93. 咆哮、響く(3)
本日2話更新、こちらは2話目です。
「がああああああああ!」
俺は在らん限りの力で吠えた。不意をつかれた蜥蜴たちの注意が一瞬、こちらにむく。その隙にフェルマリが動いた。一匹の蜥蜴の懐に走りこみ、真銀の短剣で喉を切り裂く。銀の火花が散り、喉から体液を吹き出して蜥蜴の一匹が倒れた。
仲間をやられた蜥蜴がフェルマリの方に向き直り、一斉に口を開けて牙を向けた。それから次々と飛びかかっていく。彼女はそれらを交わし、すり抜け、なんとか間合いを取ろうとするが、そこへ鞭のようにしなる蜥蜴のしっぽが背中を直撃した。エルフの華奢な体が宙を舞う。
「フェルマリ!」
俺は叫んだ。もし炎の壁の方に飛ばされれば命はない。だが、奴らの背後に回っていたことが幸いし、なんとか反対側の壁の前の地面で止まった。フェルマリはよろめきながらも立ち上がり、短剣を構えたものの、ダメージは大きく、足が震えている。
弱ったエルフに蜥蜴が殺到するが、そこに俺が駆けつけて間に入る。牙を剣で受け止めると、俺の体も大きく跳ね飛ばされた。俺は両足で着地すると同時に再び突進し、赤熱蜥蜴の頭に向けて渾身の一撃を振り下ろす。岩をも容易く切り裂くドワーフ鋼の剣が蜥蜴の頭を両断した。
「フェルマリ、大丈夫か!」
「私よりもキャスリン様が!」
フェルマリが鬼気迫る様子で言った。跳ね飛ばされたことによって、キャスリンと分断されてしまった。炎の壁の前に取り残され蜥蜴に囲まれたキャスリンは、スリングで石を放るが、蜥蜴の口で容易く受け止められ、噛み砕かれて飴玉のように飲み込まれてしまった。顔面蒼白になったキャスリンに向けて、3体の蜥蜴が容赦なく飛びかかっていく。
「キャス!!」
彼女の元に向けて走るが、そこに一匹の赤熱蜥蜴が立ちはだかった。
「どけ!」
力任せに振るった一撃を振るうが、焦りが剣筋を乱していた。蜥蜴の頭に当たった剣は、刃が逸れて弾かれた。いかに優れた剣だとしても、刃の当たる角度が逸れては十分な切れ味を発揮できない。仕留め損なった蜥蜴が怒りの咆哮をあげ、俺に前足を振るった。鋭い爪の一撃を剣で受け、俺は後方に弾き飛ばされた。それはキャスリンとは逆の方向でさらに距離を離されてしまう。
「キャス! 逃げろ! 逃げてくれ!」
祈るような声で叫ぶが、しかし炎の壁を背にどこに逃げろというのか自分でもわからない。すでに蜥蜴たちはキャスリンの元へ殺到していた。岩でできた体と牙の前に、17歳の少女の肉体など一瞬でボロ布のように切り裂かれてしまうだろう。
だが、そうはならなかった。
蜥蜴たちはキャスリンに到達することはなく、手前の地面に顔をめり込ませて、動けないでいる。キャスリンの隣に立った黒衣の女性が、つまらなそうに蜥蜴を見下ろしていた。
「「グリシフィア!」」
驚いた俺とキャスリンの声が重なって響く。その声がうるさかったのか、グリシフィアが顔を顰めて言った。
「あなたは私が守ると言ったはずよ」
グリシフィアがキャスリンの手をとり、そこに嵌められた月の指輪を指でなぞった。ここに向かう前に、グリシフィアが授けたものだった。
「旅の間、この指輪があなたを守るわ。あなたに害意を持つものは、どんなものも、あなたに近づくことはできない。この獣たちのように地面に沈むことになるわ」
「グリシフィア! 私よりフェルマリを! ランスを助けて」
「助ける? どうして?」
グリシフィアがいつものように微笑んだ。
「これも言ったわ。あなたを守るのは、あなたに興味があるからよ。ランスもエルフも、ここで命を落とすことになる。そのとき、あなたがどんな顔をするのか、興味があるの」
「キャス! 心配するな! 魔女の助けなんて必要ない!」
俺はこいつの性根の悪さを知っている。初めからこいつの助けなんか期待していない。むしろ、キャスリンを守ってくれるのであれば、思う存分、戦える。
「こんな蜥蜴なんてすぐに片付ける。だからそこで見ていてくれ」
「ランス様! フェルマリもお側にいます!」
フェルマリが短剣を構えて、俺の隣に並んだ。だがそのこめかみには汗が滴っている。先ほど跳ね飛ばされたダメージが残っていそうだった。
赤熱蜥蜴はまだ8体いる。手負のフェルマリと二人で戦うには分が悪い数だ。それにこいつらは唸り声で、仲間を呼ぶと聞いている。であれば多少無茶をしようとも、これ以上、数を増やす前に叩くしかない。
そして、そのとき————-
「アオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ………」
あたりに巨大な咆哮が響き渡った。見えない波紋が走って大気を震わせ、立ち昇る炎の壁が揺らぐ。
赤熱蜥蜴のものではない。明らかに異質な、狼のような遠吠えだった。そしてそれは、激しく燃え盛る炎の壁の向こうから聞こえてきたのだった。圧倒されているのは俺たちだけでなく、赤熱蜥蜴たちまでもが、固まっていた。
「アオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ………」
さっきよりもずっと近くで、再び咆哮が響いた。すると赤熱蜥蜴たちが我にかえったかのように機敏に動き出し、声と反対側の炎の壁の方に次々に飛び込んで消えてしまった。
「なんだ、この咆哮は」
「ランス様! 今のうちにキャスリン様と!」
そうだ、合流しなければ。俺がキャスリンの元へ駆け寄るのと同時に、燃え上がる炎の壁の上昇気流に乗って、何者かが勢いよく空中に飛び出してきた。
それは身体中から発した白い蒸気に包まれて、姿が見えない。かろうじて見えた長いものが光り、こちらに振り下ろされる。俺は足を止め、後ろに飛んだ。俺がさっきまでいた場所にそれが振り下ろされ、衝撃と共に黒い土煙が舞う。
とてつもない、かつてイースティアで見た大砲を思わせるような一撃だった。剣で受けようとしたらどうなっていたか。俺の背中を冷たい汗が滴り落ちる。
立ち昇る土煙と蒸気の間から、その一撃の主が立ち上がった。その姿は———。
「人間!? バカな」
着込んだ革の鎧からは熱い胸板や筋肉の隆起が見て取れた。背丈はジョイルよりも大きく、鍛え抜かれた肉体を持っている。そしてその顔には仮面。
禍々しい、狼のような仮面だった。片目が潰されたデザインになっており、残された片目が赤く光っている。そして手には背丈ほどの大きさの無骨な直刀を持っている。まさか先ほどの一撃、剣によるものなのか!?
「獣相の……剣士」
獣相の剣士は体から白い蒸気を立ち昇らせながら、腰だめに長剣を構える。そのまま一気に跳躍して間合いに入ると、こちらに剣を薙いできた。
次回、月曜更新になります。
よろしくお願いいたします。




