修行
放課後、部活は冬美也に断りを入れた。
「ごめん、修行して来ます」
「おう、頑張れよ。一応ザフラに聞くが大丈夫なんだろうな?」
ザフラは他の生徒前ではそこまで殺意ある目つきはせず、にこやかに言いつつも、光喜の首根っこを掴んで連れ去っていった。
「安心して、流石にいきなり力を使いまくるって事はしない。とりあえず命中率上げと範囲を理解させるのと基礎体力上げを最初にやっていくだけだから」
「あいつ、本当に大丈夫かよ……」
アミーナと途中で合流し、学院外に出た直後、いきなり黒い車が止まった。
「ご苦労、今からこいつを修行させるから近場で何も無い場所を頼む」
運転手の男性が頭を深々と下げた。
「かしこまりました」
光喜はどこに連れて行かれるのかハラハラし、声を掛けようにも殺気だった雰囲気に押され何も言えなかった。
『修行と言うより、売り飛ばされるか殺されるの間違いでは……』
なんて絶対に口が裂けても言えない。
それから彼此1時間は過ぎた辺りで、ある廃ビルに止まった。
アミーナがその廃ビルに触れ、何かを感じ取った。
「大丈夫ですね、ホームレスや怪異類もありません。このまま修行しても大丈夫でしょう」
「よし、今日からここで修行だ、また終わったら呼ぶから、近場で待機をお願いする」
「はい、では終わったらすぐにお呼びくださいねザフラ様」
そう言って運転手は車に乗って出発してしまった。
残ったのは光喜とザフラとアミーナ3人だけだ。
「このビルでやるの?」
怯える光喜に対してアミーナは言った。
「大丈夫ですよ、しっかり見たので」
「いや、不法侵入ですよ」
どう見ても許可も無く入っているのだ。
普通にここの管理人や関係者が見れば警察案件になってしまうだろう。
しかし、ザフラは言った。
「そんなくだらん事も気にするなんて日本人って優しいだな。私達の国の地域ではちょっと離れると廃ビルなんて許可取らずに勝手に仕事や住居してるスラムの連中も居るが、誰も住んでないと崩れる心配もあるから何とも言えないし、ただ、本当に何が起きても勝手に住み着いた奴が悪いと全て自己責任になるのにな。で、修行はしたいのか? 歩いて帰るにしてもここから何時間で帰る気だ?」
確かに住んでいないとどんな建物も劣化が速い。
誰かが住んでいれば劣化速度は遅くはなるが、全ては自己責任と簡単に片付けるので、やはり文化の違いが浮き彫りになった。
「いやいやいやいや。やるよ、政府はそれ問題視しないの?」
廃ビルの中に入りながら、ザフラとアミーナは考え、そういえばそういう話が起きたかと思い出そうとするも、一切無かったようで、頭を捻って光喜に答えた。
「……した事ないな?」
「そういえば、とりあえず治安悪化は避けれてますから、下手に外に出すと仮家が出来て衛生悪化しますし、こっちで目を光らせれば、悪い事はしませんよ? そこに住んでいる人達も税はちゃんと払ってくれますし」
「えぇぇぇ、やっぱり文化がおかしい」
光喜はどうも納得していないが、これ以上一般庶民の1人が突っ込むのも限界だ。
でも、ザフラも日本の面白い文化について聞いてきた。
「日本は怪異に対しても敬意を払ってるイメージあるぞ?」
言われてみれば確かにと思うも、光喜なりの解釈を入れつつ答えた。
「それは違う、怖いから行かないとかルールさえ守れば大丈夫とか、それと祟り神もしっかり祀って上げてルールもきっちり守っていれば、守神になるって聞いたことあるけど?」
「やはり多神教の中で面白いな」
「総一さんにも聞きましたが、考え方次第で守神にしてしまうのはやはり日本位だそうですよ? 前に聞いたんですけど、例え話で悪魔が神の様に働くとして見返りを要求した場合はどうすれば良いのかと、答えは都合のいいことばかり願いを叶えて貰ったんだから諦めろだそうです。実際近い神様も居ますが、毎年ちゃんと貢ぎ物、収穫したお野菜やお酒等でしっかりすれば良いのであって、一度止める事は出来ないのと一緒なので、注意も必要と言ってました」
文化の違いはやはり面白いらしく、特にアミーナはその話をいたく気に入っていた。
三階まで上がって来たところでザフラは止まった。
「ここでやろう、重力を使う話は君のアースに聞いているだろう?」
「う、うんそれは聞いてる」
「なら、アミーナ、物を用意して」
「かしこまりました」
アミーナは背負っていたカバンから色々取り出した。
空き缶や色が付いた砂に小さなテーブル等、一体いつそんな物を詰めていたのだろうかと考えてしまう。
数メートル先に空き缶をまず一つ置いた。
「ありがとう、アミーナ。さて、まず重力の練習だ。空き缶はとても便利だ、簡単に潰れるが近いか遠いかも分かり易いし、安心も出来る」
ザフラは手をかざし、すっと下ろすと空き缶が最も簡単に潰れてしまった。
だが、床は一切凹まず空き缶だけだ。
「とりあえず、強なんてものを覚えるより1番覚えるべきは最小限、洋楽の楽器の太鼓も最小限の音を覚えるのに最も時間が掛かる様に、どんな力も最小限がもっとも難しい、まずはここからだ」
アミーナは再度空き缶を置く前に色付き砂を撒き、空き缶を置いた。
トトが出現して話す。
「これは君のアースとのコミュニケーションがどれだけ取れてるかにもよるよ」
光喜は緊張しながらも、見よう見まねで手をかざしゆっくり下ろすが、範囲が広過ぎなのもあるし、そもそも場所位置が合っていなくて、色付いた砂にすら触れずに床が凹んでしまった。
「ふぁ?」
ニュートンも流石に出てきて言った。
「あぁぁ、お前は誰のイメージでやった?」
「ザフラの。それにほら、あの時琴さんも手を使ったり、日向さんもジャンヌ先輩も」
あの時手を軽く動かし、指だけでも指示した様に愛されし者の力が使われていた。
そのイメージで考えてやってみたのだが、ニュートンからすれば全くダメな行為だった。
「そこにいる異能者含め、全員経験値が高いんだ、要はイメージがはっきりしている。異能者はまず既にここって決めて力加減もしっかりしている。逆にお前はなんとなくコレと言った良い加減なイメージだ」
トトがニュートンを見て、光喜に話す。
「きついこと言う子だねこの子」
「ニュートンは最初にあった頃からコレです」
アミーナですら呆れていた。
「見たけど、あんたが押され気味なんだからもっと主張しなさい。でないといつなっても力を貸してくれないよ」
アースが見えていないザフラはこの状況を見て判断した。
「まず、とにかく感覚を掴むべきだな、その都度何度もニュートンに評価してもらえ、そしてアミーナとトトにも」
「はい!」
声を大きくして、もっと力を使う。
何度も何度も使っては酷評ばかりが飛び、心が初日で折れそうになる。
そして同時にニュートンは空腹を感じてはカーミルから貰ったまがい物を食べて空腹を凌いだ。
かれこれ2時間は過ぎた――……。
なのに一切色付いた砂も空き缶も無事だ。
精神的にも限界に達した光喜は倒れてしまった。
その様子を見てザフラは言った。
「全く、やはり透馬と言う男が居ないだけでここまで外すとか中々無い」
「はぁ……はぁ……なんで、ここまで外す?」
当人ですら訳が分からなかった。
ニュートンも小分けにした袋も後2、3袋しかなく、マンションに戻ればあるが、万が一何かあっては堪らないので、ここは一度終わるべきと判断した。
「これ以上まがい物を減らしたく無いから、ここらで解散したいんだが」
この話はザフラには聞こえない。
アミーナはザフラにニュートンの話を聞かせた。
「仕方がありませんね、ザフラ様、光喜のニュートンからまがい物の節約の為に今日は一旦終わらせましょう」
ザフラもずっと続けていても光喜の成長は見えないのも明白だ。
一旦休ませるのも話し合いも必須だと判断し、ここで終わる事にした。
「そうだな、バイトは来週の月曜だし、それまでには一回は当ててもらいたいので、宿題としてニュートンととにかく話せ、外でやるなよ。世間にバレると騒ぎになるから」
「ご、ごもっとも」
光喜が肉体と精神がピークに達しているようで声もまともに出せていない。
アミーナは仕方がないと無理矢理光喜を起こした。
「ほら、立って今日は終わったんですから車でミーティングです」
「う、うすっ……」
この廃ビルの近くの茂みに見知らぬ人間が光喜達の居る階を眺め、何かの模様が描かれたペンダント手を出す。
ペンダントはロケットの様で、開くと何か真っ赤でドス黒い液体がコレでもかと零れ落ち、ずずずっと這いつくばる様に廃ビルの方へと向かった。
「さて、たかだか30年位の怪異はどの位強いのか拝見しよう」
帰ろうとした直後、ザフラとアミーナが何かに勘付き止まった。
疲れ果てた光喜にはどうも思考が動かないので、聞くしか無かった。
「どうしたんです?」
「階段が、消えた」
「えっ?」
アミーナは壁に触り状況を見て、あまり芳しくない事を説明した。
「しかも、何者かによって結界及び怪異が侵入しました」
夕日が沈み辺りが暗闇に入ろうとする事には、この廃ビルには光すら入らない。
なのに怪異の影響で赤く不気味な光が差し込んだ。
足音が聞こえる。
ボソボソと泣く声が聞こえ、こちらに向かっていた。
その声はまだ幼く女の子か男の子か判別がつかない。
アミーナはザフラの前に立とうとした。
しかしザフラは今光喜の状態では逃げれないのを知っているため、そっちを頼んだ。
「自分は走れる、精神的にも疲れた光喜を担げ」
「はい」
よく分からないまま光喜が俵担ぎされてしまう。
「ど、どういう?」
何一つ分かっていない光喜にニュートンが怪異の気配と何かあってはいけないとすぐに目を瞑るか覆うよう言った。
「怪異がこっちに向かってるんだ、光喜、お前目を瞑るか目を覆え」
「目を覆う? なんで?」
光喜の言葉にザフラが反応し、アミーナのカバンから鉢巻を取り出し、光喜の目を覆った。
「そうか、こうしておくから外すなよ」
「分かったけど、少し寒気が……」
こんな辺鄙な場所ではあるが、寒くは無かった。
ところが、怪異の話になってから妙に寒さが突き刺さる。
アミーナに担がれているのに、それでも寒い。
小刻みに震える光喜の体にアミーナも分かった。
「それだけ近くに居るのです、移動しますよ」
急いで走ろうとした時、怪異の方がこちらに気づいてしまった。
「誰か……私……を……覚えてない」
小さな子供が立っていた。
ザフラもアミーナも血の気が引くのが分かる。
このまま居ては捕まってしまう。
とにかく引き返し、逃げ出した。
「あれはなんだ? 怪異の類いなのは分かるがなんなんだ⁉︎」
「光喜、貴様は分からんのかアレを⁉︎」
「し、知らないけど、ネットの12ちゃんねるとか見れば分かるかも?」
降りる階は無いが隠れられる場所を探し、アミーナの見るに愛されし者で怪異の位置を確認しながら、ザフラはスマホを使ってネットで検索をした。
「なるほど、特徴から調べて分かった。どうやら、20年か30年前にとある地域で実際に起きた話で、誰も知らない女の子が自身を知っている人間や子供らに訪ね、警察沙汰になったらしく、警察に何件も同じ内容で来たのがきっかけだな。結局未解決のままだそうだ。そのまま噂もあって名無しの子と言われていて、噂が原因による怪異といった所だ」
実際にその地域新聞にまで載った未解決の警察案件で、それ以降は無かったが経験者の語り部により、噂が噂を呼び、何時しか噂による怪異となった。
しかし、管理者側から見るとまた別視点になる。
アミーナがまがい物の影響による怪異の可能性に行き着く。
「なら、まがい物が付着した可能性が大ですね」
「まがい物って確か人の欲を叶え、代償として侵食する、噂も侵食するんですか? 国王もそんな感じで話てたし怪異ってそもそもまがい物とどう関わってるんですか?」
光喜からすれば、生きた人間を拐かす物であり、なんならもうコレこそが怪異の物体とも感じれていたが、噂だけでまがい物が反応するとは到底思えなかった。
アミーナはそれについて返した。
「人の欲は底無しですが、制御は出来てます。ですが、それは肉体と理性があってこそです。ですが、それが無くなると違います。残った魂に感情だけが残り、その近くにまがい物があればそれに反応し、怪異化します。ですが、それすら無くても出来る化け物級の怪異も居ますので、見極めが必要になって来ます」
カーミルが言っていたのと合点がいき納得した。
「成る程、だから霊能者も連れてけって言ったのか」
ザフラもやはり同じで噂にまがい物が反応するとは到底思えなかった。
「だが、アミーナ、噂程度で怪異が起きるのか?」
「その辺も総一さんから噂系統の怪異を聞いています。噂は75日も過ぎれば消えますが、それを過ぎても一定の噂が消えずに入れば、言霊により怪異が産まれると言ってたので半信半疑でしたが、これで分かりました。まがい物は噂の欲に反応したと」
話を聞いて、光喜は如何に言葉や噂の力を見せしめられたのか、自身で経験したからこそよく分かっていた。
「なるほど言霊による怪異か、言葉には力があるから気を付けろって言うけど、まさか噂にも力があるのか、前に意味の分からない噂で酷い目に遭ったか良く分かる」
そして、ある程度過ぎてからの噂の一定は大体盛り上げる為に盛られる嘘な為、無視するのが本来の対策だと最近は本当に思っている。
とりあえずネットが繋がるので、ザフラは誰かに連絡を入れるも、繋がりが悪く、loinもずっと送信中のまま固まったり電話は誰かと話中でずっと繋がらない。
「くそっ、ネットには繋げてくれるのに電話等々の連絡をさせる気はない様だ」
「名無しの子で、名前を当てようが当てまいがと連れ去られると言われていますし、自分の名前を言うと成り代わるとも書かれています」
流石に光喜も名無しの子の怪異に対して、絶対に付け足しが多いのに気付く。
「尾鰭背鰭が付き放題だと思う」
「そうでしょうね。日本の代表的な口裂け女等も最初はそこまで付けたしなんてなっていなかったのに増えたと総一さんも笑ってましたから、何処までが嘘かが分かりません。噂が噂を呼ぶので決して怖がっては行けません。まがい物が反応してしまいます」
アミーナの話でザフラも納得した上で1番危険な状態になり得る光喜に対して、目隠しを改めてしっかり締め直した。
「と言う事で、お前は暫く目隠し続行だ」
「うすっ!」
修行初日終了後に何者かにより怪異と結界に閉じ込められ、その怪異がまさかのまがい物によるもので、連絡を取る手段もないまま怪異とどう立ち向かえば良いのか分からずに弱点を探すしか無かった。