るんじゃないか、って……。そういう浅ましい希望を抱いてしまうほど追い詰められていたんです。でもきっと、それは他の集団も一緒なんでしょうね。どんなに生活が悪化しようと、戦争が止むことはありませんでした。それが今でもずっと続いているんです。
今では、いったいどうなれば戦争が終わるのか、自分たちの戦況がどうなっているか、一体何のために戦っているのか、もう分からないんです。ただ一つ分かるのは、もし隙を見せたら根こそぎ奪われてしまう、ということだけ。だから、勝つ条件は分からないのに、負ける訳にはいかないんです。でも、それって……すごく、疲れてしまう。私たちはもう随分と長い間、希望のない戦いの中にいて、気力もなくしてしまっているんです―。
◆◆◆
そう言って言葉を切った母親は、今にも泣きそうな顔をしていた。
イシュヴァには、泥沼の地獄にいる人間にかける言葉が見当たらず、ただただ間抜けに口で息をして目線を泳がせるしかできなかった。
「……戦争が起きた経緯で、私が知っていることはこれくらいです。最後は愚痴っぽくなってしまってすみません。お役に立てたでしょうか?」
「え、ええ、ありがとう。……戦争は、今も全世界で続いているの?」
尋ねられてようやく口が利けるようになったイシュヴァの質問に、母親は首を横に振って答えた。
「分かりません。もう情報も入ってきませんから。戦闘が激しいところから逃れてきたという人もいるので、きっとそうだとは思います。」
「……そう。詳しく話してくれてありがとう。よく分かったわ。」
「お役に立てたなら良かったです。ああ、もうこんなに暗くなってしまいましたね。夜になると危険なんです。なんにもお出しできないですが、今日はうちに泊まっていかれませんか。」
素性が不明にも関わらず自分の身を案じてくれた母親の提案を、イシュヴァは有難く受け取ることにした。母親は子どもたちと同じベッドで眠るから、と普段使っている布団を譲ってくれさえした。
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