停電
かなり雨も強く、雷も鳴り始める。
冬美也が扉を開け、土鬼を招き入れた。
「ほら、つち……アザラシもどき入って来い」
「も、もぎゅ、ぎゅ、ぎゅ」
土鬼はアザラシの動きそのままで入って来て、光喜は笑ってしまう。
「いやぁ、これが普通のアザラシだったら本当にただのアザラシだよねぇ」
「知ってるか、結構アザラシって凶暴だから飼育員とかは食事の時以外は手を噛まれない為、足で促すのが常識だって」
「何それ怖っ!」
「とりあえず、この状態だと絨毯が泥まみれなりそうだから、一回拭くか?」
「あぁ、確かにタイル張りだけど部屋とかは絨毯だから、一応それように持って来ちゃったけど、洗えば落ちるかな?」
「んー、古びたタオルあるか聞くか今?」
スマホで理美に連絡をと言ったところで、背後から声がする。
「あ、使い古しはもう雑巾になってるから無いよ?」
「うわぁ! お前部屋にいたんじゃ無いのか⁉︎」
そこに居たのは理美だった。
「冬美也達が玄関先で何騒いでるのかなって?」
「いやぁ、先程神父の手当て中に窓にくっ付くアザラシもどきが居て、可哀想だから入れようって事で」
「そういう、良いよ、どうせもう数回使ったら換えるだろうし」
とりあえずタオルで拭こうとした時、雷と共に電気が消えてしまった。
理美は驚きつつも、この状況だとブレーカーが落ちた可能性もあり、見に行く事にした。
「――‼︎ びっくりしたぁ……電気落ちちゃったみたいだから、ブレーカー見てくる」
「なら、オレも行く、心配だし管理人居るだろうけど、買い出し中だろ確か?」
「うん、今日の晩御飯の買い出し中、帰ってこれるかなぁコレ」
流石に1人と1匹だけになるのだけは本当に日中でも怖いので、光喜も一緒に行く事にした。
「俺も付いてく、怖いわ」
「もっぎゅぎゅ!」
ついでに光喜が土鬼をタオルぐるぐるにして運ぶ形だ。
ブレーカーがあるのは、意外にも地下室にあるとの事で、少々不気味さが増す。
理美は自分の別荘な分慣れているのか、緊急用懐中電灯を壁沿いから取り、地下階段の扉を開けると危険が無いように、非常灯が階段の段ごとに光っていた。
「結構深いなこれ」
「そうでもないよ、一応停電したら非常灯点くように設定されてるからそう見えるけど、そこまで深くないよ?」
懐中電灯で照らしながら、下まで辿り着くと理美の言う通り、あまり深くなく、幾つか部屋があるがどれも倉庫として使われ、その1つにブレーカー用の部屋があった。
入れば、狭く殺風景の部屋、下手に物を置かない為漏電対策としては良いだろう。
ブレーカーの蓋を開け、いざあげようとした時だ。
「えぇと――あぁ、やばいがちなやつだ」
理美の言葉に、冬美也と光喜が覗くと、ブレーカー自体は上がったまま、発電所かその近くの電信柱辺りに落下して落ちてしまったらしく、暫くこのままだ。
「これは無理だな、こんな雨でも、直しに来てくれると思いたいが、自家発電とか無いのか?」
「あるにはあるけど、さっきの非常灯を点けるくらいだよ?」
「そこまでデカく無いのか」
こういう施設的な部屋があるのに、どうして無いのか不思議な位だ。
「うーん、どうだろう? そろそろもう少し大きめな発電機入れるかって話だったからねぇ」
冬美也は自家発電機を入れる気なのかと驚くが、実際は入れるかどうか保留のようで、悲惨な事件が起きてしまったからこそ、導入したいと言う事だった。
「そろそろって入れる気はあったんだな」
「どっちみちライフライン繋がってるし、基本料金は払ってるから要らないってお母さん言ってたし、本格的な自家発電は流石に無人島クラスに付けるでしょうよ。欲しいって言ってるのはお父さん達の男衆だよ。たまにこの辺落ちるからノートパソコンならともかく、本格的なパソコンでの仕事中に落ちてバックアップしてたから良かったけど、頓挫した分もあるからショックがデカかったみたいで」
「な、生々しい最後が」
ふと光喜はそういえば仕事持ってこっちでノートパソコンを使っているのなら充電しながらの可能性もある。
下手すればショートものだし火事もあり得るのだ。
「寧ろ、一さん大丈夫かな? パソコン使ってたし、下手に繋げてたら……」
が、そんな心配を他所に一がイタズラ半分でスマホの灯りで顔を照らして脅かす。
「安心しろ、そんなんこんな天気に繋げっぱ出来るか」
「わぁぁぁぁ‼︎」
「ぎゃぁぁ‼︎」
「び、びっくりした‼︎」
どうやら心配で見に来てくれたみたいだ。
「そないな驚き方しないの、でどうだったブレーカー?」
現状上がったままなので不可能だ。
「復旧するまで無理だな」
「と言うか、勝手に入ってこないでよ驚くよ」
一は笑って理美の力について言う。
「悪い悪い、理美が最近予知出来てないって言うけど本当なんだな?」
「今更何?」
「いや、お前なら、来た奴を逆に驚かすタイプだから」
「あぁ……」
冬美也もその答えに賛同するので、光喜は驚くが実際やっぱりやっていた。
「えっ、理美ちゃん驚かすの?」
「そんなのに一々使わないよ、気配があったらやるけど」
一がブレーカーを落とし、通電火災防止も含めて言った。
「ほれ、やっぱり逆に驚かすタイプだろ? と言うか、ブレーカーを一度落としておいて、復旧したのを確認後、戻す際、通電火災防止の為、全部とは言わないけど一応プラグは抜くべきだろう」
なるほどと納得しながらブレーカーを落とす。
「それもそっか、後で一ちゃんだけ戻しに来てね」
「なんで自分だけ⁉︎」
「行くって言ったら冬美也達が来てくれたからここまで来れたけど、実際、1人では行けないので琴さん呼ぶし」
「あぁ、そういう事」
確かにこの別荘の持ち主が見るのは不自然でもないが、こんな暗い所入りたくもないのも納得出来る。
光喜ももしこんな所にブレーカーがあり不気味な通路を渡らなくては行けないと分かったら、普通なら1人で行きたくない。
「とりあえず、一旦戻って――」
冬美也が戻って復旧を待とうと言おうとした時、土鬼が威嚇する様な顔になり驚いた。
「ぐぐぐるるるるる……!」
「おっまっ! そんな顔になるのか!」
抱っこしたままの光喜が気になって聞くも、皆が揃いも揃って感想を述べていて何がどうなってるか分からない。
「どんな顔⁉︎」
「そっか、光喜はこのまま見ない方が良いぞ、なんかWEB漫画とかにいそうな威嚇な顔だ今」
「うわぁ、猫の威嚇かと思ったら般若だぁ」
「いや、般若よりもっと凄いぞコレ?」
「寧ろ気になる!」
気になるのは分かるが、一としても薄々分かっていた。
異様な気配が漂っている事に――。
土鬼がそれに対して感知したのなら分かる。
何者かが侵入したのだ。
まずは何人侵入したか、そして何が目的かを探る必要性がある。
「まぁ、それは置いておいて、まずは威嚇した要因を探しに行くか?」
一のアース、錦が泳ぐ。
これだけで、警戒をする必要があるとすぐに分かる。
理美はディダの話を聞いてはおらず、光喜に至ってはまた何かの怪異系が屋敷に迷い込んだと考えた。
「イビト?」
「多分違うよ。この子が反応するって事は怪異系とかかな?」
冬美也はディダから聞いた穏喜志堂の幹部とやり合ったのだから、わざわざ追いかけて来たのだと感じた。
「どちらでもない、穏喜志堂の連中とディダがやりあったって言ってたから、こっちに来たんだろう」
「不法侵入過ぎる」
理美としては最後まで平穏で合宿を終えたかったのと屋敷を下手に壊されても、保険が降りないので辞めて頂きたいと本気で思っての事だ。
「まずはさっさと皆と合流だな」
そう言って一を先頭に廊下を出て気が付いた。
「階段無くね?」
冬美也の第一声に皆が答える。
「あー、消えたねコレ」
しかも、あれだけ暗いのに懐中電灯でも奥にある筈の壁が見えず、それどころか奥が暗闇に消え、後ろを見てもすぐ壁だったのに同じように暗闇に消え何も見えない。
「何処の少年漫画だよ」
「ゲロちゅーで戻し掛けたからもう見てない」
理美が思い出して吐き気をもようす。
冬美也からすれば高々漫画なのにと言いたげなのだが、光喜もそれ系は無理だった。
「お前、そういう系統本当にダメだよな」
「ごめん、俺もそれ系苦手、あれでよく笑えるなぁと」
一はコレ系の話は結構平気な為、笑っていたが笑わないし具合悪くする人も居るんだと改めて分かり、黙っておく事にした。
『笑っていたの黙っとこ』
「で! ここからどうする? ずっと進む?」
下手に術中にハマるのが分かっているし、今まさにここでどう動くかで今後が左右されてはたまった物ではない。
そこで冬美也はこういうのに強い土鬼に頼もうとした。
「いや、流石にそれはダメだろう? なら、そのアザラ……」
「も、ぎゅうゆゆ‼︎」
土鬼はどういう訳かのしかかって、冬美也が横転するが頭は痛くない。
「いってぇ、くもない? 何だ?」
「ふぎゅぅぅ」
白い子犬が冬美也の下敷きとなっていた。
「冬美也から、犬が顕現された⁉︎」
光喜が言った言葉を否定し、冬美也は白い子犬の首根っこを掴み話す。
「違う! これは……親父だな、合宿の許可取りに寄った時だ絶対!」
「ほぉ、これまた面白いの持ってるなぁ」
一が知っているかと思って光喜は聞くも全くもって知っては無かった。
「これ分かるんです? 一さん?」
「ん? いや全然」
ズッコケている光喜に対して、理美は久しぶりに会えた喜びで子犬を抱き上げる。
「マコちゃんだぁ、お久しぶりだねぇ」
「お久しゅうごじゃいまちゅ、理美ちゃま」
マコは嬉しそうに尻尾を振る。
「普通に出てきても良かったのにどうして?」
「えっ? そんにゃことしまちゅと……ほら、冬美也ちゃまが」
やはり冬美也からすれば、厄介者を押し付けられたと言わんばかりに顔が歪んでるのが理美でも分かった。
「あぁ……」
光喜はまた自分だけ置いてけぼりになっていく話に、とにかく食いつくしかなく、聞いてみる。
「冬美也、この子犬は何?」
「はぁ、親父の使役している神使だ」
総一の使役している神使と言われて、どういう事か頭がこんがらがる。
「えっ?」
一は軽く知っているので、光喜に教えてあげながら、総一はもう人じゃないのかと疑っていた。
「神様に仕える動物等を神使って言うんだけど、何? お前さんの親父さん神様なん?」
「んな訳無いだろ。前に何処かの廃神社寸前に居た神様が荒神になり掛けてたからって事で親父が絆さんの依頼でそれを鎮めたんだそうだ。その神様が自分の所に仕えてた神使をくれたんだそうだ」
どうやら、何かの依頼をこなして、御礼として貰い受けたようだ。
「へぇ、凄い」
「でも、コイツらどういう訳か、親父の父親を知ってるっぽいんだよな。最初違う名前言って親父怒らせたし」
「それは知らなかった」
光喜はそんな事でと疑ってたら、理美が知らないとはこれ如何にと思っていると、なんか前々から色々あったらしく、冬美也が複雑な顔をする。
「理美は入院してたから」
一も話は知っていたのだろう、ただ入院は最低でも2回しているらしく、冬美也もそれについて知っていたが、一瞬で暗い顔になってしまう。
「どの辺だ? コイツ2回は最低でも入院してるぞ?」
「……1回目」
抜け殻になりかけている冬美也を他所に、理美は懐かしさ半分で言った。
「あーそこから居たのか」
「うん、親父からすれば、オレともう少し距離縮めようとしただけんなんだけどねぇ」
もう光喜は今までやっと流せる状態になって来たのに、またも話が入って来れず途方に暮れるも、マコが慰めつつ土鬼に聞く。
「話が付いてけない」
「ちゅいてけなきゅて良いでちゅよ。ちょころでちゅち鬼? わたくちに何かたにょみたかったにょでは?」
マコも話が通じるのだろう、この一帯を観察した。
「もっぎゅ、ぎゅぎゅ、ももも」
「あーにゃるほど、たちかに閉じ込められまちたが、これきゅらいなら――」
いきなり光ったかと思えば、マコは大きな狼の様な風貌に変わり、何か力を込めると、本来あるべき姿へと建物が戻る。
「凄い」
光喜が驚きと感心が入り混じる中、大きくなったマコは流暢に話ながら、最後どういう訳か一に対して目を開かせる。
「今回は非常事態ですので、ですがここだけではないですね。仕方がありません。無事に合宿が終わるまで何かあった時に全力でと申してましたので……後、あの時の実施訓練の事どう話せばよろしいですかね?」
「ちょ! それは内密に!」
交換条件でマコは何かを催促した。
「狐は油揚げが好きですが、我々は犬ですので」
「上質な肉で、マコの対にも寄越せと言う訳だ、一さんよろしくゴチです」
とんでもない要求に流石に突っ込んだ。
「何じゃその言い方!」
「それよりも! 上に居る皆が無事か心配なんだけど!」
光喜が皆の心配で、声を上げた瞬間、土鬼が威嚇して光喜の後ろ目掛けて突っ込んでいく。
「もももぎゅもぅ‼︎」
「あっぶなぁ……あん時の害虫じゃねぇか⁉︎」
見知らぬ青年が立って、土鬼に対して声を荒げた。
「誰だ?」
「おっ! 聞いてくれました。そしてこのまま一周回って貰っていいですか、管理者さんと異物くん」
青年の背後に浮かぶ木の様な海老にも見える物が浮いている。
上では一体何が起きているのか知りたいが、今はこの青年に対してどう対処するべきか。
一はこの中で対等に戦えるのはきっと土鬼とマコだけだと瞬時に感じ取れた。
雨がより一層強く振る中、もう1人はただづむだけで動かない。
まるで本番はまだ始まっていないように――。