91. 咆哮、響く(1)
「射ちます!」
フェルマリが矢を放ち、黒いものに命中する。
「ギィぇぇぇエェl!」
叫び声をあげ、その黒いものが地面に落ちた。それは黒い煤が集まってできた、不明瞭な輪郭を持った人型の生き物だった。
「つッ!」
俺の頬に熱い塵のようなものが当たる。見れば、上空から黒い煤が雪のように降ってきていた。だがそれは雪とは逆に火の粉のような熱を持っている。
俺はキャスリンを自分の腕の中に引き寄せ、庇いながら抜刀した。青白い刀身のドワーフ鋼の剣、それで降り注ぐ煤を振り払う。
煤に混じり、人型の塊が崖を這って降りてくる。人型は獣のような四足歩行で、その体が動くたび煤が舞い落ち、こちらに降り注いでいるようだ。
「なんだこいつら、煤の化け物か!」
「襲ってきやがるぞ!」
煤の人型は大きく口を開ける。口の中も真っ黒で、煤に塗れた中に鋭い牙が見えた。かと思うとそこから炎が吹き出し、黒い体が炎に包まれた。その人型は燃えながら、崖から跳躍してこちらに飛びかかってきた。
「シッ!」
俺は鋭く息を吐き、飛びかかる炎の人型を切り捨てた。人型は胴から真っ二つになり地面に転がる。
しかし、崖に蠢いているのはその一匹だけではない。さらに三匹、その身に炎を纏い、崖から跳躍して落ちてくる。と同時に、そこに光が一閃した。するとその魔物たちが空中で両断され、力を失って地面に落ちた。
ジョイルの鎖だった。鎖の先についた剣が、3匹のうち2匹を両断したのだった。そして残った一匹の額に、フェルマリの矢が正確に突き刺さった。
「やるな! エルフちゃん!」
「まだです!」
フェルマリが鋭く言って崖の上を見た。高い崖の上から、滲み出るように幾つもの黒い煤人間の姿が見えた。その数がどんどん増えていく。
「フェルマリ! 足元!」
キャスリンの声が響く。上空を見ていたフェルマリの足元に、燃える人型が這い寄っていた。だがそれが襲いかかるより前に、その額に石つぶてが命中した。
「ギャ!」
人型がたまらず額を抑えた。そこへフェルマリが反応し、腰の短剣を抜きざまに切りつけた。
「ギィぃやあああああ!」
錆びたような耳障りな音を立てて、魔物の体から白い煙をあがると炎が消え、煤となってその体が崩れ落ちた。
「キャスリン様! 助かりました!」
「よかった! けど、見て!」
キャスリンが投石器を構えながら地面を指差した。先ほどジョイルが両断して転がった人型の体が蠢いて、2体の煤の人型となり、動き出しているところだった。
「げええ! こいつら、斬ると増える奴らなのか!」
「そのようだな! だが、フェルマリの短剣で斬ったものは再生しないようだ」
フェルマリの真銀の短剣で斬った魔物は煤になって崩れたまま、動く様子はない。
「崖の上の奴らはどんどん増えていくぜ! ここは奴らの巣なんじゃねえか!」
「私が短剣で応戦します!」
フェルマリが前に出ようとして、それを俺が止めた。
「いくら短剣が有効だとしても、それひとつで相手できる数じゃない! 幸い、奴らが降りてくるのはまだ時間がかかる! 駆け抜けよう!」
「ええ、走るの? せっかく休めると思ったのに!」
キャスリンが不満そうにむくれて見せた。
「キャスリンちゃんよ、疲れてるなら俺の背中に乗ってもいいんだぜ」
ジョイルがキャスリンに目を向けた。その目は明らかにキャスリンの体の方を見ている。
「俺はいつでも大歓迎だ」
「はいはい、自分で走るわよ」
「フェルマリ! キャスと一緒に崖の先に行ってくれ! 俺とジョイルは殿だ! この燃え殻どもの相手をしながら時間を稼ぐ!」
「あーあ、俺ってこんな役目ばっかな」
言いながら、ジョイルが俺の隣に並ぶ。
「あらあら」
背後からグリシフィアの声がする。
「さっそく窮地のようね。私のお守りが必要かしら?」
「必要ない! お前もキャスたちと先に行ってろ」
「あらそう。では幸運を祈るわ。こんなところでやられるなんて興が醒めることのないようにね」
グリシフィアの体がゆっくりと宙に浮き、そのままキャスリンの方を追いかけて飛んでいった。その後ろ姿を見たジョイルが、
「お嬢さあ、お前が頼めば助けてくれたんじゃねーの?」
「バカいえ、そんなはずがない。俺の反応を見て楽しんでいるだけだ」
「そっか、あーあ、楽できると思ったのによお。ま、いっか。さっさと片付けてキャスリンに褒めてもらおう」
ジョイルは煤人間に向き直り、そして思い出したようにポツリと言った。
「そういや、おっ◯い見せてくれるって約束、どうなったんだっけ?」
「あぁ!? 誰の! まさかキャスじゃねえだろうな!」
思わず俺は凄んでいた。言いながら、襲いかかってきた人型を切り捨てる。
「そらそうよ! 他に誰がいんだよ!」
ジョイルが鎖を振るい、飛びかかる人型を叩き飛ばす。
「てめえ! 非常時にかこつけやがって! 卑劣な野郎だな!」
「うるせええ見たって減るもんじゃねえだろうが! 黙ってても女が寄ってくるてめえにはわからねえだろうよ!」
「そんなんだから! 女の一人も寄って! 来ねえんだよ!」
言いながら俺とジョイルが次々に人型たちを打ち倒していく。両断した煤人間が動き始めるが、そこへジョイルの鉄鎖についた分銅が叩き潰した。
「こいつら、ある程度まで小さくなったら動けないみてえだぞ!」
「そうみたいだな。ジョイル、そろそろ引くぞ。上の奴らがやってくる」
「おお、やべえやべえ」
見ればとんでもない数になっている。俺とジョイルは背中を向け、並んで崖の向こうに走った。後ろから、炎の人型が四足歩行でこちらを追ってくる。崖の上から仲間たちが合流してその数がどんどん増えていき、数十体ほどに膨れ上がった。
「遅いぞジョイル! もっと早く走れ! あの数に追いつかれたらただじゃ済まないぞ!」
「無理言うんじゃねえ! 人には得意と苦手があってだなあ!」
「そうか仕方ない。じゃあ置いていくけど恨むなよ」
「いいわけねえだろお! 俺たち死ぬときは一緒だぜ!」
「俺は生き返るけどな」
俺たちは並んで走っていたが、すぐに俺が前に出て、少しずつ差が開いていった。振り返れば、ジョイルのすぐ後ろまで炎の人型が追いつき、牙の生えた口を大きく開けたところだった。
「ったく手間のかかる海賊だな!」
俺はUターンすると、煤人間の先頭の何体かを切り捨てた。そこへ後続の人型たちが追いついて飛びかかってくる。俺は奴らの体当たりをすり抜け、それからまた背を向けて逃げた。見ればジョイルはこの隙にだいぶ前方まで進めていた。俺はその背中を追いかけて走る。
しかし走りながら剣を振るうのは通常の何倍も体力を消耗する。俺は息を切らしながらようやくジョイルの隣に並ぶと、ジョイルがニヤケ面をこちらに向けた。
「なんだ、へばっちまったのか? 相変わらず体力のないやつ」
「誰の……せいだと! てめえも少しは……働きやがれ」
「あいよお」
ジョイルは走るのを止めて振り返ると、鎖を一、二、三閃と続け様にふるった。追ってきた煤人間たちがバラバラに吹き飛ばされる。
「おら、こんなもんよ……って、てめえ、そんな遠くまで!」
俺は足を止めず、そのまま走っていた。最悪、あの体力馬鹿なら多少、人型に齧られたところで死にはしないだろう。多少、なら。
すいません、遅くなりました。
本日中にもう1話、上げるつもりですが描き終わらないので、
今日の夜くらいになると思います。




