警護の為に
次の日の朝、学院にて冬美也の絶望しきった姿を目撃する。
「おは……うぉあ!?」
「よぅ、光喜、お、おはよう……」
「おはよう、てかどうしたの? そんなにやつれて?」
「昨日、お前が帰った後、元主治医から鬼電があって、うるさいからブロックと着信拒否したら、深夜に何故か部屋破られてて」
『ごめんなさい、冬美也、多分送られた後に連絡しようとしたけど、帰って早く寝るよう言われて……なんて言えない』
「社長、知ってるだろ、その顔」
「なんのこと?」
「こっち大変だったんだぞ? 急に来てドアめちゃくちゃ叩くし声聞こえるしで、絶対お前が起きてもおかしくないレベルなのに、お前全然反応しなかっただろう?」
フィンの迫る顔、そして目力、あそこまで迫ってくるとどう躱せばいいかと悩む。
こう見えてあんな夜遅くだったので、シャワー浴びたら早々に眠ってしまい起きる気すらなく、寧ろ気付いてすらいなかった。
「そ、そういえば、俺、今日ちょっと用事があるから部活行けないから」
今回の事を話そうと思っていたが、ナイチンゲールのせいで結局相談出来ず仕舞いだ。
そっかそうかと声を漏らしながら、スマホを片手に冬美也も光喜に迫った。
「……オレもちょっと理美と会う約束あるからな、行き先一緒なら言った方が良いぞ?」
内容は、昨日の話でクライヴの捕縛とあの子供の話で今日一緒に行こうと言う誘いだ。
あぁぁと悲鳴を上げながら顔を隠す。
そうだった、そうでした、理美に一応口止めすると言う事も出来たのにどうして忘れていたんだと光喜は深く後悔する。
ちなみに口止めの後悔は即座にフィンに突っ込まれた。
「口止めだけじゃないからな」
どこで察したのか少々恐怖が湧く。
そしてあっという間に放課後だ。
会う約束の場所まで男3人だけで行く。
半ば強引ではあったが、事の事情を話しながら向かい、その後どうなったのかを改めて聞いてみたがやはり修羅場だった。
「ところでさ、俺さ眠っててさ全然気づかなかったんだけど、何があったの?」
「めちゃくちゃだよ、優紀も何が起きたか分からず、親父に連絡し始めてたし」
フィンですら朝の状況からして案の定被害に遭っており、顔色が朝よりは良くなっているが相当なものだ。
「俺はあの人苦手だわ、冬美也も良く相手したなぁ」
「相手したんじゃない、一々難癖付けてきてイライラする」
帰りの車での出来事もあってか光喜はフィンと冬美也に同情する。
「あー、寧ろ自分は覚悟あるからって言う慢心? 欺瞞? あれは非常に困るよねぇ」
「お前が言うな、大体アイツ保護者でもなんでもないのに」
冬美也からすれば、赤の他人だが、恩人なのは間違いないだろうと思っているが当人はもう忘れていた。
「でも治療してくれたんでしょ?」
「……かなり昔でほとんど覚えとらん」
フィンもあのやり取りを見ており、流石に腹が立っている雰囲気だ。
「だからって冬美也に対してあれは無いよ。別れさせようとするなんて」
「覚悟って言ってるけど、アイツだって覚悟なんてない。ただのリア充共に難癖付けるお局だお局」
冬美也のナイチンゲールに対しての印象は的確についており、納得してしまうが誰かが問う。
「あー」
「あー」
「誰がお局だ?」
一気に皆が距離を取り、言った当人の方が平気と言うありさまだ。
「ぎゃぁぁっぁぁ!」
「出た地雷系お局」
本気でフィンも光喜もドン引き。
「冬美也ぁぁぁぁ! なんて事言うんだよ!」
「嫌いだからってそういうの!」
2人をよそに、冬美也はナイチンゲールに聞く。
「なんでいるんだよ、仕事どうした仕事は?」
確かにこんな日本にまで来て、集会の為だけに来たのなら、それはそれでかなりの変わり者と言うべきだろうか。
しかし実際には日本に移転したらしく、しかもわざわざ総一の働く病院だ。
「今日は休み、明日から総一と一緒の仕事場だ」
「……最悪じゃねぇかぁ」
酷い落ち込み様の冬美也だった。
そんな時、合流付近で理美がやって来て、皆に気付く中、どういう訳かナイチンゲールに対して昨日に引き続きとんでもない事を言う。
「冬美也、あれ皆も……後、姉を使って険悪なった人」
ますます端折った内容にはナイチンゲールもそりゃ怒る。
「どういう意味じゃそれ‼︎」
正直昨日より意味が分からない。
ただ回りからすれば、よくそれをやるなと言った感じで息を呑みつつも驚く。
『弄んでらっしゃるだと⁉︎』
理美はスマホを取り出し、どの近所かも既に見た後らしく、まだ帰ってきていないらしいがどういう訳か友達の家に誘う。
「由梨花ちゃんはここ美空の住んでいる家の近くに住んでるらしくって、先に見たらまだ帰って無いっぽいからちょっと寄る?」
確かに家の周りをうろついていれば、不審者で普通に通報者だ。
後はそう、その間にどこか別の所でとなると住宅地に店やコンビニなんて大通りに出るまで無いに等しい。
近所にやっている喫茶店とかもあるだろうが、流石に噂が流れてしまうだろう。
ナイチンゲールは時間も考え、全員で見張っていても仕方がないので、理美の提案に乗りつつも自分は別の場所で見張る事にした。
「私は別の場所で見張っているからあんたらは理美のいう所にでも言ってなさい、帰って来たら呼ぶから」
ただ光喜からすれば、高校生男子を連れて行っても迷惑にならないか不安だったが、理美はその辺も連絡済みだ。
「えっ? 大丈夫なのそれって?」
「大丈夫、行く前に連絡したら美空も良いって言ってくれたから」
冬美也は中等部の生徒は全員寮に入っていないといけない。
「中等部は皆寮だろう? 良いのか?」
「良いよ、美空、今日心療内科の日は家に居るからって」
どうやら理由がある為に外泊を許可されているようだ。
「まだ治ってないのか」
そこからまた怪しい会話が繰り広げられる。
「いやぁ連れら去られたのもだったけど、背中の傷がまだ思い出すって私の」
「理美も親父が治せる医者紹介したんだから行けよ流石に」
「――!?」
声にならない声で驚く光喜を放って、ナイチンゲールは言う。
「ちょっといい加減、皮膚移植とか考えなあんたは」
「えぇ、注射ヤダ」
「いい年した奴が何を――!」
そう言っているが、実際大人になっても嫌なものは嫌なのであると知るのはもう少し先である。
いつも社長としか言わないフィンがそっと肩に手を置く。
「如月君や、アイツらの話題についてけないのも分かるが、どういう事かはね?」
「お、おう……!」
もうこれは察しろと言う事だ。
そんなこんなで行く事となった。
この住宅地は立派な家が多いので、きっと高級な分類なのだろうか、かなり自分が浮いている気がした。
その中にかなり立派な一戸建てがあり、早々驚く光喜に対して久々に来たなと男2人が遠い目になっている。
「気にしないでーいつもの事だから」
「へっ? いつ、へっ?」
そう言いながら、理美はチャイムを鳴らせば、インターホン越しから声がした。
「やほー、今来たよ」
「分かった今開けるから」
10秒位の誤差で扉が開けば、栗色の桜夜とは違う緩いウェーブの女の子が出てきた。
「今日の学院以来」
「うん、今日の放課後以来だね、先輩達もいらっしゃい! ……この人は?」
「如月光喜です、よろしく」
光喜が自己紹介すると女の子は友達のジュリアと桜夜の名を出し、意外知られており少々緊張する。
「あぁジュリアと桜夜から聞いてますよ。優しい人だって、どうぞどうぞ」
理美は改めて光喜に女の子を紹介した。
「そしてこの子が、姪の嘉村美空です」
「叔母がお世話になってます」
「――⁉︎」
固まった、本当に光喜が固まった。
「美空には話しているからなぁそらそうなるわ」
「一応、社長にも話しているのかはここで分かる仕組みですよね、はい」
冬美也もその実情を知っており、フィンも分かっていたが、光喜は突っ込んだ。
「知らんけど! 全くもってしらんけど!」
「まぁまぁとりあえず遠慮しないで中で話そう」
理美のノリに冬美也が突っ込みつつも、普段からそうなのだろう、美空は気に求めない。
「お前の実家じゃないんだぞここ」
「恭輔帰って来てるけど、すぐ出掛けるって言ってたし良いでしょ」
フィンは家庭教師付けないのかと聞けば、友達との交流が楽しいらしく塾と相性がいいようだ。
「塾? 頑張るねぇ、家庭教師とかは?」
「いやいや、塾では友達と遊べるからってのと今日は無いから遊びだよ」
「そかそか」
「……緩い! 硬くない!」
冬美也は驚く光喜に言いながら家へと入って行く。
「普段これだからな普段は」
「人苦手なだけだから理美ちゃんって、普段はもっとゆるゆるだよ」
家に入れば、玄関先も広く、リビングまで行く廊下も広く明るい。
「言葉悪くなっちゃうけど、どんな仕事をすればこんな……」
光喜の問いに美空が笑って答えてくれた。
「あはは、お父さん苗字同じの嘉村グループの本社で第一秘書兼柔道選手として活躍中の嘉村才斗なんですよ」
「柔道で有名な無敗王の⁉︎」
相当有名な人なのか凄い目を輝かす光喜に対し、理美はそこまで興味を示しておらず、ただただそうなんだとしか思っていない。
『やっぱりそうなるんだ』
冬美也は理美の反応に気づいて言うととっても怖い表現が返って来て、フィンの方がちょっと怖がってしまう。
「理美は実兄に対して塩だよな」
「岩塩並みに、塩だよ」
『殺意増してないそれ?』
色々突っ込もうとしたが、もう疲れるから敢えて言わず、ほぼ赤の他人なのに入って良かったのか悩みつい口にする。
「と言うか、俺も来ても良かったの?」
冬美也が耳に入ったのか答えてくれた。
「大丈夫だろ? それにナイチンゲールだってどうせジャンヌ達の家に行ってる筈だ? ジャンヌは勉同にいるから、日向さん1人だけだろうな。この辺に住んでるし、お前だけナイチンゲールと一緒ってのもおかしいだろ?」
確かに自分とナイチンゲールだけで来たら、日向が困惑するだろう。
「な、なるほど」
「美空、本来なら合宿参加だったんだけど、夏風邪引いて行けなかったんだよ」
「言われて見れば……」
「本当なら一緒に遊べたのにぃ……‼︎」
よほど行きたかったのだろう、結果として言えば夏風邪引いて行かなくて良かったと思ってしまうのは、皮肉だろうか。
丁度リビングから出て行く、美空よりももっと薄い栗色でなんとなくだろうか、理美にも似てなくもない少年が出てきた。
「姉ちゃん、行ってくるな」
「恭、今日は誰と遊ぶん? 今日お母さんとお父さん遅いし、ばあちゃんも今日友達と泊まりなんだから」
大丈夫の意味が漸く理解出来た。
この様子だと、美空以外は知らないのだろう。
「最近、公園に知らない子が居てゲーム上手いから仲良くなった、そこの銀髪と同じ目の」
「……名前、優紀って言ってなかったか?」
「うん、確か言ってた、じゃ行ってくるなぁ!」
恭輔の答えに絶望的な顔で冬美也からおうと声が溢れる。
そんな状態なんて放って置かれたまま、美空が恭輔を見送った。
「行ってらっしゃい」
「いつの間に優紀君と?」
美空からもすれば本当にいつ友達になったのかも分からない。
「さぁアイツと会うのいつも心療内科の時の外泊か帰って来た時だけだし」
「だよねぇ」
リビングも本当に広く、長くL字型のソファーなんて物があり驚きだ。
そのソファーの上に良く見れば無造作に置かれたランドセルを見れば一度置いて一通り必要なプリントを取り出してわざわざA4ファイルに挟んで長テーブルの上に置いてある。
きっと帰った時でも忘れず見てもらえるのだろう。
美空がA4ファイルを台所の目立つ所に置いた後、ジュースを注ぎ、テーブルの上に置きながら聞く。
「所で今度は何に巻き込まれたの?」
「巻き込まれた前提⁉︎」
もう慣れた感じのようだ。
挙句こっちはこっちで話を濁さない。
「今回は幼い子供を猟奇殺人者から護る護衛だよ」
理美の言い方に光喜が突っ込み、フィンが流すようお願いする羽目となった。
「言い方!」
「ごめん、聞き流して」
美空としてはあまり関わりたく無いので聞き流す方向で助かるものの、本当に肝が冷える。
「うーん、とりあえず聞き流しておくよ」
「すまん、本当にすまん」
冬美也は言うが、美空もその辺突いたらどうなるか位は分かっていた。
「良いんですよ、深掘りしたら蛇か鬼が出て来そうで怖いし」
「本当にごめんなぁ、理美ちゃん慣れた場所でリラックスし過ぎよあんた」
「いやぁ落ち着きましてつい」
見れば本当に会っている時とはまるで別人であり、かなりアバウトとも呼べる。
しかし一方では落ち着かないままだ。
「俺は一切落ち着かない……!」
「でもまだ連絡来ないし、勉強する?」
理美は宿題を取り出し、ならばと美空も取り出した為、連絡来るまで間勉強会となった。