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そんなワイワイとしたやりとりを見ながら、ソールは物思いに耽っていた。
―アニスはモテる。かなりモテる。
どれくらいモテるかというと、かつて所属していた保安調査隊の1部隊のうち、1/3の隊員がアニスに気があったというくらいだ。そしておれもそのうちの一人だった。
あの区画で仕入れ途中のアニスが被害に遭いかけ、当時は同じ部隊に所属するマルクたちが間一髪で助けに入ったと聞いたとき、おれは部隊にアニスの護衛を提案した。
はっきり言って私情だ。
大義名分としちゃ筋が通るし、実際、バステクトの事案はあの区画由来のものが多くを占めているので、あの区画の見回り強化は町全体の治安向上にも貢献できる。とは言え、特定の一住民を仕入れの度に毎回護衛する、というのはどう見てもバランスに欠けていた。だが、隊員たちからは反対の声は上がらなかった。アニスに想いを寄せる1/3の隊員は憧れの女性と接する機会が降ってわいてきたようなものだから当然反対するわけなどなく、残りの隊員は同僚の恋を応援しているか、部隊長であるおれの指示に素直に従っているか、あの区画の取り締まり強化の口実と捉えているかのいずれかだったのだろう。
とにかく、だれもおれの提案を怪しむことはなかったのだ。アニスに気があるなどとは誰にも悟られていなかったおれは、その状況と自分の立場を利用し、内心ではしめしめ、出し抜いてやろう、くらいに思っていた訳だ。
部隊を代表して護衛について申し出にラ・カンテに行ったおれは、それはそれはカッコつけた。「市民を守ることも任務の一つですし、あの区域の取り締まりにもなりますから」と、とってつけたようなセリフを、可能な限り紳士的に見えるような立ち居振る舞いで告げた。今思い出すと心臓に針が刺さったような気分になる。
そして翌日もまた可能な限り身なりに気を遣って待ち合わせ場所にマルクと二人で行き、そしてやってきたアニスの表情を見て、何か行動を起こす暇もなく、あっという間に玉砕したのだった。
その後はアニスに想いを寄せる隊員たちが、おれと全く同じことを繰り返していくのをひたすら見せられた。アニスの護衛当番だ、というと、その想いを知る同僚たちが気を回しそいつらが任務に当たるように当番を組んだのだ。そして任務当日、その隊員たちは大変に身綺麗にして現れるのだった。おれが何度言っても無精ひげを剃らなかったヤツはきれいさっぱりしているし、ボサボサの寝ぐせのままでパトロールして住民に「寝ぐせの隊員さん」と不名誉なあだ名をつけられたヤツはぴっちり髪を撫でつけている。
ちゃんとできるなら毎朝ちゃんとしやがれ。
そして意気揚々と護衛任務に赴き、萎びた大根のような顔をして屯所に帰ってくるのだった。何度共感性羞恥で頭を掻きむしりたくなったか知れない。
アニスは確かにマルクに対しては “恋する乙女” そのものの反応をするが、それ以外に愛想が悪いということは決してなく、マルク以外の隊員に対しても聞き上手で、朗らかで楽しそうに会話をする。清楚な容姿もさることながら、そうした点でアニスは人気があるわけだが、だからだろうか、アニスへの恋心が破れてもアニスを嫌うような隊員はいなかった。
幾人かの隊員が失恋していくうちに、アニスはマルクに恋をしている、というのは部隊の中で共通認識になっていった。もちろん、当人のマルクを除いて。
失恋の日に同僚に慰められながら酒をしこたま飲んだあとはすっかり吹っ切れた顔をして、アニスの恋を密かに応援する者が続出し、いつしかその雰囲気は部隊全体に波及していった。
隊員たちが気持ちをうまく切り替えられたのとは対照的に、誰に知られることもなく失恋し、やけ酒も飲まなかったおれは気持ちのやり場をなくしていた。その頃は気分も重く、ぼんやりすることも多かった。
その日も随分とぼーっとしていたのだろう。
昼食を食べるつもりで、定休日だったラ・カンテに向かってしまった。ガチャ、という鍵がかかっている音と感触で我に返り、そこで漸く “closed” のプレートが目に入った。
たかだか失恋一つで、ずいぶんとやきが回ったもんだ、と天を仰いで一つ息をはき、別の店に行こうと踵を返した時、裏の勝手口から顔を出してきたリズに不意に声をかけられた。
「あれ、アンタ、隊長さんじゃないか。悪いけど今日は休みだよ。それとも何か用かい?」
「あ……ああ、リズさんか。どうも。いや、昼メシを食いに来たんだが、定休日ってことをうっかり忘れててな。騒がせてしまって悪い。」
半分アニス、半分安くてうまいメシが目当てで、ラ・カンテは行きつけだったから、リズのことは知っていた。だが、営業中はずっと厨房にいるリズとまともに会話をしたことはなく、互いに顔や素性を知っているとは言え、この時がほぼ初対面と言っていい状態だった。
「ふーん、じゃ、食ってくかい?」
「へ?」
「アンタの部隊に仕入れの世話になってるだろ? なら、ちょっとくらい隊長さんにお礼させてもらったって良いじゃないか。」
そういってリズは店におれを招き入れると、サッと昼食を作ってくれた。簡単なもので悪いけどね、と言ってはいるが、いつものものと遜色なく旨い。向かいの席でリズも一緒に食べており、食事をしながら何気ないことを話した。不思議と、ほぼ初対面とは思えないほど自然に会話が進み、失恋に荒れた精神が凪いでいくように感じた。
それをきっかけに、たびたび定休日に昼食を馳走になるようになった。
聞けば、店舗兼住居で同居しているアニスは定休日に出かけることも多く、一方リズは貴重な休日はゆっくり過ごしたいタイプのようで、そういった別行動の日の孤独な昼食を味気なく感じていたようだった。そこに丁度よくおれが収まった、という形だ。
振舞ってもらってばかりでは申し訳ないので、おれが外食に誘うこともあった。おれは料理がからきしできないのだ。その様子を部下に目撃され、男女の仲なのか、と関係を確認されることもあった。何度も食事をするうちに当然情のようなものは生まれていたし、そう聞かれると単純なもので意識してしまう。悪い気はしなかったし、そうしていつの間にやら付き合うことになり、気が付けばもうすぐ父親になる、というところまで来ている。まあ、結婚はタイミング、とは良く言ったものだな、と思う。
ある意味ではアニスがおれたちの馴れ初めな訳だが、さて、そのアニスは―。
アニスは相変わらずマルク一筋で、マルクはそれに気が付いていない。ここまでは以前と変わらない。だが、夕方のマルクのあの様子―。商業区で働くことをやたら推したり、調査部隊を希望するティアに不満気だったり。あれは、ひょっとすると、いや、多分、ティアに惚れたんだろうな……。
そしてティアはそれに気づいていないし、なんならリズと一緒になってアニスを応援すらしている。
自分のすぐ隣で生まれた厄介な三角関係に溜息が出そうになる。おれは良くて傍観者でしかない以上、どういういきさつや結末であれ基本的には見守るしかないのだが……。
はあ、くわばらくわばら。面倒なことに巻き込まれんと良いな……。
浮かび上がった憂いに蓋をするように、ソールはまた一口、美味しいジュースを飲み下した。そうしてさまざまな思いのもと、2日目の夜は更けていった。
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