10
「おはよう、ティアさん。起きてる?」
明朝、控え目なノックと共に聞こえたアニスの爽やかな声で目を覚ました。
ベッド横の大きな窓から入る強い日差しは、寝起きのイシュヴァの目にも容赦なく降り注いで覚醒を強制する。太陽の高さは早朝の時間はとっくに過ぎていることを示していた。
アニスが来るまで寝ていたなんて悟られるのはちょっぴり悔しくて恥ずかしくて、しっかり目を覚ましてベッドから立ち上がった時にはもう「ティアの姿」になり、玄関の方に向かいながら後ろ手に魔法をかけ、ベッドを整えた。そして何食わぬ微笑みで扉を開け、
「おはよう、アニスさん。わざわざ迎えに来てくれてありがとう。」
と、挨拶を返した。
「ううん、私も久々に買い物に行くの楽しみだったから。ね、朝ごはんはもう食べた? 軽食を作ってきたんたけど、良かったら食べてから行かない?」
「ありがとう。まだ食べていなくて。いただくわ。」
ティアは驚きと感心と喜びに少し目をぱちくりさせると、顔をほころばせてアニスを招きいれた。
実際のところティアは食べるつもりもその必要性もなかったから、朝食なんて食べているはずもないのだが、アニスはこの町に来たばかりで店も把握していなければ調理器具も揃っていないティアが食事にありつく困難さを予見し、わざわざ持ってきてくれたのだ。
部屋に入ったアニスはテーブルを使う許可を得ると、籠から包みとコップを取り出し、水筒から冷たいお茶を注いで並べた。
「はい、簡単だけど、どうぞ。私も一緒に食べて良い?」
「もちろん。」
昨日のランチで、バステクトに来たばかりのティアに町を案内がてら、身の回りのものを揃えに買い物に行こう、という話になっていた。アニスは部屋を不躾にならない程度に見回すと、あらゆる棚は空っぽで、生活に関わるものは何もないことに少しだけ苦笑した。
「食器が揃ってないかと思ってサッと食べられるものにしたけど……正解だったみたいね。今日はそういうお店も回りましょう。私もこの前お皿割っちゃったから、買い足さなくちゃいけないし。」
テヘ、と軽い自虐を交えつつ、自分も買い物に行く必要があるから、ティアに付き合うだけではないのだ、と、こちらが申し訳なく思わないようにさりげなく言い足してくれる。
この世界の情報収集という目的はもちろんだが、ティアは買い物などというものはしたことが無かったため、今日の行程を純粋に楽しみにもしていた。気遣い上手な彼女と一緒、ということで、ますます買い物への期待感が高まっていく。
アニスの軽口風の気遣いに笑顔で返すと、持ってきてくれたサンドイッチに噛り付く。
一噛みごとに具材の旨味が滲みだし、疲れと寝起きの心身に活力が齎されるのを感じた。
「……これ、美味しいわ。アニスさんは料理も得意なのね。」
「あ、口に合ったみたいで良かった! でもサンドイッチだもん、パンとお肉が美味しかったら誰でも美味しく作れちゃうよ。私はまだ、料理は修行中なの。」
「修行中?」
「えーと、ほら、リズが妊娠中でしょ? 幸いまだ厨房は任せて、なんて言ってるけど、何か月かしたら厨房どころじゃなくなっちゃうじゃない。でもうちの店はリズの料理が売りだから、産休の間はお店を閉めるつもりでいたの。そしたら、復帰までの間、私が軽食を作ってカフェとして営業したらどうか、って、リズが提案してくれて。正直、休業中は給料もなくなっちゃうし、お客さんが離れるのも不安だったから、そういうのも悪くないかなって。だから今はリズ先生の指導のもと、修行してるところよ。」
確かにリズの料理は美味しかったから、二人の店が人気店になるのもうなずけた。だが、明るく朗らかなアニスが切り盛りするカフェというのも、なんとも居心地の良い空間になりそうだ。
「そう、それは楽しみね。きっとカフェも人気が出るわ。」
アニスのカフェに行きたい、とは言わなかった。行きたくないわけじゃない。それより先に、問題を解決して、ウルヴァルドのもとに戻りたいだけ。
「ふふ、そう言ってくれる? さて、腹ごしらえもしたし、そろそろ買い物に行こっか。今日はたくさん買い物しなきゃだしね!」
「ええ、頼り切りになって申し訳ないけど……よろしくお願いするわ。」
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