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ネムリバナ  作者: AOI
一章:トキワタリの塔
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9

「ティアさん? どうかした?」

「ああ……ごめんなさい、ちょっと、魔法なんて信じられなくて、びっくりしてしまったから。」

「ティアさんが元々いたところでは魔法は無かったの? だったら、魔法がどんなふうに使われているか実際に見た方が分かりやすいかも。今日はもう遅いから、明日一緒に町を見て回りましょう。明日はうちの店もお休みだし、私が案内できるわ。」


「あっ、中枢区は俺が案内した方が良いんじゃないかな!? 一応、俺自身が魔法を使えるわけだし。」

急に前のめりで立候補してきたマルクに、残り3人の視線が集中する。ティアはきょとん、とし、アニスは目を瞠り、リズはあきれ顔だ。

「……アンタ、なんでアニスのとこに来たのか忘れたのかい?」

「あー、うん、俺の説明が下手くそだったからだな……。」

「まあ、魔法が使えるヤツが案内したほうが良いのは確かだけどね。アタシやアニスじゃ魔法について聞かれてもチンプンカンプンだ。じゃあ、ウチの人に案内を頼んどくよ。マルクよりゃちゃんと説明できるはずさ。」

「ソールも一緒か、なら心強いな!」

「案内が終わったらウチに来な。ティアの歓迎会でもしようじゃないか。」

「そりゃ楽しみだな。定休日までリズの旨いメシを食えるなんてラッキーだ。俺もなんか持ってくるよ。酒じゃない方がいいよな。」

「別に構いやしないよ、アタシが飲まなきゃ良いだけだし。」

「そんな訳に行かないだろ、一人だけ我慢させるのは俺は嫌だぜ。とにかくなんか考えとく。」

「私も一緒に準備するね。あ、買い出しは任せて!」


ティアは当たり前のように歓迎会の話を進める3人を見ていた。人間に忌避されてきたティアにとって、歓迎会なんてものは望むべくもなかったものだった。ティアの正体を知らないからではあるが、そうした提案をされるのは新鮮で、くすぐったくも嬉しいものだった。

「ありがとう、移民は疎まれるかもと思っていたから、歓迎会まで開いてくれて嬉しいわ。明日、楽しみにしているわ。」

礼を言うティアの穏やかな笑顔に、3人は満足感と気合の高まりを胸の内に感じるのだった。



いつの間にか空は茜色に染まっていた。

思いがけず長引いたランチもお開きとなり、ティアは空いていた保安調査隊の女子寮の部屋をしばらくの間借りられることなったので、「さすがに寮までの道案内はできる」と言うマルクに送ってもらうことになった。ちなみに、リズは店舗兼住居なので帰る必要はなく、アニスは店の片付けをしてから帰宅するとのことだった。


明るかったバステクトの町も夕焼けに染まり、その日の労働から解放された人々は疲れと安堵に肩を軽くし、気の抜けた歩き方で家路を歩いていく。ティアとマルクは食堂のある裏通りを抜け、大通りを南に向かって歩いていた。川沿いには支柱が一定間隔に置かれ、柱間に張られたロープに吊るされたいくつものランタンが、光を灯し始めていた。


―ランタン?



あの見違えるほどに進化した車や列車が走るこの町で、ランタンが街灯というのかかなり古風……いや、古風を通り越して時代錯誤ではないだろうか。ティアが最後に訪れた時代だって、すでにガス灯が登場し、ランタンよりも強い光で夜の町を明るく浮かび上がらせていたはずだ。


川から反対側の店舗や住宅の方に向ける。窓からこぼれ始めていた光は赤く不規則に揺れ、それは光源が炎であることを示していた。


思えば、昼に市場で見た光景にもティアからして懐かしさを覚えるものが散見された。薪を使った移動式オーブンを載せた屋台。石炭などもっと便利な燃料があるはずなのに、わざわざ薪を使っていた。屋台にはハンドルと車輪がついていて、あれは人力で移動するための装置だ。なぜ車があるのに人力で牽引しているのだろう。

かと思えば、驚くような技術も多くあった。水道がそれで、レバーを上げ下げして簡単に水を得ている様は、何かの高等な魔法かと思った。

要するに、この町はティアが知らぬ進んだ技術がある一方で、それらとはまったくそぐわない時代遅れのものが当たり前に同居していた。



マルクに案内された寮の部屋も奇妙な作りだった。部屋はざっくりと3つに分かれている。

1つは居室兼寝室で、大きな窓ガラスの側に金属フレームのベッドが置いてあり、その手前には簡素なテーブルセットが置いてある。壁は白く清潔な印象で、隙間風もなく快適だ。テーブルセットの側には腰ほどの高さのストーブが埋め込まれている。炎が見える部分にはガラスがはめられ、排気が居室に流れ込まずに明かりと暖を取れるようになっていた。さらにテーブルセットや壁にはいくつかの燭台が置かれていて、ストーブとともにこれらの燭台を灯せば夜でもそれなりに明るくなりそうだ。


2つめの領域は壁を挟んでストーブの裏側に位置する、調理スペースだ。ストーブの上部には鍋を置けるように五徳が1つ設置されていて、横の開口部から薪を入れて火力を調整できるようになっている。1つのストーブを、壁を挟んで居室側は暖炉、調理スペース側はコンロとして使用できるようだ。反対側の壁には、ストーブと通路を挟んで向かい合うように小さなシンクが設けられていた。調理スペースはおそらく安全のため通気性が高く、言い換えれば隙間風が入るうえ、排気管や水道管といった構造物が目に入り、無骨な印象を受ける。


3つめの領域は水回りがコンパクトかつ機能的にまとめられていて、居室同様白を基調とした清潔感あるスペースだ。やはりレバーを上下させれば水が、しかも飲めるきれいな水が簡単に手に入るのが物珍しくて、何度も水を出しては止めるのを繰り返してしまった。もっと驚いたのがトイレだった。つまみを回せば汚物が目の前の容器から簡単に流れ去っていく。

「洗濯機」と呼ばれる装置もあった。円柱を横倒しにした立体が二重になっていて、内側の円柱は穴だらけになっている。外側の円柱の上部には水道の栓が取付けられ、重い桶を運ばなくても水を注ぎこめる仕組みだ。下部には排水の栓があり、円柱内の水を溜めたり出したり自由にできる。二重の円柱には上下に開く蓋がついていて、中に洗濯物と石鹸と水を入れ、足元のペダルを踏むと中の穴だらけの円柱がぐるぐると回転する。頃合いを見て汚れた水を排水し、再びきれいな水を溜めてペダルを踏みすすぐ。十分にすすいだら今度は水を溜めずにペダルを踏むと脱水までできる、という代物だった。

バスタブもあり、お湯はどうするかというと、ストーブの側面に細く長い水道管を這わせて水を温めることができ、その水道管をバスタブまで伸ばすことで、やはり重労働をせずに湯を得ることができるようだった。



思えば、ティアがこれまで見てきた人間の町の多くは汚物と悪臭にまみれていて、それにより疫病が蔓延することも多かった。ティアは崩壊の神として家庭や社会の「崩壊」を感知できることもあり、流行り病が猛威を振るうたびに「ああまたか」と小さくため息を吐いていた。もっとうんざりしていたのは疫病の神で、曰く「あんなに不潔にしていたら自分がいなくても病気になる」とのことであった。それにちょっと納得してしまうほど汚れた川の水で生活し、悪臭を放つぬかるみの道を歩いていた人間が、数百年の時を経て清潔な環境を構築しているのを見ると、奇妙な発展の仕方だな、とは思いつつも、ティアは両肩が軽くなるように感じるのだった。



一通り部屋を見て回ったティアは擬態を解き、神イシュヴァの姿に戻ってベッドに体を放り投げた。

ティアからイシュヴァに戻ると、なんてことはない擬態でも疲れが蓄積していることを全身で感じる。疲労を吐息に乗せて吐き出すように、長い大きな息を吐いた。


こんなふうに大の字で寝そべるのは初めてだわ、とぼんやり考える。

ウルヴァルドは一人でどうしているかしら。何かに怯えた森。極端に減った人口。未だ残る魔法。歪な技術発展。まだまだ分からないことだらけだけれど、無計画に神々の領域から飛び出してきた割に、一日目で分かった情報としてはまずまずだと思う。

きっと、この中に、なにか、世界を壊して いる も の が―



イシュヴァは思考とともに、いつの間にか泥のような眠りへと沈んでいった。

読んでいただきありがとうございます。

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