地獄の門 三
十五分は歩いただろうか。相変わらず岩橋を歩いている。振り返っても雷奴はもう見えない。橋の下には煮えたぎる溶岩が広がっていた。当然のように熱いので、Tシャツは汗で吸収の飽和点を超え、足跡に水滴が混じっている。
「あちぃ。あーもう、つかれたー。」
視界もボンヤリとしてきて、歩みも最初と比べると格段に遅い。なにより足が重い。瞬きをする時に目に汗が入る。どれだけ進めば良いのだろうか。わたしは数年前の夏のコミケを思い出した。ナナシ二十八という作家の同人誌を買うために真夏の炎天下、行列に並んだ。大して好きな作風ではなかったが、作家のルックスと膨れ上がった胸が好みだったので、デビュー初期から購読していたが、いつしか人気が出て行列を作るようになっていた。いざ、わたしの番になった時、以前ならばそのルックスと胸を強調して媚びるように握手していたナナシ二十八が、今回は業務的な勘定を済ませて、わたしは列から放り出された。才能は無いが、ルックスで評価されている者などわたしには無益であると切り捨てた。そして次のコミケでも無益だと切り捨てたはずの感情を拾い上げ、またナナシ二十八の作り上げた列に並んだのであった。あの時の悔しさを思い出し、わたしは噛みしめるようにまた瞬きをした。瞬きの間、視界が暗くなり、目を開けると景色は全く違っていた。一瞬にして別の場所に移動したのである。
まず目に入ってきたのは滝だった。二十メートルほどの滝が入り江を作り、そのほとりにわたしは立っていた。なんとも美しい景色である。滝は軽快な飛沫をあげて、細かな水の粒子を辺りに散らし、青い空がその一つ一つを余ることなく照らしていた。入り江の水はどこまでも澄んでいて、水面に周りの森を反射させて彩っていた。そして、その景色を鑑賞しきる前に、わたしは入り江に飛び込んで、水を飲んだ。ゴクゴクゴクゴク。
「あー、生き返るー」
時を同じくして、地獄には何かが響き渡った。鳴動と呼ぶには大仰であり、さざ波と呼ぶには小さすぎる微かな変動を感じ取る者は限りなく少なかった。ただ、これを感じ取った者達は一様に地獄に訪れる波乱を予感した。
そのうちの一人、当代きっての術術師である釈迦は、衆合国の観光名所の山で、放浪の道中にいた。その山は途中までは緩やかな傾斜を描いているが、山頂にかけて急激に角度を増し、鋭利にとがった尾根を形容して「針山」と呼ばるようになった。
釈迦はその山のまだ緑の残る緩やかな傾斜の山腹にて立ち止まり、世界を見下ろして、白く染まった長い眉毛と顎髭を撫でた。
「輪廻か。久方ぶりよの」
とりあえず1章が終わりといったところでしょうか。
今のところ、いいねやお気に入りは全くありませんが、なんとかモチベーションを保ちながら少しずつ平太と旅をしてみたいと思います。




