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84. 満点の星の下(前)

本日、2話更新します。

これは前編です。


 ジョイルが俺の元へやってきて、言った。


「ちょっとさ、ツラかせや」




 ドアを開けると、冷たい夜の外気が吹きつけてくる。

 巨漢の海賊に続き、俺は外に出た。


 カイルの屋敷は小高い丘の上にある。

 ジョイルは建物から離れ、丘の縁の方で足を止めた。

 眼下には、村の景色が見える。

 ここは村とはいえ民家もまばらだ。家々の窓からは暖炉の灯りが漏れている。

 空には月と星が出ていて、静かに雪の残る地表を照らしていた。


 ジョイルはぼんやりとそうした風景を眺めている。魔物たちの戦いによって、全身に火傷を負い、足の傷も引きずるほどだったが、今では歩くのに不自由しないほどに回復している。この村の滞在はまだ1週間程度にも関わらず、呆れた回復速度だった。


 その本当に人間なのか疑わしい肉体を持った男は、なかなか話を切り出そうとしない。


「で、なんの話だよ」


 俺はジョイルに促した。

 夜風は冷たく、吹くたびに体温を奪っていく。早く切り上げて家に戻りたい。


「あ、ああ。話なんだけどよ」


 単細胞のこいつには珍しく歯切れが悪かった。やがて意を決したように俺の方を向く。頬や額などに火傷の跡が残った顔で、話を切り出した。


「おまえさあ、姉ちゃんのこと、どう思ってるわけ?」


「姉ちゃん……? キャスのことか? どうって、なんだよそれ」


「どう思ってるって聞いてんだよ」


「はあ? キャスは姉だ。物心ついたときから一緒だ」


「それは知ってる」


「知ってるって、他に何が聞きたいんだよ」


「血のつながりはさあ、ねえんだよな」


「そうだ。けど、それがどーしたよ」


「ああ、そうか。それを確認したかった」


 ここでジョイルが少し咳払いをする。俺はいぶかしげにこいつを見る。

 今夜のこいつ、なんだか変だな。


「実は先日おまえの姉ちゃんにだな、帰ったら結婚しようって話をしたんだがな」


「ああ……。

 …………ん?」


「キャスリンを俺の嫁にするつもりなんだ」


「は? ……はぁ!?」


「協力してくれよ」


「協力って……」


 予想外の申し出に俺の頭がついていっていない。


 は? キャスリンに求婚?


 いや、確かに姉の容姿は良い。飾らない性格もあって、踊り子時代は寄ってくる男が何人もいた。それであまりしつこい輩は、俺やベアード、ウィルで何度も追い返したものだった。


「なんで俺が協力しなくちゃならない! てか待て待て待て。いつから、そんな話になってんだ? キャスは……そうだよ! キャスは何て言ってるんだ? まさか……」


「まだ返事をもらってねえよ」


「そ、そうか」


 俺は胸を撫で下ろした……いや、なんでほっとしてるんだ?


「だが、このゴタゴタが終わったらもう一度、正式に求婚プロポーズするつもりだ。俺は本気だぜ」


 確かにいつになく、真剣な顔をしている。


「一応聞くけど、キャスリンのどこが良かったんだ?」


「ああ? ああ、そうだな。まず可愛いところだろ」


「結局、顔か」


「おいおい、バカにすんな。俺はいくつもの海を駆け回った海賊だぜ。可愛いだけの女なんざ五万と見てるんだよ。だが、キャスリンはそこらの女とは違うんだ。お前さあ、わからないわけ?」


「わからないって、なんだよ」


「キャスリンよお、おまえについてこんな呪われた島まできちまったんだぞ。いくら恋人だろうが姉ちゃんだろうがよ、そんな女、いるかあ?」


「それは、俺がたった一人の身寄りだからだろ」


 そもそも、俺はできればついてきてほしくなかったのだ。どこかの街で、平凡に幸せに暮らしていて欲しかった。


 だが俺のそんな様子に、いきりたった顔をしてジョイルが詰め寄ってくる。


「それだけのわけねーだろ! おまえ俺より人生経験長いんじゃねえの? まじでわかんねーの? 惚れてんだよ! おまえのためなら命なんて惜しくねえんだ」


「は?」


 惚れてる? 誰に?


「おまえに惚れてんだよ! 争いごとなんて縁がなかっただろうにさあ、こんな呪われた島までやってきちまって。お前と離れたくない一身なんだ」


「そんなばかな」


「お前と離れている時だって、俺たちですら怯んだ魔物にも一歩も引かなかった。またおまえに会うんだってよ。そんなの、どう考えたって惚れてんだろうがよ」


 そうなのか。

 俺はキャスリンのことを思い浮かべた。


 旅芸人の一行だった頃、動く死体に襲われたとき、俺が逃げる時間を稼ぐために魔物の群れに身を投じようとする姿を思い出した。


 ノースティアに行くと決めたときも、頑として一緒に行くと言い放った。命の危険を説明しても、決して引くことはなかった。だが実際に魔物の前に出たときは、がたがた震えて俺の後ろに隠れた。


 そんなに怖がるなら、大人しくミッドランドで待っていればいいものを。


 単純に、そういう性格なのだと思っていた。困った姉だと、いつも思っていた。

 だが確かに、惚れた一心だったのだとすれば、そうなのかもしれない。


「俺は、彼女の気持ちに応えることはできない」


 この旅で色々とあったが、結局のところ、俺の生涯を魔女への復讐に捧げるということに変わりはない。


 ジョイルは頷いた。いつものおちゃらけた調子ではなく、神妙な顔をしている。


「マジで気づいてなかったんだな。俺は確かに海賊だがよ、惚れた女を不幸にしてまで奪い取るような真似はしたくないんだ。キャスリンがお前に惚れているのに、無理やり奪い取るようなことはなあ。けど、お前が彼女の心に応えるつもりがないなら、話は別だ」


 俺はジョイルを見上げた。こいつの姿がいつもより、大きく見えた。


「俺なら生涯かけて、彼女のことを守ってみせる。必ず、幸せにする」


「……うちの姉を海賊の嫁になんてできるか」


 俺は何故か気圧されながら、ようやくその言葉を絞り出した。だがジョイルは怯まなかった。


「なら足を洗うさ。鉄鎖海賊団はここで全滅した。おれは死んだことにすればいい。彼女とやり直すんだ、この村で」


 満点の星の下、ジョイルが空を仰いで両手を広げた。その顔にいっぺんの曇りもなく、自信に満ち溢れている。確かにこの男が本気を出して一人の女の幸せにするのなら、それは叶うような気がした。


 でもこいつ会ったときは確か……


「だいたい、おまえグリシフィアに惚れてるんじゃなかったのか?」


「そうだ、いまでも俺の理想であることには変わりねえ。だが見ろよ」


 ジョイルが夜空を指差した


「お嬢は、俺には遠すぎる。まるで月に手を伸ばすようなもんだった。触れることも、俺の言葉が届くこともねえ。だがキャスリンは違った。俺の手の届くところで、地面に足をつけて、一緒に生きてくれる気がするんだ」


「We cannot grasp the moon(月に手は届かない)……か」


 月夜に佇む彼女を思い出す。

 一人、無感動に月を見上げる彼女。

後編は0時頃にアップロードします。

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