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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
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(アニスの回想)


数年前のこと。

学校を卒業し、リズと一緒に始めたお店もそれなりに順調で、慣れないなりに忙しい毎日を送っていた。


そんな中で頭を悩ませていたのは仕入れのことだった。この町はそんなに大きいわけじゃないから仕入れ先は限られてくるけど、それでもいくつかある選択肢から可能な限り安くて美味しく、かつ安定したところと取引したい。でも、私たちはまだ若く店も始めたばかりで信用なんてあるわけもなく、なかなか良い条件での取引はさせてもらえなかった。

まあ、向こうの立場にしたらそれが当然だと思う。私たちも色んな仕入先と交渉し試行錯誤を繰り返している最中で、そうした都合に振り回されるのを嫌がられたのもあるだろう。


そんな中でいち早く良い条件で取引させてくれたのが、クレマー・オルエスト・ファームだった。

リズの父親の友人だったクレマーさんが営む牧場は町の南東に位置し、牧場と隣接して乳やお肉の加工・直売を行う店舗も構えていた。リズも小さいころからクレマーさんの牧場に遊びにいっていたらしく、私たちのお店の将来性を見越して、というよりは、リズを応援する気持ちで契約してくれたのだと思う。クレマーさんの作るお肉や乳は臭みがなくて美味しかったし、駆け出しの私たちにはありがたいばかりだった。


問題は牧場・店舗の位置だった。

もともと牧場のある南東部は静かでのんびりした場所だったらしいのだけど、いつしか素行の悪い人間が集まる区画になってしまった。仕入れに行く際にはそれなりにまとまったお金を持ってその区画を通らなくてはならず、住人と思しき人とすれ違うたびに身を固くして緊張していたし、向こうもじろじろと舐めるような視線を投げかけてきていた。


だから多分、私は顔を覚えられてしまったんじゃないかな。


ある日仕入れに行った際に、あの区画の中で数人の輩に囲まれてしまった。正面の男は鞄を、私の脇にいた男は私の肩を掴み、無理やりの鞄を奪おうとしてきた。周りの仲間はニヤニヤと笑いながら退路を塞ぎ、周辺の住人も遠巻きに成り行きを見ているだけだった。私はお金を渡すまいと鞄を両手で抱え込んで抵抗したけど、さすがに多勢に無勢でどうしようもなくて、だんだんと塀を背にして追い詰められていって、ああ、もう無理だって状態になってしまった。そして正面の男にいよいよ鞄を奪われてしまうという時―


「何してるんだ!」


たまたま付近をパトロールしていた保安調査隊員の二人組が駆けつけてくれた。男たちは舌打ちをしながら走って逃げていった。保安調査隊員のうち一人が彼らを追いかけ、もう一人が突然の解放に腰を抜かしてしゃがみこんだ私に駆け寄ってくれた。


「大丈夫か? 何か取られたり怪我させられたりはしてないか?」

「ええ……ありがとうございます、大丈夫です。でも、こ、腰が抜けてしまって……。」

「そうだよな、怖かっただろ。けど無事でよかった。ほら、立てるか?」

そういってその保安調査隊員は手を差し出してくれた。

その手を取ったとき、ようやく安心して息ができるような気がした。


立ち上がると徐々に落ち着きを取り戻してきた。牧場に行く途中だったことを説明すると、治安の悪い区画を抜けるまで付き添いを申し出てくれた。保安調査隊員を連れて訪問したので、クレマーさんを驚かせてしまったけれど。


そうして安全なところで礼を言って別れたあと、助けてくれた隊員さんの名前を聞きそびれてしまったことに気が付き、猛烈に後悔した。別に名前を聞いてなにか特別なことをしようと思ったわけじゃないけど、恩人の名前を知りたかったし、お店のお客さんには保安調査隊の人が多いから、あの人の名前が口の端に上がれば、人となりが知れるかもしれないと思ったのだ。

後悔は数日経っても後を引き、仕事中に何度も溜息をついてリズにたしなめられた。


事件から数日後、また牧場に仕入れに行く前日のことだった。閉店間際の店に突然保安調査隊員がやってきた。


最初はあの事件の聴取かと身構えたけれど、話を聞くとどうやらそうではなく、今後牧場への仕入れに行く際、保安調査隊員が付き添ってくれるという申し出だった。公的機関である保安調査隊にそこまでしてもらうのは忍びなく、最初は断ろうとしたけど、「市民を守ることも任務の一つですし、あの区域の取り締まりにもなりますから」と良い笑顔で言われてしまい、私自身もあそこを通るのは怖かったのもあって、結局はその申し出をありがたく受け入れることにした。そうして簡単に仕入れのスケジュールを共有すると、早くも次の日の仕入れから付き添ってくれることになった。


そして次の日。

待ち合わせ場所で待っていると、昨日お店に来てくれた人(のちにソールという名だと知った)と、事件のときに助けてくれたあの人が来てくれた!


牧場に行って戻るまでの間、彼はマルク、というのだと教えてもらった。彼の名を知れたこと、そしてちゃんとお礼を言えたことが嬉しくて、道中はモゾモゾモジモジしたものだった。


その後も幾度となく仕入れでの付き添いは続いた。

シフトの関係かマルク以外の人が来る日もあったけど、保安調査隊の人たちはみな親切で、付き添いの最中はまるで学生時代の登下校のようで楽しかった。



当然、クレマーさんは私たち以外にも取引を持っていて、私以外にも牧場に来るまでの間にあの区画内でなんらかの被害に遭ったり因縁をつけられたりしたお客さんがいたらしい。このままでは事業に影響が出る、と判断したクレマーさんは、街中に直売所を新設した。


それで必要がなくなったので付き添ってもらうことはなくなった。

少し寂しい気もするけど、あの時に付き添ってくれた隊員の一部は、今はラ・カンテの常連になってくれていて、よく顔を見せてくれる。

読んでいただきありがとうございます。

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