冬美也のバイト先
冬美也の働いているバイト先へ着く。
オフィス街近くでもある為、かなりの人の流れがある。
そのコーヒーショップは人気店であり、シンプルかつオシャレだ。
しかも1番の混む時間のようで、凄い行列に足が凄む。
「やっぱり止めよう、理美ちゃんは冬美也に会いたいから来てんだよね?」
「うん、でもここ来るの初めてなんだ」
「おや? おやおやおやおや?」
どうしてそんな言葉を選ぶのかと言いたいが、あえてそこは言わずに話を続けた。
「俺も初めてなんだよ、冬美也のバイト先」
「でも先輩もなんです?」
「うん、そうなんだ」
ただ理美が光喜に対し心配する。
「でも大丈夫なんです?」
「えっ、どういう?」
「いや、春日谷さんもここでバイトしてるって」
そう、春日谷もここのアルバイトなのだ。
この場だけが固まる。
亮に至ってはそんな話なんて知るはずもなく、ただただ笑うだけだが、どう言う事だろうかと眺めているだけ。
勿論、理美も分かってて来てくれたのかと思っていたのだがどうやら違ってたようだ。
「……?」
「……あっ」
完璧に忘れていた。
本当に忘れていた。
これはやばい、一度自分だけ離れようと思い、店から出ようとした時だ。
「お客様、今混んでいますので、メニューを見ながらお待ちください」
そこには冬美也がおり、メニューのパンフレットを配っていた。
「冬美也、何故ここに?」
知っていて来たんじゃ無いのかと冬美也も思っていたが、朗報と言うわけでは無いものの、春日谷が休みである事を伝えてあげる。
「それそのままのセリフなんだけど、春日谷居るから来れない筈のお前がよく来たな」
「……事故です、俺だけ出ます」
「アイツ、休みだぞ?」
「ふぁ?」
光喜が状況の飲み込めないまま冬美也は話しを続けた。
「いつもの意味の分からん状態になったから来れないんだと」
「良かったのか? いや良いのか?」
「どっちも良いになってんぞ?」
「ちなみに理美ちゃんも来てます」
亮が理美を見せると、冬美也も状況が飲み込めず固まる。
「ふぁ?」
「ちょっと用事があったついでに来たの? ダメだった?」
多分本人からすれば、本来の巣の状態のままで来ているのだから、本来の冬美也が見れると思っての事。
しかし、冬美也はここに理美が来ていると言ういわゆるハプニングに陥り、脳がフリーズ、固まってしまった。
理美のアースも、ニュートンも秋も出て来て、お前ちゃんと無効化したのかと言う顔で見ている。
亮も流石に入る前に一度無効化にしているのだから、少し冬美也の反応が見れると少々楽しみだったのだが、ほぼ普段通りの冬美也にこちらも困惑だ。
「えっ? 入る前にしたけど? 何故光喜君まで?」
「冬美也、何か違和感とか無い?」
「……特に? いや、大丈夫?」
微妙な反応過ぎて、どっちだこれとアース達ですら困惑に陥る。
別の客が、冬美也を呼ぶので後でなと声を掛けて、その場を離れる時の顔が何故か赤かった。
ずっと見ていた理美が亮に言う。
「……本当に無効化した?」
ますます疑われる亮は少しショックを受けて、落ち込んだ。
そのままレジまで行き、適当に見繕い、さあ行くかと言う時、普段の冬美也のバイト姿は、かなり新鮮で色んな人と会話をし、楽しそうだった。
少し嫌な顔をしている理美に対し、光喜が言う。
「自由にしてあげたいけど、難しいんだね、好きって俺には分からないや」
「違います。ちょっと期待してたんです。無関心だったら、もう吹っ切れて自分から言うって、でも結局良く分からないままで、自分がただ最低な自己満足したいだけだなって」
結局声を掛けずに外を出て、少し泣きそうになる理美を見て亮はある事を言った。
「好きの感情は大事、他人にとやかく言われたからって簡単に変えられる訳ない、ならとことん見極めたらどうかな?」
確かに言われ続けて疲れているかも知れない、自分が自由に成りたい。
こうなると、ますます冬美也に申し訳なく、やっぱり別れてあげないと行けない、そんな気がしてならなかった中で、当の本人は相も変わらずちょっとでも理美に近付く男を殺すと言った殺意がガラス越しからでも光喜は感じ取った。
「いや、後ろの冬美也の目が殺意剥き出しだったんですが?」
理美はとりあえず手を振ると、気付いた冬美也が凄く嬉しそうに手を振りかえす。
寧ろ、なんだか気を遣っていた雰囲気がまるでなく、これが本来の冬美也のようにも理美にも光喜にも見えた。
それから30分、由梨花の住む家に着く。
今もあの家に住んでいるが、擬似空間をすぐに出来ていなかったのだろう、窓が未だ壊れたままだ。
普通なら一時でもホテルか仮住まいに居そうだが、亮曰く、今は掃除と窓の修繕の話なので日中だけ戻ってるだけとの事。
必要な荷物も預かりセンター等で預かって貰っている。
お金の事も管理者達が出すものの、最終的にクライヴが全面支払わせると言う事だ。
確かに支払って貰わないと割が合わない。
チャイムを鳴らせば、恵麻がインターホン越しから声を出すよりも早く扉が開く。
「諸葛です、今日は如月君達を連れて来たんですが」
「あっ! お兄ちゃん! いらっしゃい」
由梨花が出て来た。
「由梨花ダメよ! 前も言ったけど、ちゃんと大人の人が確認してから出なさいって言ったでしょ?」
「ぶーぅ」
あのあまり話さない、何処か暗い影がある、由梨花の印象が今はまるでない。
何処か垢抜けて、本当に今の子供のようだ。
たった3、4日でこうも変わるとこちらが戸惑ってしまう。
「印象大分変わってない?」
「色々話して少しずつですけども子供らしくなって来て、本来の由梨花が戻って来た感じです」
「一体どうやったらそんな3、4日で?」
亮は由梨花のこの性格になるまでの経緯を話す。
「簡単とは言い難いけど、奴隷では無い事と絵梨花としてではなく由梨花として生きて欲しい事を伝え続けた、後は暇そうな優紀君に手伝って貰ったまでだよ」
ここで優紀の話が出た事で、ふと思い出す、丁度この3、4日優紀を見ていないのだ。
「そういえば優紀君最近見てないや」
「流石に誰か居る環境になっていないのと大人の目は必要って事で日中はこちらで預かる許可を貰ったんだ、ユダから」
また光喜と理美が目で語り合う。
『あーまさかのユダかー』
『せめて、総一さんとかだったら話分かるんだけども』
「君たち、せめて口で言ってくれない? 目で言うの日本人の癖だよ」
日本人だから出来る芸当では無く、目で語れる程の内容だからであるだけだ。
「まずはどうぞ中に入って下さい」
「入ってー」
「う、うん、お邪魔します」
中に入ると、大分片付いており、後は窓を設置する作業だけとの事で、電気も動いており、冷蔵庫もそのままだ。
「良く盗まれないよね」
理美も流石に怖く無いのかと呟く中、亮達大人が見回りをしてくれていた。
「一応、大人の我々が見回りしているし、イタズラ目的の人とかもマトモな人間なら普通はしないよ」
ここで光喜はもう恒例に近い誤魔化しを聞いてみる。
「で、なんて誤魔化したんです? 今回は?」
亮はえっとと言いながらスマホを見てそのまま伝えた。
「確か、ブレーキとアクセル踏み間違えた老人による不幸な事故、幸いな事に皆無事」
「あっ……成る程」
因みに送り主は無論坂本だ。
前々から思っていた事を理美は口にした。
「いつも思うけど、よくそれで話通るよね」
もはや何処かの創作オカルトサイトでよく見るカバーストーリーが目の前に繰り広げられているのだから言いたくもなる。
亮からすれば、よくある事と笑いながら言うが、あの時の火災はこちらも予想外だ。
「ニュースにはならない様に口止めしてますしね、でもあの火災は流石に……」
由梨花がひょっこり皆の前に立って聞く。
「何の話?」
光喜はどう誤魔化すかも面倒になって笑顔に変わって正直に言ってしまう。
「カバーストーリーがよく通るなぁって話」
「???」
まぁ子供なのだから怪訝な顔になってもおかしくはない。
ついでとばかりにこれも聞いてみた。
「ところで、優紀君はどんなお話してるの?」
そう最近見ていない優紀が何をしているのかだ。
「ううん、あまりでもたまにお話しする感じで、メガネのおじさんが凄いお目目でこっち見てる」
『ユダは何考えながら凄い形相で見てるんだろ?』
そもそも、一々話を聞き耳どころか立ち会っているのもおかしいだろう。
「よく、その人一緒にいれるよね?」
「うん、良く分からないけど、皆優しいしね。優紀お兄ちゃんはずっとプクッと膨れた顔してる」
これは不服な顔だ間違いない。
ユダに対するムカつきだろうか、そういえば一度ムカついた顔でユダに突っかかっている冬美也を見たので、これは家族からもそんな顔で見られているに違いないだろう。
そんな中で、亮が恵麻に今の由梨花を聞く。
「どうです宮野さん、由梨花ちゃんの体調や心境の変化は? 既に効果はあるのは分かっていますが、見えない所とかなど」
恵麻は嬉しいのは嬉しいがこうなるとはと言った顔で話す。
「ちょっと前までは殆ど敬語で、でも今は敬語も抜けて我儘放題、もう大変です」
「でも、これからはその辺の我慢とか分かってきますし、小学校入った辺りで大体は落ち着く筈――」
そのまま大人同士の会話が始まってしまい、こちらはどうするかと思っていれば、理美が自身のカバンからウサギのぬいぐるみを出して来た。
「これどうぞ」
「良いの⁉︎」
「良いよー、この間ゲームセンターで1発取りに成功した戦利品のあまりだから」
由梨花は渡されたウサギのぬいぐるみを見て大喜びだ。
恵麻はお礼という名の謝罪をするも、理美からすればあげて喜んでくれるだけでも嬉しい。
「すいません、うちの子に」
「良いですよ、こうやって喜んで貰えるとこっちも嬉しいです」
亮はまだ渡していなかったコーヒーショップで繕った品を渡す。
「これどうぞ」
「ありがとうございます。今これでお茶にしますね」
それからはコーヒーと菓子が出され、亮と恵麻は今の現状等今後の話を改めて話し合い、光喜達と言えば、由梨花と遊んでいた。
あの時は色々あった為遊んではいなかったが、由梨花は本当に遊ぶのが好きで、絵本も読んだりおもちゃで遊んだりとにかく本当に良く遊ぶ。
そうして亮と恵麻の話も終わった後、光喜達も帰る事となった。
かなり楽しかったのか、まだ遊び足りなかったのか、由梨花は寂しそうだ。
「もう帰るの……?」
「うん、でもまた遊びに来るから」
「また遊んでね‼︎」
「それじゃ、またね」
光喜と話し終えると、今度は理美を見て先ほどのぬいぐるみのお礼を言った。
「うんまたね、お姉ちゃんぬいぐるみありがとう!」
「どういたしまして」
それを見た後、亮は恵麻に言う。
「ではまた別の者が伺うかもしれませんがその時に」
「はい、分かりました」
光喜達は宮野家の家を後にした。
黄昏れ時、こうなるともう帰るしかない。
「君らを送ったら、俺も本来の仕事へ行かないと」
亮がそう言っているので、どんな仕事をしているのか気になった。
「仕事? 亮さんは何を」
「ん? 気になる? 動画配信者だよ」
2人してドン引きして離れてしまう。
せめて動画配信者では無く、もっと違う職業についてほしかった。
「えぇーそんな引く?」
当人からすると不服だろうが、こっちからすると有名人がしょうもない事をしている姿にこっちだって引いてしまう。
いや、まだだ、配信者なら複数のアレがある。
理美が代わりに聞いてくれた。
「ならどんな? 配信者なら自分で映ったり、アバターで映ったり、なんなら解説する為のゆっくり的な?」
「ハムスターの声の解説動画作ってるよ」
あの緑の枝豆妖精か。
より真っ青な顔で光喜がドン引きした。
「うわぁぁ」
「君らも見る? こう見えてゴールド行ってます」
そう言って、QRコード入り名刺をくれたが、理美が意外な言葉を言ってしまう。
「私、ニコッと動画しか見てない」
2人して言った。
「コア!」
「コア過ぎませんか⁉︎」
日本独自の動画配信サイトだ。
「いやぁ、そもそもビィチューブ自体あまり見てないからさぁ、あっちだとなんか落ち着く」
理美のそう言う感覚にはあまり共感が湧かないものの、亮も一応他のサイトにもあげるべきかと考えるきっかけとなった。
「そうなの?」
「おいおい、そっちにも動画配信を考えておきます」
その時、誰かが待っているのに気付く。
「うぉう! 冬美也、何してんだよ?」
「こっちのセリフだよ、てかあの後何処に行ってたんだよ?」
そもそも連絡くれればこう驚く必要ないのだが。
「普通に由梨花ちゃんの所、亮さんと理美ちゃんとで」
伝えると、冬美也はどう言うわけかこんな事を言った。
「そう……か、オレが理美を送っていいか?」