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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
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元のカウンターに戻り書類を手渡すと、代わりに別の書類が手渡される。これを埋めてまたカウンターに出さなければならないらしい。人間の生活って面倒なことするのね、とややうんざりしながらも書類を書き提出すると、今度はカードが手渡された。


「これが移民用の身分証明書だ。1年ごとに更新が必要なんで、手続きを忘れるなよ。数年住めば正式な住民カードがもらえる。そしたら更新は不要になる。」

「これで役所での手続きは終わりだろ? 次はどこに行くんだ?」

「まずは病院だな。世話にならないに越したことはないが、場所だけでも知っとくべきだろ。あとは、そうだな、近いところから順に回っていくか。」


その後は病院、工場、浄水施設、食料保管庫……と中枢区の施設を順に回っていった。多くの施設は部外者のため入ることはできず、それならばと外から何か見えるかと思ったが、小さな窓からは何か見えるでもなく、魔法に関する情報は得られなかった。


やがて日は傾き、一行は中枢区奥にある小高い丘がそのまま公園となっている場所の、物見台に上っていた。物見台からは西日とそれが作る長い山影に沈むバステクトの町が一望でき、3人は並んで手すりに寄りかかりながらそれを眺めていた。


「とまあ、中枢区の案内はこんな感じだな。」

「ありがとう、今日はアニスとソール……それとマルクのおかげで良く分かったわ。」

「はは、まあ俺は着いてきただけだからな!」

失言をしてしまったかと内心焦ったティアだったが、マルクはカラッとした気持ちの良い笑顔で流してくれた。


マルクの笑顔を横目で見たとき、背後に円錐の大きな建物が見えた。駅を出たときに魔道線を辿っていった先にあった建物だ。駅から見たのに比べ、近くで見ると随分と大きな建物に見えた。


「あれは……?」

「ん? ああ、あれは神殿だ。魔法の研究と、魔力を作ってる。バステクトの心臓部だな。」

「あそこには入れないのかしら?」

「ん~……あそこはな、入ったら出られないんだよ。」

「出られない? どういうこと?」

「研究の機密保持のためだ。……たとえばこれまで不治だった病に対する特効魔法が見つかったとするだろ。んで、研究員がその病に侵された家族のためにコッソリそいつを持ち出す。ところがその魔法は使い方を変えると強力な毒となり、遅効性で道具も必要ない。そんな魔法が良からぬ輩の手に渡ったらどうなると思う?」

「……“使い勝手” がとても良いわね。」

「そういうことだ。ま、こりゃかなり極端な例だが、新たな魔法の開発に当たってはそういった想定外の用法のチェックだったり、場合によっちゃ関連する法律を制定したりといったことも必要になってくる。それが完了する前に世に出ちゃ危険すぎるってんで、あそこに勤めてるやつは外に出られないのさ。本人に漏らす気が無くても、自白魔法なんかを使われちゃどうしようもないからな。」

「過去にそういう事例があったのかしら?」

「かもな。まあ、神殿ほどじゃないにしても、中枢区で働いてる連中は大なり小なりなんらかの魔法に関する秘密を持っている。当然部外者に話しちゃならん訳だが、特に酒なんか飲んでるときにうっかり漏らしてしまう恐れはある。だったら秘密を知っている者同士でつるむ方が気が楽だ。中枢区と商業区で交流が盛んじゃないのは、この辺も理由だな。」

「なるほど……。」


「ああ、神殿はおれたち保安調査隊員の最後の砦って面もあるな。」

「最後の砦? どういうこと?」

「魔力を持つ人間に限り、魔法研究の補佐員として生涯を神殿で過ごす代わりに、大金を貰える制度があるんだ。慎ましやかではあるが家族が一生食っていけるくらいの金をな。おれたちの任務には多少体を張らなきゃならんものがある。不幸なことに任務中に障害を負ってしまうやつらもいてな。そうなると、今まで通り家族を食わせていけなくなっちまうんで、泣く泣く神殿に入るやつがいるんだよ。最近でもおれの部下が左脚を失って神殿に入った。良いヤツだったんだがなぁ……。」

「そんな、それじゃ家族とも友人とも二度と会えないじゃない。」

「そうだな。できればそんなことはしたくなかっただろうな。だが、保安調査隊の保障制度はあんまり整っていなくてな。生活費に巨額の治療費で日々貯金は減っていく。傷が癒え体に慣れるまでは介護だって必要だ。加えてそこは子どもがまだ小さくて手がかかる。毎日ガンガン窶れていく妻を見ての苦渋の決断だったんだろうさ……。」

「……ごめんなさい、私が口を挟んでいいことじゃなかったわ……。」

「……ま、こんな制度、聞いたらビビるよな。」


重くなった雰囲気を振り切るようにソールは肩をすくめるが、よどんだ空気は簡単には変わってくれない。結局は押し黙って見てもいない美しい風景を見るフリしかできなかった。


「なあ、ティア。」

こういうとき、底抜けに明るいマルクの声は救いになる。微笑みながら話しかけてくるマルクは、そのたった一言で空気を軽くしてくれた。ソールも心なしかホッとしたような顔をしている。

「なんか気になる仕事はあったか? 絶対その仕事ができるってわけじゃないけど、紹介くらいはできるからさ。」

「そうだな、ティアの魔力なら中枢区の一部の仕事も視野に入るぞ。」

「えっ、あっ、中枢区? いやー、中枢区の仕事は避けた方が良いんじゃないか!? ほら、ティアの魔力が弱いって言うわけじゃないけどさ、どうしても仕事が限られてくるだろ!? それだったら商業区で働いた方が選択肢が広いと俺は思う!」


やたらと早口で身振り手振りが異様に大きい。これはマルクが焦っているときの動作だ。どうにかこうにか商業区で働く方向に持っていきたくて必死なマルクを見て、ソールはため息をつきたいのをどうにか堪えた。

そんな二人の様子を全く気にすることなく、ティアは指を顎につけて考えに耽るのだった。


どんな仕事がいいのだろう。少なくとも、中枢区のいくつかの仕事、例えば病院や工場はやめた方がいいだろう。崩壊を呼び寄せる性質が致命的に合っていない。神殿は気になるが、一度入ったら出られないとなると、まだなにも判っていない現時点では世界崩壊の手がかりを探るのに支障がありそうだ。商業区の仕事というのも選択肢が多すぎて具体的なイメージが湧いてこない。

そもそも今まで人間の仕事なんてしてこなかった自分を受け入れてくれる職場はあるのだろうか。

読んでいただきありがとうございます。

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