悪夢
あの後は本当に悪夢と言うべき言葉が相応しいだろう。
幸運にも如月光喜とその看病にあたっていた保健医の先生は無事だった分、両親は心底安堵したが、ここからが悪夢だった。
高層ビル崩壊事件は修学旅行生の大半いやそれ以上が死亡し、更に未だ行方不明と言う現実、学校では全校集会が緊急で開かれ、すぐに記者会見の運びになり、助かった生徒も居るのでその生徒が学校復帰まで援助していく所存と校長が名言を言う中で、光喜はあまりの悲惨さに心が未だに現実を受け入れられずにいた。
学校は光喜だけだったが特別に授業を受けさせて貰える運びになったが、沢山ある机に1人だけ座り、1人だけの教科担任と向き合う毎日で、別段どうでも良い話しをする事も無い。
殺風景な状態だ。
ただ、光喜のクラスの席に半分以上に花を添えるかどうかの話をたまたま職員室前で耳にする。
しょうがないから、机を片付けるしかないとまで聞こえた辺りで逃げてしまった。
どの位の人数までは聞いていなかった光喜はどうする事も出来ず、たまたま両親がクラスメイトの葬儀に行く機会があり一緒に行ったは良いが、門前払いに遭い、その両親達からは四肢があり、平然とよく来れたなと怒鳴られ帰るしかない。
そんな毎日が続いた。
ただ一度だけ加原舞の葬儀に出席させてもらえた際、頭部が無く、マネキンが頭部代わり付けられており、頭部は瓦礫の圧縮により、完全に潰れていた為、修復はされたが、綺麗には行かず、その形になったと言う。
ここで初めて、現実味が増し、他の両親等は怒りで怒っているだけではなく、もっと悲痛な現状を受け入れなければいけないと漸く気が付いた。
この時は、現実と向き合わなければいけないと、必死になれるだけまだ良かった。
たまたま自分が無傷でとりあえず無事だった事に、心無い人間達が何故か矛先を光喜に向けたのだ。
最初はネットでの誹謗中傷だったが、誰かが住所を書き込んだらしく、酷い苦情の嵐になってしまう。
父と母も次第に心の余裕もなくなり、喧嘩ばかりになる。
生きていて良かったと心底泣きあった家族が、今や切り傷無く帰ってきた息子のせいで家族崩壊の危機なのだ。
保健医の先生は、他の先生からも冷ややかな言葉や目線のせいで早々に学校を辞めてしまって、光喜は頼れる人が居なくなってしまう。
それでも、生きていてくれた仲間に会いたくて、意識不明の重傷者以外の生徒達は早々に海外から日本へ帰国し、そのまま入院した。
数週間後に面会可能になり、一度でも会って話をしたくて見舞いに行くも、その両親達からも何故、止めてくれなかったのか、どうしてあなたがと怒鳴られ、泣かれてしまい、挙げ句の果てに何故か嗅ぎ回るマスコミまでおり、もう逃げるしかなかった。
数ヶ月後ーー……。
漸くして生存者が登校可能となった。
もうすぐ3年になる状態だったがなんとか退院後の通院やカウンセリング受けながら登校を許可がおりた生徒もいた。
そして、光喜は一度だけ皆のクラスに入った。
賑やかだったクラスはもうどこにもなく、ただ負傷し未だに生々しい傷口を包帯が覆い、眼帯をする者、笑顔がなくずっと虚無感のままぼうっと上の空の者、松葉杖が無くては歩けない者もいた。
何より既に人数が数十居たクラスは10人すら満たないクラスになり、他のクラスは全滅と言う話を前に聞いた事があった。
その内、クラスを全て一つにすると言う話も出ていて、一気にせずとりあえず様子見にと言う事でお開きになった。
光喜はこの話を前に先生が暇つぶしの様に話をしてくれたが、正直その話をしないで欲しかったとも思った。
ふと後ろの席に榊田渉がいた事に安堵と喜びが滲み出て声を掛けようとした。
「渉、おはーー」
「お前、よく笑って声掛けてくるよな、馬鹿にしてんのか?」
光喜の顔を見て睨み付ける渉に、どうしてそう言う風に言われるのか分からなったが、この後思い知らされた。
「いや、でも、俺ずっと渉達皆をーー」
「なら、なんで見舞いも無いし、ずっとあの後学校に来てたらしいな」
「だから、その、本当は見舞いに行ったけど、渉の両親や皆の両親に止められて……それに、マスコミも来て、それで何度か行こうとしたけど、今度は」
「今度はお前の両親にか? 行かなかった理由にならねぇよ」
「本当に会いたかったんだ、無事でーー」
「無事じゃねぇよ! お前、俺の足見えてんのか?」
そう言われた光喜は渉の足を見ようにも、机で見えていなかったが、良く見たら足が見えない。
「あっ……」
漸くここで理解した。
渉の足が無い。
「お前がのうのうと家に帰ってる間も学校に来ている間も、俺らはずっと生死さ迷って、必死に現実を受け入れなきゃいけなくて……なんでお前は笑ってられるんだ?」
渉が怒鳴りたい気持ちを抑えているのが声の震え、拳が血管が浮き出る程怒りがあるのだ。
行き場の無い怒りは、光喜に向けられる。
光喜は必死に言う。
「俺はただ、話がしたかったし、また同じように仲良く……――」
「どうして何も不自由無く平気で生きてられる奴となんで仲良しこよししなきゃ行けねぇんだ! 出てけ! お前の顔なんか見たくもない!」
それでも、渉からすればただの綺麗事であり、愚行だ。
周りも渉の声に反応し、後ろを振り向くその目は白い目。
光喜を歪な何かを見る目に、耐えられる筈もなく、光喜は教室から飛び出した。
それからはもう学校に行っていない。
夜になれば両親が喧嘩し、朝は冷え切った食卓の空気に耐えられずにずっと部屋に閉じ籠る毎日。
気が付けば、数ヶ月過ぎていて、流石に連絡を取り合っていた親戚が心配になって顔を見せに来た時に、両親が耐えられないと泣き、母と父は離婚をする話を進め、光喜をどちらが引き取るかで揉めている事を聞いた親戚がとりあえずこちらで暫く面倒を見ると答え、光喜の部屋に行くとあまり食事をとっていなかったのだろう、いつの間にか髪も伸びるだけ伸び、筋肉質な体も既にもうなく痩せこけていた。
親戚が光喜に食事はと聞く。
「光喜君、久しぶりだね、覚えてる?」
「母さんの妹の咲さん」
光喜の叔母、咲が優しく接した。
「そうそう、姉さんから聞いていたし食事置いておいても食べてくれないって聞いてはいたけど」
心配もしてくれていると分かって初めて、光喜が本音を叔母、咲にぶつけた。
「俺が、悪いの?」
「え?」
「俺が無事だっただけで、皆寄って集って叩いて、悪口言って、毎晩あの日の恐怖を見てるのに、何で分かってくれないの? 母さんも父さんも最初は無事で喜んでたのに、今じゃ俺のせいで家族めちゃくちゃだし、葬式に行っても門前払い、見舞いに行っても門前払いだし、マスコミが彷徨くし、知らない人にもいきなり怒鳴られるし、漸く友達に会えたのに、渉には嫌われるし……俺、生きている意味あるのかな?」
泣きじゃくる光喜を見て、このままではいずれもっとダメになるのが分かっていた。
咲はこう言った。
「生きている意味は自分だけしかない、相手に合わせなくて良い、とにかく、君は暫く私の家で暮らして、カウンセリング引きこもりになってから受けてないみたいだから、知り合いに頼むから、近い内に迎えに行くから引っ越しの荷造りして、無理なら今から家に来る?」
その言葉に光喜はどれだけ救われたかは分からない。
ただ、それだけでホッとしたのは間違いない。
光喜は咲の提案に頷き、その日に咲の家に居候する事となった。
最初ネットの制限を掛けられるも、ネット上のいい加減な愚痴や誹謗中傷を目に入れさせない為、ある程度落ち着き忘れ去った頃合いで制限が解け、学校は編入するも暫くは誰とも会いたくないし人の目が怖いのもあるので、咲の機転で特別な配慮をしてもらいリモートや保健室学習にしてもらった。
光喜は数ヶ月も勉学が遅れていたものの、知り合いに頼み込み、家庭教師も付けてくれたりと本当に咲に感謝仕切れないでいた。
だからこそなのか、光喜は咲に迷惑掛けたくないと高校は咲から離れ一人暮らしを考え、咲にもその事を伝えると、咲の職場から近い場所なら良いとなり、私立でも構わないと私立でもバイトが可能な場所を探し、必死に勉強し、試験にも頑張って合格を果たした。
その頃には、両親は離婚を成立させ、形的にだが母が親権を持つ事ととなった。
ただ、咲が光喜の面倒を見るのは変わらずだ。
そして私立聖十字架学院高等部に入学した。