セッシャーの挑発
「見えない異能連れて、イビトを護ろうって算段だろ? バカだねぇ、どの国も移民、偽難民とかで侵略されつつあるように、大きく見れば異世界のイビトからの侵略を阻止しなくてはいけないだろ? それを考えて行動とって何が悪いんだ? 新人君」
セッシャーが笑いながら話す姿に、理美のアースが険しい顔になるが、こちらのアース、ニュートンは真顔でセッシャーに言った。
「誰だっけ?」
いや、忘れているから誰なのかと聞いている。
「一度会ってるだろ!」
「おれは会ってない」
よく考えてみると、会っていない気がしてきた。
会ったのは光喜だけで、クライヴに対してはそもそもコンビニで買い物しなかった人として認知しているくらいだ。
改めてセッシャーが言う。
「セッシャーだ! よく覚えておけ!」
その間にもいち早く連絡をしているのは冬美也だ。
セッシャーは再び口を開く。
「今回はそっちには手を出さないよ。明智もナイチンゲールも面倒な力だ。ジャンヌダルクも今どうせあっちにいる。なら先に潰すならこっちだろ?」
この瞬間、見えていない冬美也とフィンにセッシャーが襲う為に飛び出した。
セッシャーみたいなタイプはタチが悪い。
他のアースは基本戦わず、異能、能力を流す事を優先するのだ。
しかし、こういうイレギュラーなタイプがいると言うのは本当に厄介で、見えていない協力者を先に潰す事すら考えている。
慌てて能力を使おうとするが、セッシャーの速さに追いつかない。
セッシャーがフィンの顔面に膝を入れようとした時だ。
「お前達、一体何をしている?」
声と共にフィンが煙のように消え、代わりにアダムがセッシャーの膝を掴んで投げ飛ばす。
セッシャーはバランスを崩すも土壇場で着地した。
「おま、いつ居た⁉︎」
「つい先程、連絡を貰ってね」
内容は伏せているが、セッシャーには誰か分かるも一度深呼吸して苛立ちを抑えて話す。
「はぁ……! アイツか! ふぅ、昔はあんたもこっちだったのに、ちんけなドラゴンに唆されてこのザマだとはねぇ、昔のあんたなら、見つけ次第殺してただろ、リムワトソン?」
セッシャーの挑発とも取れる行動に皆、緊張が走るも当のアダムは一切気にしない。
「昔の事をねちねちねちねち、今を見れないのかね、君らは?」
「はっ! よく言う! ガキも赤ん坊ですら手に掛けていたお前がよくしゃあしゃあとガキの学舎を作ってんだか!」
再度、突っ込んで来るも煙に撒かれ、動きが鈍くなる。
「ふん、それはそれこれは、これだよ」
そう言った後、セッシャー以外誰も居ない道にただポツンと立ったまま、いつ幻覚に惑わされたのか分からない。
「くそっ……!」
探しに向かうかと悩むも、クライヴがセッシャーの元にやって来た。
「セッシャー、どうやら奇襲に失敗したようだな」
「ごめん、まさかあの小娘の方のアースが勘付くとは……!」
理美のアースに勘付かれたと言うのにも腹を立てていたようだが、実際には揶揄う予定が狂ったと言った所だろうとクライヴは言うが、そっちも上手く行かずと言った感じのようだ。
「どうせ、揶揄うつもりだったんだろ? こっちも隙狙ってやろうとしたが、別の管理者がこちらを除き見ている」
「連絡した奴、絶対諸葛だよ!」
ずっと騒ぎ続けるセッシャーに対して耳を抑える仕草をしながら、クライヴが言う。
「上手く行かなかったからって煩いぞ」
「へぇーんだ、どうせ聞こえているのは管理者か番人位だよ」
「神眼を忘れているぞ、とにかく一度離れる、が、場所がきっちり特定出来て分かりやすい連中だ」
アースは特殊だ。
幽霊や怪異等とは違う、まして神や悪魔でもないもっと違う存在。
異世界からの異物とされる存在を駆逐しなければ、本来辿るべき末路、本来あるべき未来が変わってしまう。
万が一それを良しとする者が居れば、世界は廃れ、混沌となる運命を辿る。
神が寛大な御心で良しとし、悪魔がその甘美に浸る為に呼ぼうものなら、こちらが裁く存在。
だからこそ、この世界を護れるのは管理者だけだ。
今やそれを忘れた管理者達にクライヴは憤怒していた。
皆一斉に走り、十学の中等部付近まで来て、冬美也とフィンは脇腹を抑えながら走り続け、ようやく巻いたのが分かり、皆息を切らす。
安心して光喜が言う。
「ビビった……」
アダムは一切息を切らしておらず、皆に謝罪する。
「いやすまん、亮から連絡は前々から貰っていたのだが、仕事が立て込んでて」
セッシャーの言うアイツとは、どうやら亮と分かったが、それよりも気になるのが1つあった。
「てか、矛なの初めてな気がするんですけど」
あまり気乗りしないが、あの挑発を聞いてのらりくらりと躱した所で、余計拗れるのは見て分かる。
仕方がないとアダムは話す事にした。
「大昔だ、その頃はディダもある程度理解は示してくれてたんだが、子供のイビトを売り買いする組織があり、壊滅させる為、組織も子供のイビトもろとも殺した」
この時、前から知っている理美も冬美也達も怪訝な顔から驚く表情へと変わって行くのが分かるも、光喜はあえて先程のセッシャーの言っていた話について聞く。
特に1番印象に残った言葉にした結果、あまり触れて欲しくないと言いたげな顔でアダムは返す。
「赤ん坊も?」
「あぁ……ただ、逃げ延びた子も居た」
冬美也もだんだん、この辺で理解出来、もう答えを言ってしまう。
「何となく分かって来た、ディダが拾ったのを見て殺したんだろ?」
「……」
流石に重苦しい空気となる。
これは下手すると一気に仲間割れとは行かないが、この状況で万が一戦闘等になったらきっとこっちがやられてしまう。
そんな時だ。
「まぁそれもあって、喧嘩別れしたんよね、アダムとディダが」
少年の様な獣耳を生やし、半獣の様な姿のアースが現れていたのに光喜が気付き驚いた。
「うぉぉぉおぉ! 気が付いたらケモ耳の子が居る!」
またオーバーリアクションと呆れるニュートンを他所に、理美のアースが話し掛ける。
「あら? オースお久しぶりね」
オースも久しぶりとばかり軽く挨拶したかと思えば、アダムの昔話は続く。
「お久、まぁその影響で、色々考えた後矛から盾に代わって、皆からもオリジナルの影響力がって言われていたし、日本にディダと一度話し合うって時、久しぶりに再会したらイビトの子供を匿ってて、手を出そうものなら殺す勢いあったから、誤解を解くのに苦労したんだよね」
「その話はもうおしまいだ。君らには分からないだろうな。世界の為と銘打って活動をしていたし、エネルギーとして循環を正そうとした末路だ」
あまりこれ以上話を続けて欲しくないとばかりに途中中断してしまうも、返って気になって仕方がない。
ただ他も過去の関わりを触れたくない者はたくさん居る。
「気になっても、もう聞くなって事でもう良いだろ? オレらだって、アダム達には話したくないものは話していないし」
冬美也もその1人、これ以上してもお互いただただ嫌な気持ちだけになってしまう。
アダムはただ一言申し訳なく言った。
「すまん……」
ずっと聞いていた理美は矛でも盾でも誰かがブレーキを掛けてくれない状態が続いていたのだろうと思い言う。
「大義名分と言うかなんと言うか、戦争は勝った者のみ与えられた名誉、名声と言うか、きっとこれが正しいを続けた結果、誰かが止めなかったからこうなったんだよ」
正義の暴走とも言うべきだろうか、どんな状態でも誰かが止めなければその暴走は正義でも悪でもなくただの馴れ合いになってしまっていた。
ただし、アースはアダムの行為を決して否定しない。
「そうね、時代のせいにしては行けないけれど、そうでなくては今が無かったとも言えるわ」
きっとあの時こうしなければ、今が無かったとも言え、アダムもまた誰かれ構わず殺し回ってなどいない。
ただ1つ、この世界を守ろうとしただけなのだ。
フィンからすれば、子供のイビト達もまた被害者であり、だからこそ気持ちが揺らぐ。
「せめて……子供達が売買されず奴隷や臓器移植の道具にならなければこういう問題起きずに済むなら、でもこの話に出てくるのは被害者なのは子供達だ!」
「ゼフォウ、落ち着け」
「分かってる! 分かってるけど……」
信用しているからこその事実にどう向き合えば良いのか、本人も分かっていないのだ。
きっと子供達を思う気持ちとアダムに対する気持ちがぐちゃぐちゃになっているフィンを宥めるにはまだ浅はかな自分では無理だろう。
でも一度話しておかないと後々後悔する。
「フィン、ねぇ少し俺が思った事言ってもいい?」
「なんだよ、思った事って? 場合によ――」
言い方によっては言い負かす気でいたフィンだったが、光喜の意外な言葉でそんな余裕が一気に吹き飛んだ。
「俺もいつかはそういう場面に会ってそういう子供達を殺すかもしれない」
「はぁ!? なんでそんな事を言うんだ! お前あの子を」
守るのは分かっているし、自身もそういうのを一番理解している。
子供を殺めるのは持っても他だ。
でもそれは世界にとって考えれば、きっと自然の一分にしかならない。
だから、そういう考えを持って行動するようになってしまえば、クライヴと然程変わらないだろう。
「分かっている。でも、何回も何回も繰り返す内にそういうのって慣れてしまう。だから俺をその前に止めてくれるか?」
フィンからすればいつかが来る頃には自分は生きていないのにと思っているが、光喜すれば今お願いなければ信頼とは言えない。
「俺ら2人協力者であって、何回も生き返るわけ」
「だからこそ、今を止めて欲しいんだ。間違いかどうか、お前に託したい」
「……分かったよ。止めてやるからそう迫るな」
結局、迫って来る光喜の圧に負けてしまったが、フィンは嫌なモヤモヤも少し晴れた気がした。
「如月君すまん、迷惑を」
アダムが光喜に謝罪すると意外な言葉が返って来て、確かに初めて出会った時からずっと彼なりに考え答えを見出そうとしていたのだと知る。
「違います、同じ位の歳のイビトを手に掛けなければ俺の方が死んでいました。だから、もしこれがもっと小さい子供のイビトならと度々考えてしまうんです。精神が幼い子供がおかしくなった状態でこちらに襲い掛かったらって、これも良いかどうかも分からないんです」
「そうか……君は君なりに考えているからこそのお願いだったんだね」
ようやく気持ちも落ち着いたフィンが少しだけ寄り添う姿勢を見せてくれた。
「アダム、アダムはどうして矛から盾に? ディダにって言うのもあるだろうけど、他にもあるんじゃないの」
結果としては他は特に無く、そのままディダに諭された側となり、アダムなりに考えただの殺人鬼ではと考え一旦矛から離れたは良いが、どちらとも警戒されて孤立しけており、回りも引くほどだ。
「い、いやぁ、自分もこのままだと無作為の殺人鬼と変わらないんじゃないかと一度考えてから盾側に回った時、盾の管理者達からの疑う目と矛側の管理者の敵意と白い目が正直キツくて、一時孤立し掛けたから……」
少し引きつつ理美が今の状況を聞くと、理解をしてくれる管理者も中にいて、しかもジルがわざわざ盾側に移ると事でなんとか場を納めた辺り、なんだかんだ仲が良いんだなと思った。
「でも今は皆ゆるいよね?」
「今はな、日向とジャンヌとジルはその辺気にしていなかったからまだ耐えられたし、ジルもこっち側に移ってくれたから少しだけその視線は消えた」
会話もそこそこにして、一度日向に連絡を入れれば、やはりあの近くにクライヴが出たらしく、連絡するよりどうやアミーナが、この近辺に出た時用にクライヴだけを見張れるように少し特殊な方法で見つけたらしく、それを亮に連絡したとの事だ。
とりあえず、今日はアミーナの網にクライヴが片足を引っ掛けている以上、余計な事は無いだろうと判断しつつも先の話ように見張りは継続していく。
今回はアダムが来たから無事だったが、まだ経験が低い子供達には酷なのがよく分かる一夜だった。