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83. 決戦前(4)

「ランス」


 俺の名前を呼んだのは、キャスリンだった。


「言ったはずよ。あなたがそのイフリートの元へ行くというのなら、あたしもついていく」


「キャス……」


「逃げ足と身のこなしだけなら、ランスにも負けないわ」


「確かに君の身のこなしは知ってるけど」


 しかしそれはあくまで、一般人としての括りだ。ここからは人間のことわりを超えた世界である。


「それにジョイルが襲われたときも、あたしの石つぶてで助けたんだから」


「はは、そうだったな。それにいいパンチも持ってるしな」


 ジョイルが頬をさすりながら軽口を叩いた。それから俺の視線に気がついて「おお、こええこええ」と両手を挙げた。


「キャス、君はこの村で待っているんだ」


「いやよ、あたしだけ置いてきぼりだなんて」


「ピクニックに行くんじゃないんだぞ。あの燃えたぎる炎の中心に入っていくんだ。今までとは危険も比べ物にならない」


「だったら尚更よ。あなたを一人で行かせられないわ」


「俺を子供扱いするのか? 言った通り、何度も生まれ変わっているんだ。見た目通りの年齢じゃない」


「それでもあなたはあたしの弟で、あたしはあなたのお姉さんだもの」


 キャスリンは真っ直ぐにこちらを見つめながら、まったく引く様子がなかった。


 正直、頭を抱えたかった。


 どうしてついてこようとするんだ。危険だと、わかっているだろう。

 この先は自分の命すら守れるかわからないのだ。ましてやキャスリンを庇う余裕などないだろう。


「だってランス……」


 キャスリンが思い詰めた顔で言う。


「悪い予感がするんだもの。この島に来ることになってから、ずっと……。あなたと離れたら、もう会えないような気がするの」


 その声は震えていた。俺は安心させようと、笑みを浮かべて見せる。


「そんなことにはならない。それに一度目は偵察だ。奴の姿を見たら帰ってくる。無茶はしないさ」


「本当? ランス、あたしの前から、いなくならない?」


「どうかしらね」


 口を挟んだのはグリシフィアだった。


「ランスではイフリートには勝てないと思うわ。まあ、無駄に命を落とすことになるでしょう。死んで生き返ったとしても、この世界のどこに生まれ変わるかもわからない。その場合、あなたとは今生の別れになるわね」


「何、余計なことを言ってやがる。キャス、こんな魔女の言うことに耳を貸すな。俺は必ず帰ってくる」


「キャスリン」


 グリシフィアが姉の名前を呼んだ。


「本当に、命を賭けてでも、ランスのそばにいたいの?」


「そうよ」


「不思議な話ね。人間は死んでしまえば、すべては無に還ってしまうのでしょう? 自分の命より、ランスと一緒にいる方が大事なの?」


 グリシフィアの白い手が伸び、キャスリンの頬を撫でた。びくっとキャスリンが身をよじるが、しかし目は逸らさずに、頷いた。


 魔女が呟く。


「あなた、フィリオリみたいね」


「フィリ……?」


「ぜんぜん似てないのに、似てるのね。私と真逆」


 魔女の両手には5つの指輪が輝いている。右手に2つと、左手の3つ。その左手の指輪のひとつを外すと、それが白い光を放った。グリシフィアがそれをキャスリンの指にはめると、光が収束して指輪の形になり、キャスリンの指に収まった。


「この指輪は私の月の魔力が込められている。あなたを守るわ」


 キャスリンが驚いてグリシフィアの顔を見つめた。


「本当!? ありがとう!」


「お礼だなんて、気楽なものね。あなた、私を誰だと思っているの?」


 グリシフィアがふっと笑った。


「私は傲慢の魔女よ。いい、キャスリン。ランスは勝つことはできないわ。イフリートの炎で、苦悶の内に死ぬことになるでしょう。仲間たちと共にね。でもキャスリン、あなたは一緒に死ぬことは許さない」


 惨劇を想像したのか、キャスリンの顔がみるみる青ざめていく。グリシフィアはなおも語りかける。


「私と一緒に、彼らの最期を見るの。その肉や、骨まで燃えて朽ちるところを、しっかりと目に焼き付けてもらうわ。そのとき、あなたはどんな顔をするのかしら」


 魔女はうっとりとした顔で笑った。


「楽しみだわ」


 すると青ざめたまま、しかし、しっかりとグリシフィアの顔を見返して彼女は笑った。


「残念、お嬢さま。そんなことにはならないわ。ランスは勝つもの」


「へえ、その自信はどこからくるの?」


「どこからも何もないわ。勝つと言ったら、勝つの! ねえ、ランス」


 キャスリンが俺を見る。


 言葉とは裏腹に、すがるような目だった。


 不安に押し潰そされそうで、それでも精一杯に俺を信じようとして、俺の返事を待っている。

 

「勝つよ」


 俺の言葉に、キャスリンがこちらへ飛び込んできた。俺の胸に顔を埋めたまま、言った。


「頼んだわよ」


 俺は無言で頷いた。




 どのくらいそうしていただろうか。


 腕を引くものがいて、俺は振り返った。


 白銀のエルフが何かいいたげに、こちらを見上げている。


「フェルマリ、どうした?」


「いえ、ランス様。あの……いつまで、くっついておられるのでしょうか?」


「いつまでって、確かにそうだな。キャス……」


 俺が言い終わる前に、キャスリンが顔を上げた。


「どうしてフェルマリが気にするの?」


「私でなくても、気にします」


「どうして? あたしはランスのお姉さんなんだけど」


「お姉さんだって、そんなにくっつくものでしょうか。それに血が繋がってないとも聞いています」


「血の繋がりなんて関係ないわよ、ねえ、ランス?」


「え? あ、ああ」


「でしたら!」


 フェルマリは俺の腕を引っ張って両手で抱えた。


「ランス様も私もノルディンのもとで育てられました! 私から見れば、ランス様はお兄様です!」


 正確にはノルディンは育ての親というわけではないのだが……。


 戸惑う俺に、フェルマリが顔を近づけてきた。


「もしかして、認めてくださりませんか? ですが私はあなたをお兄様だと思い、慕っております。そうだ、もしあのイフリートとやらを倒すことができたならば、お許しくださいますか?」


「許すって、何を」


「ランス様のことを、お兄様とお呼びすることをです!」


「ちょっとフェルマリ、どうしてそうなるのよ」


「キャスリン様は少し、お控えください。私はランス様とお話ししているのです」


「はあ? あんたってそんな見た目なのに、ずいぶん強引なのね。ランス、どうすんの?」


「ランス様!」


「は、はあ……」


 両側から詰め寄られ、俺はふうと一息吐いた。今はこんなこと、話している場合じゃないだろう。


「好きに呼べばいいよ」


「本当ですか! フェルマリは頑張ります! 命をかけて、イフリートを倒します」


「命は賭けなくていいから!」


 俺が慌てて制止した。本当に、そうだ。


「俺のことはなんて呼んでもいいけど、フェルマリ、それにキャスリン」


 名前を呼ばれて二人が俺の顔を見る。俺は少し居心地の悪さを感じながら言葉を続けた。


「俺の一番の願いは、君たちが生きて無事に戻ることだよ。本当だったら二人とも、村で待っていてほしかった。だから、何があろうと、俺がどうなろうと、自分の命を最優先にしてくれ。頼む」


 俺の想いが通じたのか、二人とも神妙な顔になって、強く頷いた。


 ……どっちが姉だか妹だかわからないが、無茶に突っ走りそうなところは似ている。本当に、頼むぞ。


「さてさて、ランス君、見せつけんのもそんくらいにしときなよ」


 ジョイルが俺の元へやってきた。


「ちょっとさ、ツラかせや」


ブックマーク、評価、いいね!を下さった方、ありがとうございます!

更新の励みにさせていただきます!


遅くなり申し訳ありません。本日はこの1話のみの更新です。

次回の月曜の更新で決戦前が一区切りになりますが、そのあとは少しお休みいたします。

(3月は申告の季節ですね…)


再開後は休まず最後まで続ける所存です。

お付き合いいただければ、幸いです。

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