管理者の宿命
結局人のデートを邪魔しただけで、理美を中等部の寮まで送り届け、更に高等部の寮までフィリアと卑弥呼を送り、男3人でとぼとぼ歩き帰る。
光喜に至っては、理美のアースの言葉が気になって仕方がなかった。
冬美也が突然光喜に聞いた。
「そういえば、どうしてバイトしたいんだ? 確か部活の功績が良ければテスト成績以外でもあそこ授業料少なくなるし、上手くいけば免除出来るし」
確かに私立では良くある部活や成績の良さで授業料の料金が変わる制度はこの聖十字架学院でもある。
光喜はそれも十分理解はしていた。
しかし、それもやはりあの事件がきっかけで辞めており、冬美也達にその話をした。
「あぁ、それ、冬美也達も知っているだろうけど、あの事件以来の人の目と言葉が怖くなったんだ。帰国後は頑張って部活をと思ってやってたんだけど、妙にマスコミが押し寄せた事があって、許可無しで問題もあったし、他の後輩や先輩にもう来るなって殺意剥き出しで言われたし、顧問にも功績は素晴らしいがこうなると周りの迷惑になるから退部してほしいって言われてね。辞めるしかなかった」
「でも、高校生バイトってこの辺殆ど接客業だぜ? 理不尽なクレーマーもいるんだし寧ろ部活で――」
冬美也の言い分も一理あった。
部活に集中していれば、何てこともないだろうし、本当は続けられるなら多分今こうして居ないだろう。
だが、現実は虚しかった。
「うん、でも陸上部の見学しに行ったけど、足震えて無理だった。多分、もう戻れない。でも、バイトしたいのは早く自立する為で、一生咲さんの迷惑掛けたくないから」
そう、対人関係もそうだが結局恐怖で足がすくみ動けなくなってしまい、もう戻れないと悟った。
勿論、バイト先も冬美也の言う通り、もっと酷い目に遭う可能性だってあった。
光喜は全て理解した上で、早い段階で自立しなくてはいけないのだ。
助けてくれた咲にこれ以上迷惑をかけないようにと――。
「それなら尚の事しっかりしないと、お前の事だから心配無いが、心療内科とかちゃんと通院しているか? 一応その辺の話も相談しないと」
「行ってるよ、この間行って、入学式後の話でまぁ盛り上がって……ははっ」
光喜の乾いた笑いでフィンは悟った。
「まだ言ってないっぽいね、それ」
別の意味で光喜は震えた。
「言ったら、いきなり殴り込みしに行きそうで」
本当に殴り込みとかでは無いだろうが、あの過保護っぷりをあの当日見ていれば分かる。
十学か中学時の連中かどちらなのか一応フィンは聞いた。
「それどっち?」
光喜は頭を抱えながら必死に考えるも終着点は一緒になった。
「どっちも」
『うわぁ……』
流石に両方行くのかと2人は引いた。
「だけれど、咲さんには本当に足を向けられないと言うか頭が上がらないし、自分が勉強遅れているのを心配して信用出来る家庭教師にカウンセラーを探してくれたり、編入した中学校にもわざわざ話し合って、結局卒業するまで保健室での授業だったり、本当に色々して貰って、だから早くバイトとかで少しでも社会に慣れる準備したいから」
改めて聞くとやっぱり咲の存在が大きく、恩を早く返したいのだろう。
光喜自身は心が弱り引きこもる事で、身を守るしか出来なかった彼を救うだけでなく、ここまで成長したのだ。
咲の力は凄いと冬美也は感じた。
「なら尚のこと、しっかり話し合えよバイトの事」
「うん」
フィンは青春だなと優しい微笑みで2人を見た。
2人と玄関前で別れ、1人きりの時間。
食事も適当ではあるが、とりあえずあるもので簡単に作り、動画も見れるテレビで好きな動画を流しながらご飯を食べ、風呂は面倒なのでシャワーで済まし、寝るのはまだ早いので予習と復習の勉強をした。
無音は少々アレなのでスマホで適当な音楽を流しリズムに合わせて解いていった。
そんな時、咲からloinが入る。
咲
[バイトしたいって言ってたけど、申請書に親又は保護者の同意書も要るってloinで送られても困るわよ。来週の休みそっちに行くから、今週の休みは予定入っちゃって無理だから一応姉さんに聞いたけど……は分かるわよね?]
光喜
[ごめん、分かってる。来週はちゃんと予定空けとくから。母さんにも連絡ありがとう]
咲
[と言うか、姉さんも大事な息子の連絡先入れないとは……こっちで教えてもあっちが連絡入れてないし、もう面倒だから光喜にも来週教えておくわ、連絡入ったかどうか電話で凸ってやる]
光喜
[い、いやそこまでしなくても、確かに、俺もちょっと不便だし助かるか]
実際連絡先を渡してはいると聞いてはいたが、一度も連絡が入ったりloinで連絡を送られたり一切無かった。
逆に言えば、光喜も親の連絡先を知らない。
忘れたとは言い難いが、向こうは向こうでかなり立て込んでいたとも聞いた。
そして、両親自身もスマホを替え、連絡も変えてしまい、こっちに変わったと連絡を教えてくれなかった。
きっともう自分には関わりたくない現れだったのだろう。
ただ話たいと思った事は今は無いのも事実だ。
それだけ自身の心も変わってしまったのだと今更ながら気がつくのも少々乾いているとも言えた。
最後に咲からの返事はいつものだった。
咲
[んじゃ、またね、ちゃんと歯を磨いて寝るのよ]
光喜
[咲さんドンドンお母さんになって来てる、おやすみなさい]
軽いからかいで早々に切り上げ、勉強をした。
大きな揺れ、崩落するビルに家族が居るとか仲間が今出かけていてとか騒ぐ各国の言葉が行き交い、自分も言おうとすると必ず全員この言葉を返す。
「どうして、あなただけ助かったの?」
光喜はその言葉で必ず起きる。
「……っ! はぁ、最悪だぁ」
汗だくで手を見れば震えているのが分かった。
一生の傷は体に無くても心は一生残る。
起きてすぐに歯磨きして汗を流す為シャワーを浴びて、適当に食パンと粉末スープで朝食を取り、制服を着替えた。
外を出た直後に、フィンが冬美也に言っていた。
「冬美也〜! 今日は何も無くても流石に今出ないと余裕ないぞ」
中から冬美也が不満の声を出しながら部屋から出てきた。
「分かってるよ!」
たまたま目と目が合う冬美也と光喜は言った。
「おはよう」
「おう、おはよう」
妙に恥ずかしがる2人にフィンが突っ込む。
「何恥ずかしそうに言ってんだよ」
今日は高等部と中等部共に4時限で終わり、冬美也を見るとloinで誰かと連絡を取り合っていた。
光喜はからかいまじりで冬美也に聞く。
「何? 彼女と待ち合わせ?」
「うわふぉ⁉︎ ば、ばかいきなり聞くな! 変な返信しちまったじゃねぇか!」
冬美也の様子を見て、彼女の反応で他の女子達は残念がる子も居た。
それを見ていると、やはり狙っている子も居たんだなと感じるし、フィンも頭を抱えた。
「社長、これは身内だけの秘密な。まぁいつかはバレるがすぐにバレると面倒なのよね」
「あっ……ごめん」
身内同士だったし、なんか可愛いなと思った位でそこまで気にもとめてなかったが、こうなると変な人も湧く事を今まさに気が付いてしまった。
フィンは気を取り戻し、どうせいつもの事だからと軽く言って続け様に話した。
「良いの良いの、いつも時間が空くとコイツから連絡してるから、よく分かるしこっちでもそれとなくやっとくから」
そうしてフィンはショックを受けた子にそれとなく話をしていき、女子達と仲良くなって最終的に皆帰って行った。
一部始終見ていた光喜は思った。
『なんか手慣れている人がいる』
冬美也が光喜にフィンの事を伝えた。
「アイツ、そういうのガチで強いから頼もしいが敵に回すと死ぬから、身内以外でからかうとキレるから絶対しないように、でも光喜は身内として認めてるし、あっちも変なあだ名付けてるから大丈夫だろけど、一応気を付けておけ」
「ひぇ……」
その話で恐怖に陥れられた。
下校途中、1人で帰っているとジャンヌが声をかけて来た。
「やぁ、光喜、君は部活に行かず真っ直ぐ帰るのか?」
「ジャンヌ先輩、冬美也達も行ってないし、顧問も今日は早く終わると大体無人になるから帰って良いって言われたし」
「テスト前にならんと大半集まらんし、ほぼ昨日のメンツしか居ないからな」
「そうなんですか、本当に気楽な同好会なんですね」
やはり勉同は緩いようだ。
あの時と同じくジャンヌのポケットからスマホが鳴り、内容を確認した直後、嫌な顔をした。
「またか……悪い光喜、君は1人で帰ってくれ急用が出来た」
ジャンヌが走ろうとした瞬間、光喜はつい腕を掴んでしまった。
どうして掴んでしまったのか、本気で自分が分かっていなかったのだ。
「もしかして、管理者の事でですか? なら俺も――」
「ダメだ! 君はまだ分かっていない、どうしてもと言うなら覚悟を決めてから来るんだ」
ジャンヌは手を振り払い、走り去ってしまった。
きっと理美のアースが言っているのと、ジャンヌのその行動は一緒な気がした。
放置された光喜は、優しさで言われたのだと頭で分かっていたのに、あの時の部外者になりたくなかった。
崩落事件の外側の様に外にいたく無かったのだ。
多分、遅から早かれ真実に気付くのだから――。
結局見失い、駅の近くで途方に暮れてしまった。
「やっぱり、管理者の宿命ってよく分からないな、履き違えると心が壊れるってどういう……」
その時踏切を渡ろうと近づいた瞬間、どう見るかはまだ習って無かったのに、一瞬根というモノを初めて見た。
皆長く太いもの細いがどこまでも地中に伸びるものがあるのだ。
そして、そこで初めて横切った同じかそれより上の学生達の根は薄く張れるものが居ない。
イビトの意味を漸く理解した気がした。
でも、まだ憶測だ。
振り向いて聞こうとした。
「あれ? 1人足りない?」
だがアレは見て良いものではない。
もう1人がぼうっと立ったかと思えば宙に浮いた。
直後だった。
「見るな!」
冬美也がいきなり光喜を引っ張り、踏切向こうまで連れて行く。
そこには理美が居た。
「ここから先は行っちゃダメ。イビトが居るから」
「やっぱりあの人達が? でも、人とあまり……」
光喜はその先を言うのが怖くて口がこもるも、理美はイビトについて話す。
「人だよ、昔外人を異国から来た人を異人って言った様に、管理者は皆、異世界から来た人をイビトって呼ぶの。皮を被った人外とかじゃない。ただの迷い人が多くて、次に多いのは面白半分で入った人。だから本当の悪人や異能者ならともかく、生半可な覚悟で足を踏み込んじゃダメ」
そう話した後、理美は誰かに電話をした。
冬美也は光喜に言い聞かせる。
「光喜、さっきの話で頭が混乱してるけど、世界はどうエネルギーを取る?」
「えっ? そりゃ、生物の食物連鎖みたいな、頂点の生物もそうだけど、その屍とかが微生物に」
「そう、そういうサイクルだ。だが、それじゃ足りない」
冬美也が言う前に理美はスマホを光喜に見せた。
電話の相手は日向だ。
「冬美也の言う通り、それじゃ足りない異世界同士で繋がり栄養を送り合わなければ世界はエネルギー不足で死ぬ」
「はぁ? なら、管理者なんて」
「そう要らない、要らない様で要る。運悪く異世界の病原体がここの世界の住人に感染した場合、最悪その世界の住人全てが死に至るケースもあれば、異世界文化の流布により世界の死を早めるケースもある。それをせき止める為に、我々はやらねばいけないんだ」
「それが管理者の宿命なんですか?」
「あぁそうだ。悪いがバイクに乗って逃げ出した奴がいる」
直後、電話が切れてしまい、光喜は余計混乱した。
「な、んで、だ、だったら、最初から」
理美は再び話し出す。
「皆は言えないよ、皆それぞれ覚悟を持っていないと逆に私達が死んじゃうから、特になりたての私達はまだ一度も人生をおうかしてないから敢えて伏せられる。古参なりの優しさだから」
「何が優しさだ! 人が死ぬなんて――!」
「だからもう一つ賭けに出る、ここは盾の領域、矛から逃げ延び、イビトがこちらに入れば食われなければ保護される」
「食われたら?」
「それは世界が決める事、だから祈るしかない」
丁度その時、先程のいや、最後の1人がこちらに向かって来た。
後ろからジャンヌと日向が向かっているのを見て、心からこちらへ早くと呟いた。
しかし、世界は無情で残酷だ。
いきなり胴体が見えなくなった。
咀嚼音が踏切の警告音にかき消され、電車が通り過ぎるまで向こう側が見えない。
2人は光喜に見せる顔が無く俯くしかなく、光喜自身、ここで漸く管理者の宿命を全て理解した。
電車が通り過ぎ、遮断棒が上がる頃にはジャンヌと日向が立っていた。
ジャンヌは光喜に言った。
「分かった? 皆が一度は夢見た異世界の顛末よ」
その後から着崩れしたスーツの上着を着直す日向も光喜に言う。
「管理者は皆、その定めを知らなくてはいけない。例え、人畜無害であっても、この世界を守るとはこう言うことだ」
光喜は口を押さえた。
「これが管理者の宿命かよ……」
その後、光喜は泣き崩れてしまった。
これを消えるまで死ぬまで続けなければいけないことに――。