夏休みの休日
フィンが飛行機で行ってからもう1週間だ。
最初は心配でちょくちょく遊びに行っていたが、冬美也も意外とこまめなタイプだったので、しっかりしていた。
光喜もバイト三昧と言っていたように、日中は短期バイトを見つけ、夜は夜の行燈でバイトだ。
丁度両方が休みで、冬美也も休みと言っていたので遊びに行くことにした。
「でも良いの? 冬美也だってデートしたいでしょう?」
「残念だったな、今理美は家族旅行でグルージング、豪華客船に乗ってる……金って必要だな」
「そんな悲しまないでよ!」
「だ、大丈夫、今日帰ってくる予定だから、着いたら連絡するって約束してるし」
「なら良いけど」
「オレが行きたい場所で良いんだろ? めちゃくちゃ面白味ないぞ?」
「良いよ、俺もどこ行く予定ないまま誘っちゃった身だし」
多分図書館か何処かだろうと踏んでいたのだが、実際行ったのは全く違う場所だった。
「展示会場?」
繁華街にあるビルの中、誰かの展示会をしており、出入り口の所に看板が置かれていた。
その前にはもう順番待ちが出来ている。
冬美也は列に並びながら、どんな展示会かを説明してくれた。
「あぁ、今日画家与群忠吉さんって人の展示会、即売会もあって、オレ実はこの人のファンなんだ」
名前がなんとも渋めで、かなりの歳を取っているイメージがするし、そんな名なのできっと日本画とかと思って光喜が言うと意外と絵画や興味があれば多方面もやるような芸術家だ。
「日本画とか?」
「いや、ほぼ芸術家、絵画が主で興味があったら他にも挑戦するタイプで、結構ファンも多い」
普通の学生はあまり行くイメージが無いし、光喜も初めてだった。
「へぇ、俺初めて見るからちょっと楽しみかな?」
「オレが1番好きな絵が出るって知って、しかも今回その絵の売店の方で複製画が売られるって少し楽しみだ」
そういうのに限ってどこからでも出てくるアレを思い出してつい言ってしまうと、ここの対策はちょっと特殊な上、普通の学生が手を出すには少々額が高いので足踏みしてしまうような値段らしく、今回冬美也は買うらしい。
「って事は一部は転売ヤーとか?」
「一応、1人一点だけじゃなく、全部どれも違う与群忠吉作に関しての問題を出すのと、まず値段が学生だと死ぬ」
「まさか……お前バイト代吹き飛ばす気じゃ……!」
「そのまさかだ」
本当に持ってきたものだから、ドン引きだ。
「オタクとかマニアの中で金銭感覚おかしい人だ!」
中に入ると意外と1階と2階を使っており、色々と絵画が置かれ、展示物を皆まじまじと見ている。
大きな絵もあれば、基本的には小さな絵が多い中、冬美也がある絵の前に止まって見入っていた。
その絵は他の絵よりやや小さくもどの作品よりも1番異彩を放っており、題名は夏の雨だ。
夏と言うより、濡れている木を表現しているのか、それでいて光が入り影の使い方も素晴らしいが何よりも様々な反射による多彩な色で魅了される。
「これ?」
「そうこれ、他より異彩を放っていて誰も居ないのに待っている感じがして――」
そこまで想像力が駆り立てるのかと返って引いてしまう。
でも光喜としてはその奥にある1つ一際皆が集まる絵を見た。
白黒で何かが隠れて見える微妙なところから光と影がある。
いや、これは人が蹲っているのだ。
まるで数年前の自分を見ている気がした。
しかも題名が見つけてと書かれている。
先程の夏の雨とは真逆だ。
こっちに流れる人達も次々口にする。
「何これ?」
「最近悩みあるって噂で、こういうのが出来たって」
「なんか自分見てる気がして不気味」
「怖ぁ……」
そんな絵でも皆は足を止める程凄い絵で間違いない。
冬美也も後から来て、その絵を見た。
「光喜? どうした……って見つけてか、正直過去の自分見てる感じして嫌な気持ちになる」
確かに冬美也の気持ちも分かるが、きっとあの時のだと思って聞くもどうやら違うようだ。
「あっ、異世界の?」
「それとは別件だけどな、行こう他も見たいし、夏の雨の複製画欲しいし」
冬美也は早々にその絵から離れてしまう。
自分も離れようと光喜も動くが、やはりあの絵は他の人からも自身の闇を引き摺り出す力があるようだ。
1階の売店スペースに行くと、様々な物が売られており、基本は良くある焼き菓子やポスターに画集だ。
その中でやはり人気なのは先程冬美也が言っていた複製画の夏の雨で、もう何人かは買っていた。
画集を含め複製画の下に注意事項が載っており、グループ買い、家族買いは全て1点のみとなりますと書かれている。
それだけ対策されているのかと思いつつ、光喜は冬美也から離れ、ちょっと気になる品があるか見回っていると誰かに声をかけられた。
「珍しい、お前もこんな所に来るのか?」
なんとザフラがいたのだ。
実家のある母国に帰っているとばかり思っていたので驚いた。
「うぉ! ザフラじゃん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもない、我も絵画展に来ていたのだ」
ザフラも絵画が好きなのか、見に来てたようで、それならアミーナもいると思って聞けば、もうレジ待ち中だ。
「アミーナ先輩は?」
「アミーナはレジ待ちだ。光喜は1人か?」
光喜はザフラに冬美也と来ている事を伝えると、暇なら修行と言い出して断った。
「いや、冬美也が与群って人のファンらしくて」
「成る程、この後暇か? 暇なら修行しないか?」
「なんで? 今日は休日を過ごしに来てるので却下」
「冗談だ、今日母国に一度顔を出しに帰るんでな」
丁度、その時アミーナが戻って来た。
「買い物終わりました。光喜もいたのですか?」
かなり買い込んでいるようで、本当にこれを母国の土産に持っていくのであろう、両手にいっぱいだ。
ザフラがアミーナに軽くそう言いながら、再度光喜に話しかけ、与群と言う画家がどのように知名度が上がったのかを教えてくれた。
「あぁ、冬美也が与群忠吉のファンらしいが、メディアには顔を出さない、大体が他の画家達との共同での展示会や代表者は沢上宏昌のお弟子さんだそうだ」
光喜も沢上の事は知っていたが、軽くニュースで出て来る位は知っていた。
海外ではかなりの有名画家で絵画が出品されれば軽く1,000万円は超えると言われているものの、どう言った絵なのかは正直見た事ないので分からない。
たまたま訃報のニュースが流れ、数秒しか幾つか絵が出たくらいでは、印象も薄く情報があまり無かったものの末期癌で亡くなったと言う話だけは覚えていた。
「沢上宏昌さんって確か、有名な芸術家で数年前に末期癌で亡くなったあの?」
ザフラからすればよく知っている人物の1人のようで、その沢上と言う画家の弟子達の1人と繋がりがあるのを知っていた。
「そうそう、弟子は皆、独立した内の1人が与群と唯一繋がりがあって、そこから弟子同士の混同展示会にも参加、そのお陰で徐々に知名度も上がり、今回は初の単独絵画展だ」
「好きなんですか?」
「兄上や母様がな、父様は無頓着だ」
カーミルの性格を鑑みると分かってしまう。
「なんとなく分かるかも……」
丁度、そこへ冬美也も合流するも、顔を真っ赤にしながらあの複製画らしい物を梱包して紙袋に入れて来た。
「よう、冬美也、お前もファンだったんだなぁ……ってどうしたその顔?」
「な、なんでもない、酷い揶揄われをされた」
アミーナも冬美也の雰囲気を見て揶揄い出す。
「何されたか、見てみましょうか?」
「そこは流せよ! つか、そっちはなんで写メ撮ってるんだ!」
冬美也は怒っていると、ザフラが笑いながら写メ撮っているのに気付き、突っ込むと理美に送り付けようとして慌てて止めるがもう遅い。
「いや、理美に送ってやろうと」
「止めろ‼︎」
「あっ送っちゃった」
本気で送るつもりでは無かったが、まさかのと絶望した時、光喜のスマホが鳴った。
「なんで、俺のスマホに送るの?」
正直こっちもあまり貰っても困るものだ。
ザフラは笑いながらドヤ顔してた。
「良かったな、間違って送ってて!」
「帰れぇぇぇ‼︎」
とうとう怒ってしまったが、この後ザフラとアミーナはそのまま母国へと帰国する為、専用車で飛行場へと向かって行った。
この後、軽食を取る為、川沿いの飲食店等を見ながら歩いてた。
それでも冬美也はあの時の写メに関してまだ怒っている。
「あんにゃろ……! 消させたから良いが」
光喜は実は送られてきた写メを未だ消してはおらず、そのままこっそり保存していたのは黙っておこうと思った。
『困った、面白いからそのまま残してるんだよなぁ。どうしようかなぁ』
丁度、良さげな値段とまだかろうじて混んでいない店を発見し、その店で食べる事にした。
暑くなる時間帯、パラソルと冷風機を使った外の席にし、育ち盛りではあるがサンドウィッチとジュースとサラダでシンプルだ。
「はぁ……買ってしまったが、後悔は無い」
「少しは持とう」
あの後複製画の値段を覗いた時、普通に5万円と書かれていたのには度肝を抜かれた。
軽くサンドウィッチを頬張りながら辺りを見渡すと、夏休みの真っ只中、自分達とさほど変わらない年齢の子達も多い。
この辺は都心部からほんの少しだけ離れているが、遠くの例のツリーが見えるので、見映え重視のカメラを構える人も何人かいる程だ。
時間がゆっくり流れる中、なんとなく平穏だと思ってしまう。
あの時からガラリと変わり、自分も随分と変わってしまった。
友人も、ライバルも、初恋も全部が変わって、今がある。
食事も済んだので、そろそろ行こうとした時だ。
向こうで何か声が聞こえてきた。
「なんだ?」
徐々に騒がしくなる。
「きゃぁぁ‼︎ ひったくりよ!」
しかもよりによって、こっち側に走ってくる男の姿があった。
「知ってるか、光喜? 下手に手を出すと危険だから、助けないのは罪にはならないんだ」
「うぇマジで?」
「助けるってのは命をかけなきゃいけない、だから覚悟っているよなぁ」
そう言って冬美也がその前を立つと、引ったくりの男がポケットからナイフを取り出した。
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
冬美也は殴ってしまおうと思いながら、万が一刺されても良いように腹部等を金属へと変えていると、引ったくりの男がそのままヒキガエルのような姿勢で潰れた。
「こっちでやるから、そういうの、だから手を出しちゃダメだよ冬美也、怪我した犯人が逆に訴えてきたって話あるんだから」
「そういやそうだった」
勝手に転けて無様な引ったくりの男は、さらに運悪いことに近くでパトロールしていた警察官達に現行犯逮捕されて行った。
ちなみに冬美也は引ったくりの男がナイフをちらつかせていたと目撃情報から、犯人が転んだから良かったが前に立つのは危険と警察官に注意を受けてしまう。
「結局、お前に助けられたな、ありがとう」
「いやぁ、どういたしまして、と言うか普通に立たないでよ」
「だって、運良ければ感謝状で金一封が」
「うわ、それが目的かよ」
それが目当てと知りドン引きだ。
しかも更に運悪い事に、誰かがその一部始終を動画撮っていたらしく、少年が立ちはだかった瞬間、転ける無様な犯人として引ったくりの男は笑い者となっていた。
何故、それが分かるか、帰りの道中普通に卑弥呼経由でloinが回って来たからだ。
冬美也と分かっている知人達からすれば、これはこれでお笑いネタで、すぐに揶揄われたが、当人は既読無視した。
「あれ以外は本当に平和だったが、引ったくり以外は」
「確かにあれ以外はね、どうするの生活費?」
「……暫くもやし生活したいが、値段が!」
「だから言わんこっちゃない」
「後悔はしていない!」
「はいはい」
そうして、1日が終わりに近付くと共に自分達の住むマンションに着いた。