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92. 咆哮、響く(2)

 ハァ…、ハァ…、ハァ…。


 空気に喘ぎながら、岩の凹凸を蹴り続ける。道は崖に挟まれてゆっくりと左に曲がっていき、やがて長くまっすぐな道に変わった。直線をかけ抜けながら俺が声を上げる。


「ジョイル! ついてきてるか!」


 振り返れば、ドカドカと大股でジョイルが追いかけてきているところだった。その腰と右脚に燃える人型が一匹ずつすがり付いていて、引きずられながらも手を離そうとしない。炎がジョイルのまとうマントに燃え移っている。


「うあちちち! ランスぅぅぅ、助けてくれえ!」


 俺は踵を返し、炎に巻かれようとしているジョイルの元へ向かった。走りながら、自分の手を額に当てる。試すなら今だろう。


 俺は目を瞑り、自分の奥底の感情に目を向ける。そこには怒りなのか、なんなのか、燃え盛る火炎の心象があった。そして炎の中心に、忘れもしない200年前の姉の姿が見える。彼女の目から一筋の涙が溢れる。その瞬間に、当時の激情が俺の血を駆け巡った。


 俺は目を開けた。そこには現在の、炎に巻かれようとしているジョイルと人型の姿がみえる。そちらに向かって手をかざした。額の荊の紋様が黒い光を放ち、それが俺の両腕の方へと広がって黒い荊を発現させた。


 すると人型とジョイルを包んでいた炎が俺の方に向きを変え、荊の中に吸い込まれていく。あっという間の出来事で、後には炎を失った黒い煤人間が残った。俺が駆け寄る。煤人間は何が起こったのかわからない様子で呆然と俺の方に顔を向ける。


 次の瞬間、俺の剣が2体の人型の首を刎ねていた。荒れる息を整えながら、剣を振って血ぶるいをする。それから人型たちの追撃に備えて後方に荊の手を向けた。


「ランス、その荊の紋様」


「ああ、思った通りだった」


 出立前に荊の紋様で竈門かまどの火を吸い込もうとしてみたができなかった。だが魔物の炎であれば、吸収することができる。


「すげえじゃねえか、それがあればイフリートも」


「いや、どうだろうな」


 炎を吸収した荊が白く炭化し、俺の腕の周りでポロポロと崩れ落ちていった。集中すればさらに多くの荊を出すこともできるが、いずれにせよ限界がありそうだった。


「この荊のことを考えるのは後だ。煤人間は剣で斬っても死なないぞ」


「そうだった、分裂するんだったな」


 俺が切り捨てた人型は地面に転がりながら再び分裂し、だがそこで動きを止め、硬直した。俺は警戒を解かずににじりよると、煤人間は後ずさる。


「ハァ、ハァ……なんだよこいつ、ビビってるみたいだ。おまえの荊を恐れているのか?」


「わからない」


 俺はあたりを見回す。両側の崖は相変わらず黒焦げた色をしていて、凸凹した黒い岩肌の道のあちらこちらには岩石が転がっている。人の腰まである丸い岩石の、その質感に違和感を覚えた。


「ジョイル! 岩に気をつけろ!」


 俺が岩から離れると同時に、岩から手が伸びた。それが手直な煤人間を捕まえる。岩は立ち上がると、それは爬虫類のような目を開いてこちらを睨みつけた。その姿は人間ほどの大きさの岩の蜥蜴で、体から火が発し、炎をまとう。


「ああ! こいつら!」


赤熱蜥蜴サラマンダーだ」


 赤熱蜥蜴は捕まえた煤の人型に齧り付いた。人型も炎をまとって追い払おうとするが、構わず蜥蜴は齧り付き、捕食していく。


 ゴシャッ、ゴシャッ……。


 なすすべもなく人型は喰われていく。どうやらあの人型は、赤熱蜥蜴にとってはただの餌に過ぎないらしい。遠くの方では煤人間の仲間が一目散に崖の上に逃げていくのが見えた。そう、あいつらは荊ではなく、赤熱蜥蜴を恐れて逃げていったのだ!


「ジョイル!」


 俺は叫び、鬼気迫る顔で前方を睨んだ。キャスリンとフェルマリが先を逃げているはずだ。その先にも赤熱蜥蜴がいるのだとすれば、煤人間などよりよっぽど危険な魔物だ。


 思わず俺は走り出していた。その動きに呼応するように、周囲の岩が動き出した。次々に立ち上がり牙をむく岩の蜥蜴には構わず、俺はその間をすり抜けて、崖の向こうに走った。追いかけようとする蜥蜴がこちらに首を向けるが、そこにジョイルの放った鎖が巻き付く。


「ランス! 先に行ってろ。こいつらは俺が食い止める」


「グォオオオオオオオオオオオオオオオ……!!」


 赤熱蜥蜴の、大気を震わすような巨大な雄叫びがとどろいた。しかし俺は振り返らずに「わかった!」短く言い、そのまま走り抜けた。


 やがて今まで延々と続いていた崖に終わりが見えてくる。崖の切れた先に、炎の壁が見えた。それは天高く上空まで吹き上がり、北の裂け目の山々よりさらに高く燃え上がっていた。風と熱の噴き出るゴオオオオ……という音が鼓膜を振るわせる。


 見間違えるはずもない。これはあの日、故郷を焼き滅ぼした炎である。北の裂け目を抜けて、俺はついに故郷、ノースティアの窪地に到達しようとしている。だが感慨に耽っている暇などない。


 俺は一気に北の裂け目を駆け抜ける。崖が切れた先、炎の壁は左右に分断されて道を作っていた。道幅は今までの裂け目と同程度で20m程度で、はるか彼方、見えなくなるずっと先まで続いている。


 もちろんこの道も、グリシフィアの魔法によってできたものだろう。もしあいつの魔法がなければ、今いるこの場所も絶え間ない炎で満たされていたに違いない。


 その炎に挟まれた道中に、3人の姿が見えた。キャスリン、フェルマリ、グリシフィア。そして俺の不安は的中し、彼女らは10体ほどの蜥蜴たちに追い詰められ、炎の壁を背にしていた。


 だがまだ生きている!


「がああああああああ!」


 俺は在らん限りの力で吠えた。

すいません、遅くなりました。

(なんとか木曜日に更新できました)

本日中にもう1話更新します。

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