入学
引きこもりを経て、今の光喜は前の短髪を止め、ボサボサのままだが、首辺りで整え、前髪をわざと垂らし自身の顔を見えないようにし、筋肉は元には戻さずただある程度あればの感覚で鍛えるだけにした。
そして、合格してからは高等部は希望者のみ寮生活が出来るといわれたが光喜は寮には入らず、近くの賃貸マンションを借りた。
咲名義で借り、少しでも安い場所をと探し、漸く見つけたマンションで、入学式が始まる前にと引っ越しをした。
荷物もそこそこ多いが、家電は買ってその日に、このマンションに届く様にし、他は咲がレンタル軽トラックを借りてくれて、乗っけると一回で運べたので、内心光喜はホッとしていた。
マンションの前に軽トラックを停めた時、他にも居るのだろう、他にも引っ越し用トラックが止まっていた。
光喜は今の時期入学や入社するとかが多いので、あまり気を留めていなかった。
5階の奥から2番目の一室が新しく住む場所だ。
丁度、1番奥の一室で荷物運び中だろう、賑やかな声が聞こえてきた。
「親父、こっちがオレので、あっちがフィンのな」
「分かった、あぁっと!」
その声と共に荷物だろう荷崩れの音が聞こえ、別の声が絶望を表現していた。
「どうして、どうして……!」
「ご、ごめんよ!」
何気ない生活の一つの人々の声に、あの事件さえ無ければ今頃自分もあんな風に賑やかな日常を送れていたのかなと物思いに耽っていると後ろから女の子の声がした。
「す、すいません、ここ通らせてくれませんか?」
後ろを振り向けば、中学生位だろうか、ショートボブの黒髪で瞼は二重で、ぱっちりとして瞳が赤紫の女の子がダンボールを一つ持っていた。
どうやら1番奥の住人の手伝いをしているようだ。
「ごめん、どうぞ」
「ありがとうございます」
そう言った女の子を見送っていると、女の子の後ろから薄い布を被り、白いワンピースいやローブの様な服を着て、腰よりも長い金髪の肌白い綺麗な女性が光喜に微笑み、女の子の後追って消えてしまった。
「……えっ?」
驚いてしまい、今のは見間違いかはたまた幽霊を見てしまったのかと瞼を何度も瞬きした。
咲が光喜の様子を見て言った。
「さっきの子可愛いかったけど、好み?」
「いやいや、そんなんじゃないから!」
光喜は玄関前に荷物を置き、部屋の鍵を開けた。
入ってすぐ、渡り廊下にバスとトイレに、納戸があって、扉を開ければ小さいながらキッチンにリビング、隣には部屋が二つあった。
それなりの広さなので、結構高いのではと思うが学校や駅からは若干遠いのもあってさほど高くも無いと咲が言っていたが、一度見に行った時もこれは高いだろうと疑った。
だけれども、住めば都とも言うし、そのうち慣れるだろうと光喜は思い、まだ軽トラックに積んだままの荷物を運んだ。
3時間位経っただろうか、家電も届き、梱包された物を開けて置いて飾って、漸く住める雰囲気が出てきた。
一通り引っ越し作業を終え、咲が軽トラックに乗り込み、見送りに来た光喜に言った。
「ちゃんと、カウンセリングに行きなさいね。後、毎日掃除出来なくても週に1回はやりなさいね、あぁ後――」
「分かってるよ、カウンセリングも掃除も風呂に歯磨きも、ネットも程々にするよ」
「後、ちゃんと予習復習もね」
「分かったよ」
なんと言うべきか、親子に似た感覚になっている気がした。
「それじゃ、入学式に顔出すから」
「てことは、母さん来れないんだ」
「姉さんには言ったんだけど、やっぱり無理だって」
あの後連れ出してから、両親とはあまり話しても無ければ、咲が話すよう促してやっとな感じだった。
それに離婚が決まってから、父は養育費だけ振り込むだけで、ほぼ疎遠になった。
無論、実の母ですら、仕事で忙しいと言って話す事も無い。
咲はその都度、申し訳なさそうに言うが、大分慣れてしまったのだろう、そのまま流し言った。
「そっか」
「んじゃ、あまり羽目を外さないでね。じゃあね」
「うん、ありがとう」
軽トラックが発進し、光喜は見えなくなるまで見送った。
部屋に戻り、簡素ながらも住める状態になっていたが、ソファーに寝転がった。
ご飯も早々に済ませていた為、後そのまま寝てしまおうかと考え、暫くは咲以外とは誰にも会いたくもなかったが、急にインターホンが鳴る。
「なんだよ、もう寝る気でいたのに……」
久しぶりに体たらくな事をしても赦されると思っていたが、そうはいかないかと考えつつ、インターホンテレビ画面を覗くと、髪が短い銀髪の少年と横と後ろ髪を肩まで流したままハーフアップをした黒髪の少年が立っていた。
誰だろうか、見覚えの無い2人だ。
光喜は警戒しつつ言った。
「どなた?」
「隣に引っ越してきた者です」
銀髪の少年が緊張してるのか声が裏がっていた。
同日に奥の部屋に引っ越して来た者ではないだろうかと思い、言った。
「もしかして、奥角の?」
「そうです、その引っ越しの挨拶に」
どうやら引っ越しの挨拶のためわざわざ来てくれたようだ。
光喜はどうするかと考えていると、インターホン越しで黒髪の少年が銀髪の少年に突っ込んで怒らせていた。
「お前、そんなに声裏返ってどうすんの?」
「うっせえ、ならお前やれよ」
流石に面倒ごとに巻き込まれたくは無いが、玄関越しで喧嘩されても厄介だ。
仕方がなく、開けることにしたが、危ないのでチェーンを外さずに開けて覗いた。
「あのー、どうも」
いきなりひょっこり顔を出してくれたので、2人は驚き、声が裏返った。
「うわ!」
「うおぅ!」
彼らをまじかに見て気がついた。
私立聖十字架学院高等部の制服だ。
「その制服」
「これ? 十学の高等部だけど?」
あぁやっぱりと言いかけた時、黒髪の少年が笑いながら言った。
「俺ら中等部上がりだから、後輩と先輩達遊ぶからってなって、次いでに皆で制服パーティしてたんだよねぇ」
「ハード過ぎるだろ、引越しした当日に」
そういえば、荷物整理や家電類を入れて貰ってる際、隣がやけに静かで引越し完了したからかと思っていたが、どうやら終わってすぐに出掛けていたようだ。
「俺、高校はその十学に入るんだ」
黒髪の少年から自己紹介した。
「おぉ、マジ! 俺、イ・フィン」
「オレは冬美也・F・神崎、隣喧しくなるけど宜しく」
自己紹介をしてくれた2人に自分も名乗らないといけない雰囲気になり、万が一ネットで知られていたら怖かった。
しかし、ここで言わないと高校生活にも関わりそうで、また引き篭もりになっていたとなれば、後々咲に連れ戻されそうな気がした。
光喜は渋々ながら自己紹介の為に口を開く。
「き、如月光喜です、よろしく」
冬美也がその名前を聞き驚く表情を見せ、光喜が知って居るのかと身構えた。
「珍しい苗字だな、光喜君って」
まさかの苗字に反応したのに返って気が抜けた。
ネットで実名と住所を載せられ酷い目に遭って以来、正直気が気では無い。
それでも、知らない人は知らないのだと知り、内心安心もし、拍子抜けな声で光喜は言った。
「よく言われる、小学生の頃になんかの掲示板にあった怖い話をなぞって、駅長とか意味わからないあだ名付けられてた」
光喜にとって未だに納得のいかないあだ名だ。
ネットの情報によって今は理解しているが、どうしてこの苗字なのかと父に聞いたが、自身もよく分かっていなかった。
そんな時、冬美也が光喜に言った。
「如月って衣更着とも言うし、二月の異名とも言われたり、なんなら、如月を鬼と読むらしいし」
光喜には初めて聞く言葉に興味が湧いた。
「鬼? またなんで? なんかのネットから?」
「オレもよく分からん、簡単に調べただけだから。確か二月には節分をするからとかなんとか」
こればかりは自分自身で調べたほうが良さそうだと考えて居ると、フィンが冬美也の後ろに立って不満そうに言った。
「お前天才児のくせに、そんなの調べねぇのかよ」
「うっせ、と言うかすまん、こんなに立ち話させてしまって、良かったらコレ、親父に隣人に渡す様言われてたんだ」
冬美也が慌てて手に持っていた袋を光喜に渡した。
「ありがとう、洗剤?」
袋を開けるとちょっとお得な洗剤セットが入っていた。
「うん、タオルとかより洗剤なら重宝されるからって、じゃあ、まだ数日あるけど高等部で会おうな」
「もしかしたら、同じクラスかもな、如月社長」
「えっ? なんで社長⁉︎」
光喜の反応を見て、失敗したと自覚するフィンは顔を背けた。
「忘れてくれ、知らないのなら」
「あほ、ほら行くぞ。それじゃ光喜君? さん?」
「光喜で良いよ、冬美也」
「ありがとう、光喜、それじゃおやすみ」
「おやすみ、冬美也、フィン」
冬美也はフィンを連れて手を振って自分達の部屋に戻って行った。
部屋に戻って再度ソファーに寝転む光喜は呟いた。
「俺を知らない人ばかりならやって行けるかなぁ?」
そう思って本当に眠ろうとした時、loinが来た。
咲
[ちゃんと、お風呂と歯磨きはしなさい、おやすみなさい]
光喜
[分かってるよ]
loinを見た光喜は咲に見透かされている、そう直感した。
数日後――……。
私立聖十字架学院高等部入学式が行われる。
前日に入学説明会があり、入学式の練習やクラス分けの発表もあったが、滞り無く終わり、実際、彼らにも会い、同じクラスだと知った。
入学式の前に教室に入り、自身の席を確認し座った時、冬美也とフィンの喧嘩しながら走って来るのが聞こえて来た。
「はぁ! なんで、起こしてくれなかったんだよ!」
「それこっちのセリフ! お前かて、スマホの電源落とすとかマジありえねぇし!」
「フィンだって充電忘れて爆睡してたくせによ!」
内容が殆どしょうもないもので、少し呆れ返った。
教室に慌てて入って来た2人を冷たい目で光喜は見た。
息を切らした2人だったが、光喜に見られていることに気付き挨拶する。
「はぁ、はぁ、お、おはよう、光喜」
「よぉ、社長、お、はぁはぁ、おやよう」
周りから何アレと言う目がキツいが、光喜は渋々返す事にした。
「おはよう、てか、普通に間に合ってるだろう?」
「違う! 先輩らに手伝い言われてんだよ!」
「と言うか、冬美也、挨拶のあれ読むんじゃね?」
「やっべ、一度リハーサルするってもう時間ねぇじゃん!」
どうやら、別途の遅刻の様で、更に冬美也は生徒代表の祝辞をする様だ。
それなら本当に猶予がないなと感じていると、教室の扉を叩く1人の金髪のショートヘヤーの碧眼の少女が居た。
「冬美也、フィン、遅刻だ。冬美也は仕方がないから先生のもとへ行ってこい。フィンは私と来い」
その声にビビる2人に、この少女が先輩なのだろうと理解した。
慌てて2人は少女の元へ駆け寄った。
「は、はい、すいません」
「ジャンヌ先輩、おはようございま〜す」
「冬美也のようにまず詫びろフィン、行くぞ」
ジャンヌと呼ばれる少女がフィンを連れて、冬美也は急いで先生の元へと行った。
初日から騒ぐのを見て、これから何も無ければこう平穏な日々が過ごせると思った時、光喜の隣に明らかに異形と呼べる存在が立っていた。
2mはある異形は布を体に足から首元まで巻くも、布の隙間から幾つもの翼が飛び出て、更に布の奥から目があり、頭であろう場所にも沢山の目、上を見れば浮遊する金色の輪、一体自分に何が起きているのか分からない。
恐怖で震え上がる光喜に対し異形は囁いた。
「そなたのアースは何処?」
どう言う事なのかと震える唇で問うと頑張ったが、既にその異形は居ない。
さっきのは幻覚かと疑いたくなったが、そういえば数日前にも金髪女性を目撃して消えたのを思い出し、アレは幽霊の類かと疑った。
でも、何か衝撃的な出来事があったとすれば、あのビル崩壊事件のすぐなら分かるがもう2年近く経っているのだ。
流石に遅すぎるだろう。
光喜が悩んでいる間に、先生がやって来てホームルームが始まり、軽い説明後に入学式の為、皆が移動する頃にフィンと冬美也もやって来た。
式中は緊張もあったが、慣れて来て眠気が刺さる。
丁度、冬美也が新入生代表で祝辞を述べ、先程のあの慌ただしい状態から落ち着いてか真面目に感じた。
周りの女子達も少し彼に興味があるようだ。
ただフィンは既に眠気に負け、寝ていた。
式も終わり、皆が教室に戻る。
漸く初日の学院も終わり、皆も帰る者、そのまま遊びに行く約束をし一緒に出て行く者、まだ帰る気も無くただただ教室に残る者、それぞれだ。
光喜は前者だ、でも一応咲も居るので一度会って置かなくてはとloinをしようとした時、冬美也もloinをしていて、不意にこっちを見て言った。
「なぁ、光喜、暇ならオレらとカラオケ行かね?」
「はっ?」