90. 窪地へ(4)
本日2話更新。これは2話目です。
「もし円形の地でイフリートをなんとかできりゃあな、その先が真銀の採掘場だ。そこには純度の高い真銀が山のように眠ってるはずだ。武器に加工するには十分すぎる量のな」
「ああ、わかった」
俺は地図から目を離さずに言った。深奥に辿り着くための道をできるだけ頭に入れるつもりだ。もし円形状でイフリートと戦闘になった場合の逃走経路も頭に入れなくてはならない。
「地図はおまえにくれてやる」
「いいのか、貴重なものだろう」
「無論そうだ。だからこれは、写しだよ。遠慮なく持っていきな」
「ありがとう、ジルコ」
俺が礼を言うと、ジルコは照れたように手を振った。
「いちいち礼なぞいらねえよ。おまえが真銀を持って帰ってくりゃあ、俺も腕が振るえる。俺だって職人として、いい武器を作るのは本望なんだからな」
「ああ、真銀は任せてくれ」
俺は仲間達の顔を見回した。フェルマリは神妙な顔で、キャスリンは笑って、ジョイルもにやけづらで、それぞれが頷いた。
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そこから数日が過ぎた早朝、俺は北の裂け目の焦げた道に歩みを進めた。炭化した地面はまだ余熱を持っており、ところどころから黒い煙が上がっているが、ブーツを履いていれば歩けないほどの熱ではない。
俺の合図とともに、フェルマリ、キャスリン、ジョイル、グリシフィアが俺についてきた。
眼前には、山脈を巨大な斧で切り裂いたかのような裂け目が見える。長年、炎に炙られていたため、中は真っ黒で、それは黄泉の国にでも通じているような不気味さがあった。しかし俺たち5人は、躊躇いなく裂け目の奥へと足を踏み入れていく。
燃え滓などが舞い散ることを考えて、みなフードを被って口元を布で隠していた。しかし心配していたようなひどい粉塵はなかった。
「私がすべて吹き飛ばしたもの」
グリシフィアが言った。こいつの魔法は掃除にも便利そうだな。そんな考えが頭をよぎった。
「もっと焦げた臭いがするかと思ったけど、そんなこともないわね」
意外そうにキャスリンが言った。確かに火事の跡のような、独特の匂いなどはほとんどしない。あまりに長い間燃え続けていたせいか、臭いの元となるようなものも全て燃え尽きてしまったのだろうか。
「それより転んだりすんなよ。まだ熱いところがありそうだしな」
ジョイルが真っ黒な凹凸の地面を歩きながら言った。黒によって凹凸が見えづらく、気をつけないと確かにつまづいてしまいそうだ。
「あたしよりあんたが気をつけなさいよ。ここに来てからあんた、しょっちゅう火傷してばっかなんだから」
キャスリンの返しに、「それもそうか」と火傷の跡の残る顔でジョイルが笑った。
地面だけでなく、左右を挟む巨大な崖も真っ黒だった。その間を幅20から30m程度の道が曲がりくねりながら続いていく。
同じような景色を見ながら3時間程度歩いただろうか。やや開けた場所に出た。
ジョイルが座れそうな岩を見つけて、素手で触れてみる。
「大丈夫、熱くねえ。この辺で一休みとしねえか?」
俺は頷く。
「いいだろう。だが、ここはもう窪地へ向かう道中だ。魔物が出てもおかしくない」
左右は崖に挟まれている。もし魔物が出るとすれば前から、そして一応は後方も警戒しておくべきだろう。フェルマリが俺の意図を察し、前後を見回した。
「今のところ、生き物の気配はありません」
「そうよかった! あーあ、疲れたあ」
キャスリンが言うと同時に、手近な岩に座って足を伸ばした。
「キャス、大丈夫か?」
「大丈夫よ。これでも旅芸人だもの。歩くのは慣れてる。あなたも知ってるでしょ?」
言って、キャスリンが「ふふふ」と笑って意味ありげにこちらを見た。俺は視線の意味がわからず困惑する。
「なんで笑うんだ?」
「いや、思い出しちゃって。私が小さいとき、なんでか忘れたけどベアードに叱られて、一座を家出したことがあったでしょ?」
「ん? そういや、そんなことがあったような」
「私、一人じゃ心細かったからさ、あんたの手を引っ張って二人で家出したのよね」
「ああ、思い出した。酷い目にあったな」
「そうそう、二人で生きていくんだって、今みたいにたくさん歩いてさ。それであたしはすぐに疲れちゃって、おまけに寂しくなってきちゃって、帰りたくなったんだけど、帰り道がわからなくてワーワー泣いたのよね。けどあんたは泣きも喚きもせず、すました顔をしてるだけだった」
「そうだったな」
「それであんたが冷静に周囲の大人に事情を説明して、ベアードの元まで送ってもらったのよね。あんたさ、あたしより二つ年下でチビのくせに、妙に落ち着いてて可愛くない弟だって思ったのよ。今思えば、当然よね、あんた、200年生きてんだもん」
「そうだな」
キャスリンが体育座りをした膝に頬を乗せて、俺の目を覗き込んだ。
「今思えば、ずっとあんたに守られてたのかもしれないわ」
「考えすぎだよ」
「そうかしら」
キャスリンがニコッと笑った。
「あんたがさ、弟でよかったわ」
「そりゃ、どうも」
俺はなんとなく、キャスリンから目を逸らした。彼女はいつも真っ直ぐに俺の方を見る。たまにそれが気恥ずかしい。
「おいおいキャスリン、いつまでたっても弟くんに頼ってちゃいけないぜ」
割って入ってきたのはジョイルだった。
「これからお前を守るのは俺の役目さ」
「は? なんであんたなんかに守られなくちゃいけないのよ」
「お、おいおい、すでに何回か守ってるよな? 忘れたわけじゃねえだろ?」
「忘れたわよ」
不機嫌な顔でキャスリンがそっぽを向いた。
「わち!」
そこでジョイルが不意に声を出した。
「どうした?」
「いや、なんか首筋に落ちてきたよ」
ジョイルが空を見上げた。俺も上を見る。
崖の外側ではチラチラと炎が見える。その火の粉がここまで落ちてきたのか?
「呑気なものね」
呆れたようにグリシフィアが言った。
「エルフはもう気が付いているわよ」
「ランス様! あそこを!」
フェルマリが弓を構え、弦を絞った。真っ暗な崖に向かって狙いを定めている。
矢の鋒の向かう先、よく見るとその黒い崖がぞぞぞと蠢いている。
「射ちます!」
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