14
「事件の時はすっごく頼もしかったのに、話してみると気さくでよく笑って―」
「はいはい、そんなことまで聞いてないよ。一旦ストップしな。」
頬を染めながらとてつもない笑顔でマルクとの思い出話が止まらないアニスを、心底うんざりした顔でリズが待て、をかける。現実に戻ってきたアニスはハッとして途端に恥ずかしくなったのか、咳払いをしてなんとか冷静さを取り戻した。
「えーっと……とにかく、これが私たちとマルクたちが知り合うきっかけだったの。」
「初めての付き添いから帰ってきたときのアニスは、顔が笑顔で固定されてるんじゃないかってくらいご機嫌でね……。以来、マルクに対してずっとこんな感じなのさ。」
「な、なによぉ。リズだってそれきっかけでソールと結婚までしてるじゃない。」
「それのどこか悪いのさ。そうやってアタシに突っかかってきておいて、ソールの胃袋を掴んだ秘訣を教えて、って料理を習い始めたのはどこのどいつだい?」
「あっ、ちょっ、それは。」
「?」
リズの言葉であたふたとし始め、ティアの顔をチラチラと見てくる挙動不審なアニスに、リズは訝し気で、目線でティアに「何か知ってるかい?」と投げかけてくる。
「……アニスさんからは、リズが産休中でも店を開けていられるように料理を修行している、と聞いたわ。」
「……アニス、アンタ、ここまでアタシたちに大っぴらにデレデレ顔を見せておいて、しょーもない見栄張るんじゃないよ……。」
「ごめんなさい~……。あまりに王道を狙ってるみたいで恥ずかしかったの……。でも、きっかけはそれでも、リズがお休みの間にカフェをしようと思ってること自体は嘘じゃないよ!?」
あまりのアニスの必死さに、ついつい笑いがこみあげてきた。こうした複雑な機微は、なんとも人間らしいではないか。
「ふふ、大丈夫、ちっとも気にしないわ。でも、いつか私にも食べさせてちょうだいね?」
「それで言うと、今日の歓迎会でもいくつかアニスが作る予定さ。しっかり審査してやっておくれ。アタシらはどうしても自分たちの味に慣れちまってるからね、そうじゃないティアの意見は貴重なのさ。」
「あら、思ったよりも責任重大だわ。そうだ、歓迎会と言えば、ちょっと聞きたかったのだけれど……。」
話の途中で真面目な雰囲気に変えたティアを、二人もしっかりとした目で見る。こうして空気をきちんと読み取ってくれるのが、やはり好ましい人たちだな、と思う。
「その、どうしてここまで良くしてくれるのかしら。お金も貸してもらっているし……。」
ティアはこの町の通貨・ガルを当然所持していなかった。昨日のランチや今日の買い物の代金はアニスに貸してもらっており、何かの仕事に就いて給料を貰ったら無理のない範囲で返せば良い、と言われていた。そして数時間にわたる町の案内に、歓迎会まで。どう考えても昨日会ったばかりの人間に対しての行動としては負担が大きすぎる。
「ああ……そうね……ティアさん、またあの治安の悪い区画の話なんだけどね。」
少しの思案のあと、言葉を選びながらアニスが話し始めた。
「たまに移民の人が何も知らずにあの区画に入っていっちゃうことがあってね、そういう人って……その、雛鳥じゃないけど、最初に親切にしてもらった人の言うことを信じてしまいがちでしょ。だから、悪いことを考えてる人にとっては良いカモなの。特に若い女性だと、その、口にしにくい仕事をさせられちゃうこともあるの。そういうのって、やっぱり、見てて気持ちのいいものじゃないから。だから、ちょっとヤキモチやいちゃうところは正直あるけど、ティアさんが初めて知り合ったのが、マルクで良かったって思うわ。ティアさんがこの町に馴染んでちゃんと生活できるようにサポートするのは、私たちのためでもあるの。まあ、マルクに頼まれたからやる気いっぱいなのは間違いないけどね。」
「そう…そういうことだったのね。いつの間にか私を守ってくれてたなんて。」
誰かに守られるというのはウルヴァルドに慰めてもらって以来だろうか。神であるティアにとってはとても貴重で、とても心地の良いものであった。
「……ティア、で良いわ。」
律儀に “さん” 付けをするアニスに向かって宣言する。
「……ふふ、そう? じゃ、私も、アニスで良いわ。」
出会ってまだ二日。それでも心の距離は随分と縮まったように思う。
ティアがここにいるのはウルヴァルドのために世界をひび割れさせている原因の解明と解決が目的だ。それを忘れることはない。それでも、その過程において、こうした居心地の良い人間と共に在れる日々は喜ばしいものと思うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になるなど思っていただけましたら
ブックマークや下の☆☆☆☆☆で評価してくださると嬉しいです。
励みになります。




