空に消えてゆく
「先生、とっても綺麗な空ですね。私、屋上に来たの初めてです。」
あぁ、君のその笑顔、僕だけに見せて欲しいよ。でもこんな事言ってしまったら、君のそばにいられなくなってしまう。だから僕は感情を隠し、この気持ちを悟られぬよう「あぁ、綺麗な空だな。」
そう一言だけ呟いた。
彼女の担任になってから気になったことがある。彼女はいつも空を眺めている。
授業中だろうと、下校時間の過ぎた後だろうと、窓の外を、空をひたすらに眺めていた。
悩み事でもあるのかと思い、尋ねてみたことがあったが、彼女は笑って
「空が好きなだけですよ」
そう答えた。本当に空が好きなだけなのだと、その時は深く考えていなかった。彼女の腕に広がる赤い線を見るまでは…
数ヶ月ほど経ち、彼女は頻繁に
「先生、空の中に消えるのってどんな感じなんでしょうね?」
と尋ねてくるようになった。
彼女に悩みがあるならば解決してあげたい、彼女が心配でならなかった。
ある日、彼女は泣きそうな顔で
「先生、屋上に行きたいです。」
そう訴えかけてきた。
必死に涙を堪え、そう訴えかける彼女の願いを、僕は断ることが出来なかった。
いつもと様子の違う彼女をよく見ると、服の下に沢山の包帯が巻かれていた…
「先生、私ね好きな人が居るの、でもその人は私になんて到底手の届かない相手でね、私が気持ちを伝えると迷惑かけちゃうの…
だから、死ぬまでこの気持ちは伝えない事にしたんだ」
そう笑いながら話す彼女に僕は掛ける言葉が見つからなかった…
「さ、着いたぞ、屋上」
掛ける言葉が見つからないまま屋上に着いてしまった。
「好きな人には死ぬまで気持ちは伝えないって言ったけどね、私、ここで死ぬ予定だから伝えちゃうね、私、先生のことが好きなの…でも付き合って欲しいとは言えない、先生に迷惑かけちゃうから……」
屋上の柵を乗り越えながら話す彼女を僕はただ、呆然と眺めていることしか出来なかった…
「それじゃあ先生、さよなら……」
今にも飛び降りそうな彼女を見て、やっと目の前の現実が理解出来た。
止めなければ…
それでももう遅すぎた、制止の声など聞こえないという顔で、目に涙を浮かべながら、彼女は地面へと吸い込まれていった。
落ちてゆく彼女に向かって僕はひたすらに自分の気持ちを叫んだ。
今更伝えても遅すぎる、そう分かっては居たが、1度出た言葉はもう留まってはくれなかった……
辺りにはグシャッっという鈍い音が響いた。
それから何度目かの春を迎え、彼女の墓参りに来ていた。
「これからも君の事が好きだ。これから先、彼女を作る気も結婚する気も全くない。君を愛しているから…」
彼女の墓に向かってそう呟いた、返事なんて返ってくるはずがないのにな、そう思い帰ろうと彼女の墓に背を向けて歩き出したその時
「私も先生のこと、ずっと大好きですよ」
と、彼女の声が聞こえた気がした。