ケーキ屋
帰り際、冬美也は寄る所があるからと早々に別方向へ行ってしまった。
「何処に行くんだろう?」
普段から真っ直ぐ帰宅していないのは隣近所だから分かっていたが、バイト申請も今日済ませたばかりでバイトの面接でもするのかと考えてしまうが、流石にまだ許可が降りていないのだから無理だろう。
光喜が冬美也の行動を気にしていると、元気を取り戻したフィンが教えてくれた。
「んなもん、中等部だよ」
「何しに?」
「彼女」
「えっ?」
まさかの彼女発言に驚いてしまった。
しかし、中等部に彼女とはこれ如何に。
卑弥呼は余計に考える光喜に伝えた。
「冬美也の彼女とは一度会ってるわよ?」
「……⁉︎」
更に驚く光喜にフィンも驚いた。
「マジで気付いてない⁉︎」
ジャンヌは色々思い出してみたが、そういえば冬美也や自分、本人から彼女発言は一切していなかった。
だが、それっぽい事は何度もしていたし、なんだかんだ隣の席をそれとなく座っていたのが、気づかないものなんだなと考えふけた。
「やっぱり気づかないか」
卑弥呼もフィンも面白がって付いて行こうと提案した。
「なら、一回見に行く? 冬美也気付いてないし」
「そうね、名前ばらしても面白くないし」
「面白くないって、でもちょっと再確認位はしたいなぁ……確認したらすぐ帰れば良いよね?」
「よっしゃー! 行こう行こう!」
「気を付ければどうとでもない!」
光喜は少々気が引けるが、実際気にもなっていた為、ちょっと位見たら帰れば良いかと了承してしまった。
卑弥呼とフィンのノリノリ加減にフィリアが突っ込んだ。
「バレたら、きっと般若の顔になって殺しに来るわよ」
その一言で2人は黙った。
やはりからかいにも限度はあるのだ。
中等部と高等部は徒歩で十数分は掛かる距離で、基本的には本当に用事が無ければ通らないし、冬美也の今住んで居る賃貸マンションより更に遠くなる。
それ位大切な彼女なのだろうと感じ羨ましいとさえ思った。
中等部の校門前に着いた。
冬美也はスマホで時間を確認していた。
曲がり角で皆が冬美也の様子を見て、罪悪感が増す光喜が改めて止めようとした。
「やっぱりこれ良くないと、思う」
ジャンヌは怒られることに腹を括って話す。
「でも、気になるから行動を共にした。共同責任だからボクらはもう同じムジナだ」
「ほら、来るわよ! ちゃんと見ときなさい」
もう卑弥呼すら冬美也に怒られるのを覚悟していたせいで、もうどうにでもなれという言葉に相応しい位に清々しかった。
校門から出て来たのは、理美だ。
理美がやって来た事に嬉しそうに笑顔で接する冬美也を見て、漸く引っ越しした日に理美も手伝いに来ていた時やカラオケの時の対応も徐々に鮮明に思い出す。
今まで気付かなかった自分に恥ずかしくなり赤面となった。
「も、もう行きましょう。なんか、俺が恥ずかしい」
光喜はそそくさと後ろを振り向いた時だ。
「ばぁ!」
「わぁぁぁ‼︎」
例の長い金髪の女性に驚かされ、光喜は驚き過ぎて曲がり角から飛び出してしまい、冬美也と理美にはその驚いた声に気付かれ、こちらを見ていた。
仕方がないと小声でジャンヌが言いながら、光喜を助けながらそっと長い金髪女性について伝えた。
「あぁ、そうだ。このアースが理美のな」
「今言う⁉︎」
皆がある洋菓子店の居た。
ここの洋菓子店はセルフサービスだが注文したケーキと飲み物を持って席で食べれるので、賑わっていた。
そして光喜は冬美也に包み隠さず全て話した。
「――と言うわけ」
「成る程、光喜が申し訳ないのと恥ずかしさで感情がめちゃくちゃなのは分かった」
付けられていた当人の冬美也は光喜の態度に怒る訳にもいかず、半分諦めも混じっていたが、彼に言わなかったのも悪いのだから仕方がないと言った感じだ。
しかし、その周りに関しては別だ。
「いやぁ、まさか光喜君がいきなり飛び出すとは思わなかったわ」
「だから、改めて冬美也に問いただせば良いだけだったのに」
「いや、お前らも同罪だから!」
卑弥呼とフィリアは我関せずとばかりに他人事の様に話すので、冬美也に怒られていた。
丁度、注文中の他3人にも聞こえ、理美は少々申し訳ない顔をした。
ジャンヌ的には思ってるだけで口にはしていないものの、理美のアースにからかわれたとも言えた。
『完全に理美のアースにハメられただけだったがな』
ケーキと飲み物を持って3人は光喜達のいる席に戻った。
フィンはヤケクソ半分で皆にケーキを置く。
「はい、俺の奢りだちくしょう!」
「そしてお前は簡易椅子決定な」
「なんで!」
光喜、フィリア、冬美也、理美、卑弥呼、ジャンヌ、そしてフィンの合計7人という大所帯になってしまったのだ。
しかも席はかろうじて6人まで座れるので、最後に座るのが遅れたフィンが自然と簡易椅子になってしまう。
必然と言えば必然なのだが、同罪であるべき卑弥呼はさりげなく席奥に居るのはなかなかの理不尽さが滲み出ている。
流石に理不尽過ぎて嫌気がさしたフィンは卑弥呼に言った。
「後で、飲み物代は卑弥呼先輩から徴収します」
「うわぁ! そこで巻き込む!」
「良いでしょ? 1人あたま300円なんですから、こっちは大半が安くても一個500円ですよ」
ここの洋菓子店のケーキは有名店でも知られている程原価は安くない。
卑弥呼も一緒になって悪ふざけした身、仕方がないと諦めた。
「うっ……分かったわよ、払うわよ」
光喜も自分も払うと言おうとしたが、お前を煽ったのも彼らだからとジャンヌに言われ、冬美也も白状したので良いと言ってくれた。
ふと、理美をみると何かを探しているようにキョロキョロしている。
光喜は気になって聞いた。
「何してるの?」
「あっ、ううん光喜さんの居ないのが不思議だったから」
その言葉で、光喜は気が付く。
理美は自分のアースが光喜を驚かしたら、普通のアースなら自分の宿主を何らかの方法で現れても不思議ではない。
なのに一切出てこないのに不思議だったのだろう。
それに前から自分が管理者であるのを知っていた筈だ。
ジャンヌもその言い方で理解し、光喜に主語を使わずに伝えた。
「一応話すべきだったが、後回しにしてしまったようだ。後でボクの方から理美に話すから気にするな」
多分管理者なのは分かっていたが、アース自身を出せない状況たのを知らなかったようだ。
それはともかく、冬美也と理美が付き合っているのは分かったが、どうやって知り合ったのか、知りたいのもあるもののこれ以上余計な事をして冬美也に嫌われたくもないし、隣近所な分居れなくなるのも嫌だった。
逆に冬美也の方が光喜に対して気になっていたことを聞いてきた。
「そういえば、担任が言っていた陸上部の件何があったんだ? 欲しがっているような言い分だったが?」
「あぁ、俺、あの事件前までは陸上部のちょっとしたエースみたいな事をしていたんだ。写真とかはもう持ち歩いては無いんだけど」
光喜はもう思い出す必要のない思い出ではあったが、皆も事件を理解してくれているので、それとなく話せた自分に驚くもこんな短時間で変われるんだなとも思った。
フィンはその話を聞いてスマホで検索し、あの崩落事件の中学校は既に分かっていたので、ホームページか何処かのブログ辺りを漁った際に、あるものがヒットした。
「これお前がいた中学校の地元新聞カラーで載ってるけど、結構強豪の陸上部なんだな」
光喜は最初怖かったが、どうやらもっとも輝いていた頃のだったのでホッとした。
その新聞の一面には大きく写真が載っていて、フィンがスマホで皆に見せていた。
「金銀を総ナメする程の優秀な生徒に顧問は感激し、将来のオリンピック選手がこの学校に出るのを楽しみにしているって書いてあるけど……」
満面の笑みでメダルを持つ2人が写る写真を見て、左端に小さく名前が書かれていた。
「んっ?」
「右が二位の榊田渉、左が一位の如月光喜……?」
光喜以外は全員写真に釘付けになり、何度も何度も今の光喜と写真の光喜を見返した。
「えっ?」
短髪良質筋肉好青年が、1、2年でこうも変わるのかと皆驚くのも無理は無い。
この事件が無かければ、絶対ここで能天気に仲良くケーキを食べていないだろう。
もしそうでなくても、きっとずっと部活を続けていれば、スポーツ推薦で強豪高校やレベルの高い進学校にスカウト入学も夢ではなかった。
「そう気にしなくて良いよ。もう昔の事だし、もし気にしてるんだったら、冬美也もどうやって彼女と出会ったんだよ。聞きたいな」
光喜、聞く気もなかった事を聞き出そうとして、心の中でフルで混乱しツッコミを入れた。
『何言ってんだよ、俺ぇぇ‼︎』
ジャンヌと卑弥呼は聞いた事がなかった様で、知りたがっていた。
「ボクも知りたい、絶対巡り会わない筈の2人だ」
「そうね、私も知りたい」
「なんで聞きたいんだよ」
冬美也が必死にこの場を収めようとしたが、当の彼女である理美は答えしまう。
「冬美也が山の中で気を失っている所を拾った」
今度は光喜とジャンヌと卑弥呼が固まった。
冬美也はどう説明しようにもからかいにすら出来ない意味の分からない空気に打ちのめされた。
「どうして、どうして……!」
しかし理美の話はここで終わっていなかった。
「ちなみにフィンとフィリアも山で出会った」
「巻き込むのやめて!」
「と言うか、私は知り合ったのは施設よ!」
必死に3人が理美を止めようとするが、ジャンヌ達がそれを妨害し更におかしな方向へ向かおうとした。
もう闇に葬りたいこのやり場のない修羅場みたいな空気を――。
その時だ、ジャンヌのポケットに入ってたスマホが鳴った。
ジャンヌは気が付いて、スマホを見るとどうやらloinで誰かからの連絡だ。
「すまん、日向からの連絡だ。もう帰らないとならない。ケーキとコーヒーはまだ手を付けてないから、光喜、君にあげるから、また明日十学で」
慌てて荷物を持って、ジャンヌは帰ってしまった。
皆ジャンヌにそれぞれ別れ際の挨拶をしていたが、理美もスマホを取り出し確認していた。
ただこちらはすぐにポケットにしまった。
光喜はたまたま見ていたが、きっと店のお勧めメールやloinだったんだろうと思っていると冬美也は内容を覗いて心配していた。
「大丈夫か? それ、アダムだろ?」
「大丈夫だよ、ジャンヌ先輩が行ってくれたし、それに盾と矛はペースが違うから」
「即読スルーするなせめて、無理かどうか位は送れ」
「それもそうか」
この話だけ完全に違う内容だ。
もしかしたら、この内容は管理者に関係あるのではと直感で感じて追いかけようとした。
「ダメよ、君は何も知らないし、アースが出てこない以上足手纏い」
光喜の後ろから手を出し、見上げさせたのは理美のアースだ。
「どうし……」
「管理者の宿命を履き違えては行けないわ。でないと心が壊れる」
「こわっ――?」
急に冬美也に声を掛けられた。
「光喜? どうした上を向いて?」
「い、いや、べ、別に!」
気が付けば理美のアースは消えていた。
当のアース持ちの理美は何も感じていないのか、フィリアと卑弥呼と楽しく会話をしていて気付いてすらいない。
でも、どうして自分にこう言ったのか光喜には分からなかった。