ゼフォウ
ある場所へと着くと、皆、もう黒い服ばかりだ。
ホテルの地下駐車場だろうか、かなり重々しい。
セェロが居なければ尋問だけで済まされない気がする。
「ご苦労さん、このまま警備よろしく」
「はっ……あ、あのこの子達は?」
「流石にゼフォウも暇だろうから友達連れて来てやった」
「ボス、酔ってます?」
「生ビール1杯だけで酔わねぇよ」
「酔わないで下さいよ、酒臭い」
「お前ら!」
仲良いんだか、怖さが一気に吹っ飛んだ。
ただ笑うの無理。
隣にいる卑弥呼なんて、半笑いなのに目は笑っていない。
寧ろ早くしろと怒りが見える。
すぐにセェロが案内するからと慌て言いながら中へ。
廊下も何処か古ぼけているが、廃屋とも言えない綺麗さがある。
フロントがあるものの誰も居ない。
「誰も居ない?」
「無人なだけで、一応経営してるんでウチが」
悲鳴にならない悲鳴が出そうになった時にガタイより身長が異様に目立つ光喜より少し年上なのが分かる青年が廊下に出て来た。
「ボス、帰って来たんです? ……と言うか、彼らは?」
セェロは彼に言う。
「ザム、ゼフォウの同級生と先輩、最近の蠢く何かに対処してもらう為に来てもらった。ゼフォウは?」
「今部屋に居ます、マウゼスさんと」
「アイツ何してるの?」
ザムはもう一々警備するのも疲れるとばかりに頭を抱え、口にする。
「暇潰しが無くなったからもう海外に出た方が早いんじゃ……」
「海外に出るしても、アイツを狙う連中多いんだよ。お前も分かるだろ?」
「分かっていますが、それにしたって、どうして彼を幹部に招かないんですか? 腕も経済学も心理学も記憶力もある異能だってあの爆発――」
「ザム! ……今はその話は良い、ただアイツをここまで育てたんだ捨てる阿呆でも見放すバカでもねぇんだよ」
「……はい」
一体何の話をしているんだろうか。
ちょっと雰囲気がガラリと変わって光喜も卑弥呼も何の話をしているのかと考える。
間違いなくフィンの話だ。
しかし、フィンも話はしてくれる部分と絶対話さない部分がある。
きっとこの話は話さない部分だ。
ザムと呼ばれた青年はフィンの事をかなり評価しているのはフィンを昔から知っているからだろう。
だが話はこのまま終わり、そのままエレベーターへと乗る。
あまり生きた心地のしないエレベーターは他には無い。
マフィアに囲まれて乗るなんて一生にあるか無いか。
寧ろあってはいけない絶対に。
降りてすぐ、深い深呼吸をする光喜に卑弥呼が言う。
「そうよねぇ、おっさんの胸苦しい圧とおっさん臭は我慢出来ないわよねぇ」
回りの強面の人達は嫌味かと言いたそうな顔だった。
廊下を歩いて、幾つか部屋を過ぎた時ある部屋の前に止まり、扉が開くとビジネスホテルの様な間取りで、その机で項垂れるフィンの姿を目にする。
「フィンだ」
項垂れたフィンだったが、光喜達を見て驚きと共に元に戻った。
「……おぉぉ! 社長にパイセンお久!」
「思いの外元気過ぎでは?」
改めてここで相談が始まる。
「まぁ4、5日だけだからだろ? 本来ならもう海外へ……が」
卑弥呼も先の話を聞いていて、なんとなく察した。
「狙う連中で動けなくなっちゃった?」
「それもあるが、蠢く何かが分からんから動かせなくなった!」
ずっと蠢くのが分かるのか、光喜は聞く。
「なんで蠢くのが分かるんです?」
「セガのザックが最初に気が付いた。嬢ちゃん今持って無いから気付くのが遅れた」
誰の誰と言った感じだったが、どうやら理美の事であり、あの時のメリュウと同じ系統の龍がいるとの事。
「嬢ちゃん?」
「理美ちゃんね、今バートンがメリュウ持っているから、近付いているのにセガのザック以外気付いて無かった」
セェロは続けざまにセガを呼ぶと、やってきた。
「何すか?」
「ザックを」
「ザック、どうだ?」
廊下を見ると焦げた赤茶の大き目なドラゴンがおり、それが答える。
「この辺に居る気配がある……けど見えない」
「匂いも無い、音もベトベトさんなら分かるけど、違う。気配だけ」
卑弥呼も何らかの気配を感じるが、何処からかが分からない。
そんな緊張感に光喜はずっと思っていた事を口にした。
「ホテルって乾燥してるからなのか、人がぎゅうぎゅうなのか分からないけど、喉渇かない?」
フィンも理解するが飲み水として使っていない様だったが、誰かがビニール袋を上げる。
「分かるー! でも、ここ飲み水として使って無いから――」
「ジュースあるよ、ほらこれ」
ザムが気を遣って持って来てくれたようだ。
セェロが言う。
「ありがとうザム気が利くな」
だが実際違う人が買ったのを持たされたみたいな言い方をする。
「あっ……いや、これはアムルが買って来たのを」
それに違和感を感じた卑弥呼がビニール袋の中を確認した。
「ちょい確認させて」
いきなりだったが、ザムは袋を開ける。
「どうぞ」
じっと見た卑弥呼が2つだけ、開けないよう口にした。
「――これは良いけど、これとこれは絶対ダメ開けちゃダメ」
「何かあるん……?」
「違う、中にハグレ神が居る」
一斉に皆下がる。
フィンが卑弥呼に聞く。
「これ、確か水島舞里の?」
合宿時に襲って来た穏喜志堂の幹部の1人だ。
水を使って来たので多分それと思ったが、卑弥呼から言わせれば違うとの事。
「多分違うけど、穏喜志堂が関わって居る可能性があるわ」
それでも穏喜志堂の1人で間違いない。
セェロがペットボトルの蓋のマークを見てある事に気付いた。
「思い出した、これのミネラルウォーターとジュースの製造工場……この企業はあの水島舞里をイメージキャラクターとして全面に押している」
「……ちょい待ち、それだともう大部分の人間が口にしている可能性があるって事だぞ?」
フィンもその企業マークを見て、かなり人気ブランドの1つとして前々から出ている商品なのが分かり、いつからこれが入っていたのか分からず、下手すれば皆口にしていてもおかしくはない。
卑弥呼はハグレ神に詳しいと言えば論外だ。
「ともかく開けずに、これに詳しい人間……は居ないわね」
フィンが突っ込むも、卑弥呼がその1つのペットボトルから何かが見えると訴える。
「直感で分かったんかい」
「直感じゃないわよ、見えてるの、魚?」
光喜はどう言う事だとじっと見つめると本当に何かが蠢いた。
「うわぁ⁉︎ 何だこれ⁉︎ ……ねぇこれ、水なら何でもいるタイプのハグレ神とか?」
この一言で一気に蠢く何の正体に気付き、セェロは部下達に指示、フィンには自分から離れない様言う。
「全員、水から離れろ‼︎ ゼフォウ、お前は俺から離れるな」
「わーってるってば」
立ち上がり、セェロの隣に立つ。
卑弥呼も何処に蠢く何かを探ろうとするも、中々見つからない筈だ。
「水の中に居たら、こっちも分かりっこないわ」
「セガ、ザックをしまえ、これから移動をする」
「飛ばないんで?」
本来なら、窓をぶち壊すなり何なりするのにとセガが思うも、セェロは直感的に無理矢理出るのを止め、自力で降りる気で考え、光喜にある物を渡す。
「なーんか嫌な感じがビンビン来る。それとはいコレ」
いつものまがい物だ。
「だから要らない」
「すでに無い」
もう無い、ふと目をやればニュートンがまたボリボリ食べてた。
「お前ー‼︎ 何回言ったらー‼︎」
見えない周りからすれば本当に異様で、何に反応しているんだと皆がヒソヒソし始める。
食べ終わったニュートンが一言。
「段々質落ちてね? 見た目は一緒だが」
光喜もこの後に及んで、そのまま伝えてしまう。
「すいません、ニュートンの奴、質落ちたって言ってる」
もうなんで口にしたかは自身も分からないが、このまままがい物を渡されずに済む方法を考えれば正直に話した方がいいとも思えたが、セェロは光喜の言葉を考える。
「……これ、誰が買った?」
言葉を発する際、かなり怒り気味なセェロを見て、ザムが買った人間の名を伝えた。
「アムルです」
「腕は有るけど、なんかちょくちょくポンコツなるよな、アイツ」
セガですら、なんとも言えない顔で言うので、光喜がアムルとは誰かと尋ねるとザムが答えてくれた。
「アムルって?」
「彼は2年前にファミリーとなり、去年から幹部に入った人です」
かなり最短な気がし、フィンはと思って振り向くと、フィンは笑って言う。
「俺、ファミリーだけど、幹部じゃないよ」
「えっ? でも」
こんなに守られて重要な幹部或いはそれだけの地位に居なければ無ければおかしいのだ。
セェロは無駄話するなと言わんばかりに睨むも言う。
「まず安全になるまで話は後だ」
確かに言っている事は正しいし、セェロ自体のお気に入りとも感じるもそれだけでない気がする。
まるで使命感を感じる程だ。
先程まで晴れていた夜空は、いつの間にかどんよりと雨雲により暗く、雨が降り注ぐ。
あのビルの前に水島と顎鬚を生やした薄黒い屈強な男が立っていた。
水島が言う。
「たくっ……借りは返さないとね」
「生け取りだぞ? 水島、それにあの話が本当なら面白い事になるぞ」
「ど変態が、まあ良いさ、依頼はこなしてこそ穏喜志堂いや陰鬼士道だ」
ずっと後ろに立っている人物に男は言う。
「トウコ、ド派手にやれ」
その人物は手を上げた。
皆フィンを囲うように通路を歩く。
直後だ、全ての部屋の蛇口がいきなりぶっ飛び、勢い良く水が噴き出す。
その音に気付き、セェロは全員に指示。
「絶対に開けるな! 走れ!」
一気に皆足取り合わせて走り出す。
光喜達も遅れないように走るも、こんな状態でよく足が取られないなと感心してしまう。
だが、勢いのついた水は既に廊下の方まで出て来た。
階段へと向かう途中で、誰かがエレベーターを使ってやって来る。
その前にと思ったが、階段の方からも誰かが来て、部下の何人かが砂埃と共に吹っ飛んでしまう。
「マウゼス!」
「大丈夫だ! それより坊主達を――!」
マウゼスが銃を構えた直後、砂埃の人影に殴られてしまった。
砂埃が止み、人が見えると共に話しかけてくる。
「おーおー吹っ飛んだのに、1人無事ってどう言う事だよ? まあコレから全員ぶっ倒してやっからさぁ」
見えた瞬間に、フィンが鳥肌を立てながら言う。
「げぇ! 噂の金剛岩助じゃん!」
エレベーターがこの階に止まり、出て来たのは水島だ。
「ちょっともう始めんの卑怯じゃね?」
「しかも水島も居るし!」
フィンを見た瞬間、顔が一気に歪み睨みつけながら水島は魔水を出す。
「爆発退場させた事後悔させに来たんだよガキが」
まあまあと金剛は水島抑えつつ、光喜を見て言う。
「いやぁまさか2人もここに揃うとは良いねぇ」
また自分を見て言うが、2人と言った、2人とはここに卑弥呼がいるものの、この状況で卑弥呼では無いのは光喜も卑弥呼も十分理解出来た。
フィンはマウゼスを心配するも、当人は至って無事だ。
「マウゼス、おっさん!」
「おっさんは余計だ坊主」
マウゼスの前にはザムがおり、彼を守ってくれた。
「思いの外凄く……痛いです」
が、思いの外相当な力を入れて殴っていたみたいで、両腕の服が吹っ飛び、腕が露出した上、真っ赤になっている。
「丈夫になる力おも上回るって、その腕なんだよおっさんよ」
「いやぁ、岩鉱は融合するタイプのハグレ神だからよぉ」
セガが金剛の脇目掛けて殴る。
その腕はザックの龍の鱗を纏っていた。
しかし、金剛の脇は非常に硬く貫通すらしない。
龍の爪が折れてしまう程にだ。
金剛はゆっくりセガを見て言う。
「なんだ? 孫の手か?」
「マジかよ……龍の腕だぞ?」
セガを掴み掛かろうとする金剛の手よりも速い動きでセガが動く……と言うよりも、誰かに吹っ飛ばされる勢いで飛んで行く。
女性の幹部がライフルを組み立てながらセェロに対する愚痴を言う。
「何をやっている、クソ、外ならもう少しやり易いのにやっぱりボスの直感無視して海外に連れて行けば良かった」
セェロはそれに対して言い返すも、どうしても動けなくなった本当の理由を口走る。
「悪かったなスオウ! でもどうしても1日も早く連れ出したかったが、そういう時に限って他のマフィア、ギャング、それだけじゃない、政治連中も動き出した。動く隙が無くなっている」
どうやら蠢く何か以上に周りの動きが忙しなくなって止まって隠れる選択をしたようだ。
「さぁて魔水、ターゲット以外ならやっても良いぞ」
「こっちも痛ぶってから連れて行こうか」
水島と金剛が一気に攻める。
セェロ達も構えて立ち向かう。
雨はシトシトと降り続く。