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85. 満点の星の下(後)

本日は前後編の更新になります。


「We cannot grasp the moon(月に手は届かない)……か」


 月夜に佇む彼女を思い出す。

 一人、無感動に月を見上げる彼女。


 確かに、彼女に触れることのできる存在などいないのかもしれない。

 

 俺の剣は奴の魔法に阻まれ、届くことはない。

 相手は、夜を支配する孤高の魔女なのだ。

 確かにそれは、月に向かって剣を振るうようなものなのかもしれない。


 いや、違う。


 ただ一度だけ、俺の剣は奴を捉えた。

 効かなかったとはいえ、俺の剣は奴に届いた。


 思いに耽る俺の肩を大きな手が叩いた。


「おまえは例外だぜ、ランス。グリシフィアがあんなに自分からはなすなんて、おまえくらいのもんだよ。おまえなら月だって落とせるかもな」


「バカなこと言うな。俺の目的はあいつを殺すことだぞ」


「そうだな、グリシフィアだってそれを待ち望んでる。案外、まだ見ぬ王子さまを待つような気持ちかもしれないぜ」


「いかれてんのか? あいつは魔女だぞ。そんな人間らしい感情があれば……」


 200年前のあんな惨劇は起こらなかっただろう。


「まあ、お前の気持ちはわかった」 


 俺は話を切り替えた。

 

 こいつが真剣だということはわかった。

 まっすぐなジョイルの思いと言葉。

 

 だが、あの日の俺はどうだった。


 俺はフィリオリにもまっすぐな気持ちで向き合うことができなかった。キャスリンの気持ちにだって答えられるはずもない。


「おまえを応援するつもりはない。だが、邪魔するつもりもない」


「おうよ」


「本当に海賊から足を洗うのか? キャスを幸せにしてくれるのか?」


「当たり前だ」


「だったらあとは、キャスの気持ち次第だろう。俺がどうこう言う話じゃない」


 そう、結論づけた。


 だが、心中はあまり穏やかではなかった。

 このわだかまりはなんだろう。

 まさか、キャスリンが嫁に行くかもしれないと聞いて、動揺しているのか?


 馬鹿らしい。転生して、精神まで子供に戻ってしまったのだろうか。


 そんな俺に、ジョイルが少し声の調子を落として話しかけてきた。


「それで、そのキャスの気持ちなんだが」


「ん? ああ」


「実はぜんぜん相手してくれないんだ」


「は? じゃ、だめじゃねえか」


「どうにかならないか。一応、お前、弟なんだろ? 彼女の喜ぶもんとか知らない?」


「知るか! 応援もしないと言っただろう。そんくらい、自分で考えろよ」


「あーあ、そうかい。役に立たねえ弟くんだぜ! グリシフィアとかあのエルフとかさあ、なんでおまえばっかもてんだろうな」


「おまえがモテないだけじゃないのか?」


 俺の率直な意見に海賊がグッと黙った。


 俺は奴に背を向けて、カイルの屋敷に向かった。話は終わった。これ以上、こいつの与太話に付き合っている暇はない。


 館に戻ると、俺の元にキャスリンが駆け寄ってきた。


「ランス! 大丈夫? あの海賊、変なこと言ってなかった?」


「いや、どうだろうな」


「あいつ、マジで何考えてるかわからないんだから! あたしに対してだって……!」


 そこでキャスリンが口をつぐんだ。


「キャスに対して、何?」


「な、なんにもないわよ! とにかく、わけのわからない男だわ!」


 キャスリンが胸を抑えて、言った。顔が少し赤くなっている。


「キャス、あのさあ」


 俺の声かけに、キャスリンの顔がこちらを向く。


 大きな栗色の瞳に健康そうな肌、形の良い唇。

 あまり深く意識したことはなかったが、改めて見れば、確かに美人だ。

 男も女もみな色白だったノースティアには、キャスリンのような女性はいなかった。


「ど、どうしたの、そんなまじまじと見て。あたしの顔、なんか変?」


「あ、いや、すまない」


 俺は視線を逸らした。


「それで、何か言いかけてなかった?」


「ああ、そうだな」


 言いつつ、俺は困っていた。

 俺は彼女に何を言うつもりだったのだ。


 海賊には気をつけろ? まさか、あんな大男に気があるわけ、ないよな?

 いや、そんなこと俺がわざわざ言う必要はない。


「生きて、帰ろうな」


 そう、何はともあれ、話はそれからなのだ。

 すべてはイフリートを倒した後の話だ。


「うん。ランスもね」


「ああ」


「大丈夫です! お二人は私が守ります」


 不意に大きな声で話に入ってきたのは、フェルマリだった。


「そうだな、フェルマリも、頼むよ」


「はい!」


 遅れて、扉の外からジョイルが館に入ってくる。


「当然、俺も生きて帰ってくるぜ。お前らもビビったならよ、遠慮なく俺の後ろに隠れていいからな」


「威勢のいいことだな、海賊。また炎獅子の時のような醜態を晒さぬようにな」


 俺に対する態度とは打って変わって、冷たい調子でフェルマリが言った。だがジョイルは笑って言い返す。


「お前こそ、海に落ちるようなヘマすんなよな」


「なに!? 言ってくれるな、海賊め」


「おい、喧嘩しないでくれ。これからは協力してもらわないと困る」


 俺が間に入った。


 フェルマリがはっとした顔をして、頷く。ジョイルは笑って、フェルマリに対して手を出した。


「そういうわけだ。せめてイフリートを倒すまでは、仲良くしてくれよな」


「……わかった」


 フェルマリが海賊の大きな手を取る。


「ジョイル、あんたも無茶しないでよ」


 キャスリンがいうと、ジョイルが顔を輝かせた。


「おお、キャスリン! 心配してくれてんだな!」


「ああ、こっち来なくていいから! あんた、暑苦しいから離れてなさい!」


 キャスリンが逃げるようにジョイルから離れた。


 俺は一抹の不安を感じながら、一行の様子を見た。


 こんな調子で、イフリートに立ち向かえるだろうか。


 そんな俺たちを少し離れたところから、黒衣の魔女が愉快そうに眺めていた。


3月はあまり執筆に時間が取れていないのですが、

もう1話分ありますので、次回は木曜日に更新します。


戦闘前準備がちょっと長かったですが、次回でひと段落で、

そのあとは少しお休みをいただくと思います。


よろしくお願いします。

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