力に愛されし者
光喜はすぐさま、クライヴを押さえ付けようと重力を使う。
しかし上手く本調子にならない。
とても微弱だ。
慌ててニュートンを見るも腹を空かせている様には見えない。
そのままの勢いで光喜が吹っ飛んだ。
ザフラに吹っ飛ばされた時の対処法を学んでいた為、吹っ飛んだ瞬間に自身の重力を更に掛ける事で重さで飛ばずに済み、すぐに重力を戻す。
実際、その間に何十回もそれを交互に行いつつも、内臓や脳の負荷を考えないと行けないと言われており、運よく上手く行ったとも言える。
連絡をしようにもクライヴがそれを許さない。
恵麻も逃げようにも恐怖で足を掬われ、由梨花も何が起きているか驚き動けない状態。
とにかく、恭輔と優紀に連絡を入れて欲しいと言いたいが、クライヴはすぐに光喜の喉を掴み、宙吊りにする。
「お前、分かってんだろ? イビトが危険だって、管理者間でちゃんと教わってるのに何故守ろうとした? どうせ死ねば世界に食われ消える運命だぞ?」
「それでも、生きて幸せだったって、思って欲しい! 選別するなら、世界が決める事だ、俺達、じゃ、な……!」
言い返すも、一気に力を込められ意識が遠退く。
ずっと力を使っているのに全然力が――。
「止めて、私なんだよね? だったら、お兄ちゃん達にも、お母さんにも手を出さないで」
いつの間にか恵麻から離れ、由梨花がクライヴに言った。
「ふん、お前はこの状況を分かっているようだな」
光喜を離し、クライヴは由梨花に近く。
必死に声を出したいが絞められた後だ。
簡単に声が出ない。
「ゲホゲホッ……! 由梨花……ちゃんダ――」
由梨花に近付きたいのに、力が入らない。
このままでは――。
いきなり窓ガラスが割れ、クライヴを蹴り飛ばす。
長い黒髪の男が立っていた。
「ドゥラ‼︎」
「主、心配しましたよ! ワン切りされて!」
この時、優紀は真顔で答えた。
「ごめん、兄ちゃん達に助けを呼ぼうとして間違えただけ」
「ぉぅ……」
ドゥラは一気に落ち込んだ。
光喜はそんなやりとりする暇があれば、早くこの場から逃す方を選ぶ。
「そんな事より! 今は君達も恵麻さん達も早く避難して!」
『雷神が居ない……呼びに行ったのか?』
気が付けば、雷神が居ない。
辺りを見渡しても巻き込まれた様子もない。
恭輔も一体何が起きたのか分からず呆然とし、恵麻も由梨花を連れて逃げようとするも由梨花自身動こうとしなかった。
「由梨花、逃げるわよ」
「ダメだよ、私が居るから……皆……」
恵麻はこの状態のまま運ぶと言う選択肢もあっただろう。
しかしそれをせず、今の本心を語り抱きしめた。
「由梨花! あなたは代わりじゃない! あなたは奴隷でも無い! 由梨花は由梨花! 絵梨花もあなたを妹として望んでいるのなら、あなたはもう家族! これ以上家族を失わせないで!」
その間、クライヴは起き上がり、ドゥラを見て声を荒げる。
「誰だ、貴様は⁉︎ 何故邪魔をする! コイツは――」
「幼気な少女に手を出すとは、なんともいかがわしい、マダム早くレディを」
めちゃくちゃドゥラに対して引いていた恵麻だが、言っている事は正しいのですぐさま由梨花を抱っこして逃げ出す。
「ほら、恭ちゃんも!」
「う、うん……!」
逃げようとするも、クライヴがこちらを見て何かをしようとした。
恭輔ではなく、優紀に対してだ。
「この小僧が!」
「ひっ!」
優紀がクライヴの殺気に触れ、怯えてしまうも、ドゥラがクライヴを手刀で吹き飛ばした。
なんでドゥラは力が使えて、こっちは使えないのか分からない。
「なんで力が使えないんだニュートン?」
「知らん、こっちも腹は持っているから、多分力に愛されし者の影響だろ?」
ニュートンからすれば、この状況からして愛されし者の影響だと言うので、一体どう言う事か聞けば、まさかの答えが返ってきた。
「影響って?」
「愛されし者は異能と若干異なっていて、同じ異能の場合、無効化する。ただコイツの場合は無効化と言うより、弱力。力を弱めるに等しい」
そう、愛されし者の影響で同じ異能なら無効化する。
さらに言えば、力は単純なものだけで無く異能を極力弱く出来るのだ。
しかしここで疑問が残る。
「でも、ドゥラって人普通に使えてるんだけど?」
「力は必ずしも筋力とは違う。アイツは多分力を殆ど頼っていない」
「はっ? 頼ってない?」
起き上がるクライヴは力を使っているのに、一向に力が弱まる事もなくあっさりと吹き飛ぶのに納得が行かない。
『くそっ! コイツにも力を弱めているのに』
「よく起き上がりますね? 主はすぐにお友達と」
ドゥラに促され、優紀は恭輔と逃げる際、ある事を言った。
「分かった、ドゥラ、絶対に負けるな勝てよ」
「承知いたしました」
深々とドゥラはお辞儀をし、クライヴも手を出そうにも相手がどう動くか分からず、見送るしかない。
「兄ちゃんの友達も!」
「そうだよ! 今は警察とか呼ばないと!」
優紀と恭輔は逃げる選択を押すも、管理者として戦おうとする光喜、それに対してニュートンは足手纏いと言い切り、自身のアースにここまで言われたら大人しく従うしかなかった。
「いや俺――」
「お前も逃げるぞ、この状況だ、お前は足手纏い!」
「ゔっ……分かった行こう」
そのまま優紀と恭輔と外へ出ると共に日向とジャンヌが門の前に居る恵麻達を保護しているのが見え、光喜が言う前に優紀が先に話す。
「すいません! 今変な奴入って来て、知り合いが食い止めている間に警察!」
「分かった! だがまずは安全な所へ」
ジャンヌが優紀達、宮野親子を連れて安全な場所へと連れて行く中、日向は光喜が無事かを確認して来たので、光喜も雷神が連れて来たものばかりと思って話すも、そばに居ない事に気付く。
「光喜、大丈夫か?」
「受け身は取れたのでなんとか……あれ? 日向さん雷神は? 緊急で呼びに行って」
この時、自身のアース雷神が一緒で居ないと言うだけで理解してしまった日向は慌てて走り出す。
「――しまった! やられた!」
「どうしたんですか?」
光喜も後を追うと日向言う。
「君に雷神を付けた後、時間をあけてから向かったらこの始末、だからきっと君とずっと一緒と思ったんだ」
「えっ? 吹っ飛んだ時にはもう居なかったから、急いで……」
「アースはお互い出現しないとお互いが見えない。その一瞬を突かれたセッシャーに、今雷神の気配を追っている」
まさか、日向のアース、雷神が連れ去られているなんて思いもよらなかった。
そのせいか、若干力が弱まっているのを日向自身感じている。
ニュートンは不安がる光喜に対し言う。
「アース自身お前らが怪我しなければ、こちらも怪我もしないし、血も出ない。イレギュラーさえ起きなければな」
「あの時みたいな?」
「そう、あの空間で起きたようなイレギュラーがな」
何かがやって来るイレギュラーさえ無ければ、基本アースは無傷だ。
「とにかく、セッシャーを捕まえないと、クライヴはずっと暴れたままだ」
日向がピッチを上げて走ると、光喜も頑張るも置いてかれてしまった。
一方その頃、屋根の上をヒュンヒュンと飛び移りながらセッシャーが雷神の尻尾を掴んで何処かへと向かっている。
「離せこのやろう!」
「誰が離すかバーカ! どうせあのガキのダチなら見えない協力者を先にやれば良いんだよ」
腹を立てた雷神が振り回す勢いを利用し、セッシャーの手に噛み付いたが、あちらも毛に覆われた獣、然程痛くも無いようだ。
「ガブッ!」
「はっ、痛かねぇし」
その時、少し離れた下を見ると、冬美也と理美が見えた。
冬美也をよく見ると、かなり焦っているように見える。
それもその筈、自分の弟からのSOSだ。
慌てない筈が無い。
「みーつけた」
噛み付く雷神を無理矢理引っぺがしたかと思えば勢いよく振り回し、誰かに向けてぶん投げた。
理美の方だ。
予知が出来ないと言っていたように、理美は雷神が飛んで来たのに気付いていない。
「わぁぁっぁ退いてえぇっぇぇ!」
「はぇ⁉︎」
声に漸く気付いた頃には間に合わず、お互い思い切り顔にぶつかってしまう。
理美も勢いには逆らえず倒れてしまう。
いきなり倒れた理美に冬美也がすぐに駆け寄る。
「理美⁉︎ どうした、大丈夫か⁉︎」
「まずは1人!」
冬美也を蹴り飛ばそうと飛んで来る。
何も見えない筈。
ところが、冬美也は的確にセッシャーの顔面にパンチを入れ、逆に吹き飛ばす。
『はぁ? 今のはなんだ? 流石に偶然だろ』
セッシャーは壁にぶつかる前に体制を整え、飛び出したかと思えば、理美の顔にへばりついた雷神を掴んで、今度は光喜達の方へと走り出した。
「あっ待て!」
冬美也の声にセッシャーはある違和感と確信を得てしまう。
『こいつ……見えてやがる! 神眼でも無いのに何故⁉︎』
ずっと後ろを見ていたら、今度重力の影響を感じ、飛び跳ねた。
「あっぶな、新人君か」
上手く躱され悔しがる光喜をよそに、日向がセッシャーに殺意むき出しに言い放つ。
「セッシャー、雷神を離せ!」
「やーだね、お前も癖ある奴だったが1番使い熟しているんでね」
日向が力を使おうにも、やはり雷神が苦しんだ状態でいると力が入らず、電撃が届かない。
しかも相当力を込めているが、光喜から見て分かる。
あの力の余分、余裕さが無い。
それだけアースとの共有は必須であるのを目の当りにした。
「なら、ボクとやりあおうじゃないか!」
ジャンヌが向かって飛んで来る。
勢い任せでセッシャーを攻撃するも、セッシャーは瞬時にセフィラムを見つけて、物凄い速さでセフィラムの目の前まで行き、蹴り飛ばす。
対応が遅れたセフィラムは倒れ込むと飛んでいたジャンヌが急激な力の現状でバランスを崩し、落ちてしまうも、その辺も経験からだろう受け身を取って大事に至らなかったが、今度は理美の方を見てアースを先に仕留めてしまう作戦に出た。
サポートなのにどうしてと言えば、多分逃げ出すと今度は全ての生物を使ってクライヴを追い回すのは明白だ。
なら、一度場を崩し、動けなくすれば、しばらく力も使えない。
経験豊富なセッシャーならではだ。
しかし、それも意外性を除けばの話。
理美のアースが出ているのを見れば、油断しているように見える。
「あら? こっちに来たの?」
そう言って、タイミングよくセッシャーの腹を殴ったのだ。
しかも綺麗に躱してセッシャーが1番油断し防御の無い場所、かなり効果的だったようで転がり落ちた。
「ゲホッゴホッ! はぁ? お前殴るタイプかよ!」
「人もアースも見かけによらないわよ? それに教えたのはその後ろの人だし」
「何かあったら、アースが対処する。あなた方がやっているやり方をしているのだから至極当然でしょう?」
薙刀を持った琴の姿だ。
「しまっ……!」
セッシャーが逃げようとするも、目の前には小狐丸とアース、上には既にセフィラムが元に戻った事で再度ジャンヌが飛び、このまま大人しくしていれば良いものを、セッシャーはそれでも隙を狙って飛び出そうとした。
「今!」
だが、不意打ちで重力が遅い潰れてしまう。
「ふげっ!」
光喜が重力で押さえつつ、琴が指示する中どうなったのか日向に聞く。
「このまま、クライヴは?」
「とりあえず、他の応援を頼んでいるから大丈夫、な筈だ」
日向も放置して来た訳ではなく、仲間が居ると言う状態だからこその動きだった。
琴が薙刀を仕舞いながら、言う。
「それなら、私が行きます。コイツ動き出しても別に良いですが、基本そこまで刀とかって振り回すのに力入りませんし」
「聞いた事あります、刀って押すより引く、ノコギリみたいな感じだって」
「姿勢と見切りが出来ていないと居合いはまず出来ないからな、さてそろそろ私の雷神を返せ、このドラネコモドキ」
殺気だったままの日向に対し、かなり力を込めた重力が掛かった状態なのにセッシャーは無理矢理起き上がり言った。
「絶対にヤダね! 貴様ら、本気のクライヴをぶつけてやるよ!」
その直後、勢い良く戻って行く。
「あーもう! どうして動くんだか!」
ジャンヌも怒り心頭な中、光喜が本気で掛けていたのにどうしてと戸惑っていると、ニュートンがいつの間にか倒れており、一言により光喜は離脱が決定した。
「せっかく捕まえたのに弱かったかな?」
「……腹減った」
「今⁉︎ 持っているまがい物は⁉︎」
「全て……食べ尽くした」
「うっそだろおい!」
理美も起き上がり、安全な場所に避難させた宮野親子が心配だ。
とにかく一度戻るしかなかった。