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ここは闇市というものだろう。
あの賑やかなバステクトの大通り沿いとは異なり、この闇市はひどく雑然としていて、そして殺伐としている。買い物はアニスに付き添ってもらって行ったあの経験しかないが、あれは楽しいものだった。ここは「生きるため」「今日を凌ぐため」といった念が充満し、住人たちが如何に追い詰められているかを嫌でも感じさせる場所だった。
となれば、と、イシュヴァは一旦町から出て山に登り森へ向かった。森もまた、戦火や住人の生活を支えるためだろう、町周辺の木々は多くが燃えるか切り倒されるかされており、随分と地面が露出しているようなスカスカな状態であったが、それでも人里を離れていくとまだ森の体裁を保っている場所が多少は残されていて、そこでは動物たちの気配が感じられた。
イシュヴァはそこで狩りをした。動物の気配を辿って居場所を見つけると、動物の急所を小さく崩壊させる。魔弾の訓練と同様だ。血抜きをしたらまた動物の気配を辿る。瞬く間に2~3匹の小動物を狩ると、それを携えて再び町へ戻り、闇市へ向かった。
闇市の中をゆっくりと歩きまわり、イシュヴァは通行人の観察を行った。探しているのは余裕がなさそうで、切羽詰まっていて、かつ少し前までは知識階級にいそうな雰囲気を持った人……そう、あのまだ幼い二人の子連れの、汚れてしまってはいるが仕立ての良い服を着ていて、闇市に来ては見たものの食べ物は買えず、空腹で騒ぐ子どもたちを何とか宥めようと必死になっている母親のような。
イシュヴァは闇市の端にいる彼らを目に止めると、まっすぐにそちらに歩いていった。
「お母さん、お腹すいたよ! 昨日も何も食べてないじゃん、ねえ、あそこのお菓子が食べたいよぉ。」
「どうして食べられないの? 前はおうちにあったやつでしょ。ねえ買って買ってー!」
「ごめんね、もううちにはお菓子と交換するようなものが無いのよ。帰っておうちでゆっくり過ごしましょう。ここで騒ぐと却ってお腹が空いちゃうわ。」
「やだー!! 今日は何とか食べ物探すって言ってたじゃん! おうち帰ったってまた水しか飲めないんでしょ!」
「ごめんねぇ……。でも買えないものは買えないのよ……。」
「ねえ、ちょっと良いかしら。」
泣きそうになっていた母親に話しかける。母親は突如現れた見知らぬ女に驚き、すぐに子どもたちをさっと背後に回して警戒する。対して子どもたちはイシュヴァが手にしている獲物に興味津々のようで、母親の背後から顔を出してこちらを覗いていた。
「……はい、何でしょうか。」
「狩りの獲物を売りに来たのだけれど、これだったら幾らくらいになるかしら。今の相場が分からなくて。店にいきなり行ったら吹っ掛けられそうだから、商売人ではなさそうな方に聞いておきたくて。」
手に持った獲物を掲げてみせる。母親は相手の目的が分かったからか幾分か警戒を緩め、獲物をしばし見つめて考えこんだ。
「そうですね、それなりにはなると思いますけど……。でも、今はお金を持っていても仕方ないので、何か他の物に変えた方がいいと思いますよ。」
「そう、ある程度の価値はあるのね。じゃあ、これを対価に、貴方にいろいろと話を聞くことはできるかしら。どうして戦争が起きているのか、とか。」
「……え?」
「私の村は人里離れていて、昔から伝統的な生活をしてきたの。だから所謂、普通の文明的な生活とはかけ離れて暮らしてきたわ。それでも時々お金が必要なときはこうして狩りの獲物なんかを売っていたのだけれど……。久しぶりに来てみたらこの様相で。あんまり昔と違うから驚いてしまったの。だから、ちょっと話を聞きたくて。」
「ああ、それで……。」
母親はこちらの服装を見ながら、納得したようにつぶやいた。バステクトから出てきたままの黒一色の服装であったが、どうやらこの町ではあまり見ない格好だったようで、図らずも口から出まかせの説明に説得力を与えたらしい。複雑な気持ちがしないでもないが、信じてもらえるか微妙だと自分でも思っていたので良しとしよう。
「それで、話を聞かせてもらえるかしら? 嫌であれば仕方ないもの、他の人に頼むけれど……子どもたちは獲物に夢中なようね?」
子どもたちはイシュヴァが手に持っている獲物を、穴が開いてしまうのではないかという勢いで見つめている。口は半開きで、今にも涎が垂れてきそうだ。
「ねえ、お母さん……。」
「っ……あの、本当に話すだけで、その、それを頂けるんですか? 私はそこまで学があるわけではないし、お求めの知識が無いかもしれませんが……。」
「それで構わないわ。私だってそんなに深いことが知りたい訳じゃないもの。概要だけでも知りたいの。」
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